第13話

 恵と魔王の闘いは近接戦闘から始まった。

 近接戦は側近二人がいて数に優位な魔王に部があったが、恵はすぐに自分の得意な魔法戦へとシフトする。

 恵が無詠唱で辺り一帯を吹き飛ばすファイアストームを放つことで、魔王ごと側近達を吹き飛ばして壁に叩きつけることであっさり終わった。

 少しだけ恵は魔法を放つ時に手加減したので、魔王も側近も瀕死とはいえ生きていた。


「貧弱過ぎるね」


 魔王は苦虫を噛んだような表情で恵を睨みつける。

 手加減された事がわかったからだ。


「はぁ、はぁ、メグルの後任は本物の化け物と言うわけか」


「違うよ?君達が弱いだけ。今後私みたいな犠牲者を出す前にこの世界ごと滅ぼすのも、ひとつの選択肢だよね」


「ミレイナの親心を無碍にする気か!」


「会ったこともないくせにお義母さんを語るな!」


 恵は瀕死の魔王に死なない程度にファイアボールの魔法を放つ。

 恵とて世界を滅ぼすというのは本心じゃない。

 だから復讐を果たした後にこの世界を統治する魔王は必要だと思っていた。

 恵は復讐を果たした後、死ぬ気でいたからだ。


「ぐっ、何故殺さない!」


「殺す価値がないからだよ?」


「情けをかけたつもりか!?貴様の行動でこれから罪のない命が紡がれるというのに!」


「だからどうでも良いんだって!」


 恵は魔王に背を向け、魔王城に入ってきたルートから近くの王太子のところへ向かおうとする。

 最初の復讐の1人となるかもしれないからだ。


「さて、キワウはどこまで情報を知ってるかなー?」


 出て行こうとする恵だったが、後ろからカチャリとなる音がしたので、動きを止めた。

 魔王が再び立ち上がり剣を向けていたから。


「まだ立ち上がれるんだー!でも何度やっても同じだよ」


「勇者の使命は知っているか?」


「使命?魔王を倒して世界に平和をもたらすとか言う気かな?まさかまだ説得する気?私の考えは何を言われても変わんないよー」


「そうは思っていないさ。お前の決意は固いようだ」


「だったらなんでそんなこと聞いたの?」


「勇者は使命を終えたらどうなるか、わかるか?」


「使命を終えたら?元の世界に戻っ・・・貴方まさか!?」


 魔王は魔王らしい不敵な笑みを浮かべると、自分の胸に剣を突き刺した。

 魔王の口と胸元から鮮血が飛び散る。

 この様子に恵、そして魔王の側近達までもが驚いている。


「まさか、私を送還するために自ら命を断つ!?そんな馬鹿な真似をするの!?」


「ははっ、我の命一つで、この世界が、救われるんだ。安いもの、だろう?」


「なんでそんなことを」


「城下町を襲撃しないで、ここに来たお前が復讐して気が晴れるとは思えない。それにお前、復讐を果たした後、死ぬつもりだろ?」


 思わず口を押さえる恵だったが、すぐにハッタリだと言うことに気づいた。


「やはりな。お前の故郷に大切な人は、居ないのか?」


「お父さんとお母さんに会ってはみたいけど、こっちの世界でいる時間のが長いよ」


「なら現代に戻ったら、家族との再会を、喜・・ゴボォ」


 魔王は血液が心臓から逆流し、吐血を繰り返す。

 呼吸が出来ているのは、貫いた剣が引き抜かれないことで止血されているからだろう。


「貴方・・・なんでそんなことしたの!私が死のうとしてるってわかるなら、復讐をした後にこの世界を貴方が統治すればいいじゃない!」


「それは、この世界の犠牲になったメグルやお前に対してあまりにも不誠実だろう・・・」


「前勇者はともかく会って間もない私の為にどうしてそこまで?」


「お前の為だけじゃない!この世界の為だ!だが・・・知人関係者の、幸せを願っているのも・・・本当の話だ・・・がはっ!」


 魔王は支えている膝をつける。

 側近達はすぐさま駆け寄り、息も絶えそうな魔王の肩を支えていた。


「・・・魔王。私はーーー」


「謝るな少女。お前はメグルに比べても化物の様に強い。メグルは俺と、互角だったから、対等な関係を築けたが、お前はどう頑張っても、我々が、頭を、下げるべき存在だ。だからこの世界から追い出す。魔族のためを、思えば、この選択は正しい」


 もう間もなく魔王は死ぬのだろう。

 恵は魔王を見て、ミレイナを思い出して、自分がそこまでの覚悟ができていただろうかと考えた。

 自分の命を代償に。

 できるかどうかならできるだろう。

 復讐を果たした後死ぬ気だったのだがら。

 しかしそれは自分の為。

 魔王やミレイナのそれとは話が違う。

 恵が黙っていると、魔王が最後の言葉を振り絞り口を開く。


「少女よ。名を教えてくれ」


「名前?」


「お前の名だ」


「私の名前は・・・高須恵」


「ははっ、メグルと似たような名前だな」


「貴方の名前は?」


「我に名はない。魔王という存在でしかない。そうだな、来世では名が欲しいな」


 魔王の視力はもうほとんど失われている。

 それなのに光を求めて手を伸ばした。

 そして満面の笑みを浮かべて、最後につぶやいた。


「メグミ、気に病むな」


 魔王はその言葉を最後に手の力が抜け落ちる。

 長きにわたる魔王の人生はこうして幕を閉じた。

 そして恵の周りで、光が輝きだしていた。


『魔王ノ生命活動停止ヲ確認。勇者ノ世界ヘノ残留ノ意思、確認不可。対象ノ転移実行シマス』


「な、何の声?」


 どこからともなく聞こえてくる謎の声に、恵は困惑した。

 そして光に包まれる中、魔王の亡骸を抱えて泣きながら魔王を見る側近と、ずっと睨みつけてくる側近を最後に、恵は異世界から帰還した。

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