第12話

 恵はすぐに魔王城から出ていこうと、魔王に背を向けた。

 その行動に、魔王は驚いた。

 何故なら魔王の友メグルですら、初めての来城時は闘いに発展したのだから。


「どうした?我を殺しに来たのではなかったのか?」


「用事ができたから国に帰るわ。待っててお義母さん」


「逃がすと思っているのか?」


「逃げられないと思ってるの?」


 恵はできれば戦いを避けたかった。

 気づいてしまったから。

 ミレイナが恵を引き取る代わりに受けた頼みと旅立つ前に流していた涙。

 それは恵がそのことに気づけた時点で、半ば正しいということ。


「まぁ無駄な争いがないならそれに越したことはない。とっとと行け」


「ねぇ、一つ聞かせて。元勇者のメグルは、この城に、貴方に会いに来ていたの?」


「あぁ。10年前から来なくなっていたからな。流石に9年前から間者に探らせては居たが、まるで情報がなかったから拘束されたか、死んだか。どちらかは覚悟していた」


「間者?ねぇ、それって人間の王国にも出してる?」


「勇者のいた王が統治する国か。派遣はしていたが、そいつから情報を取ろうとしても無駄だぞ。万が一拘束された場合、自害する魔法を自ら施してーーー」


「そんなことどうでもいい!おかーーー王国の宮廷魔導士ミレイナについて教えて!?」


「ミレイナ?あぁ、王国の守護者か。あやつには苦労させられたが、王国が自らが手放していたな。愚かだと思って覚えている」


「自ら・・・手放した?」


 この先は聞きたくない。

 恵は、さっきよりも激しく脈打つ心臓を抑えて、魔王の言葉に耳を傾けている。


「あぁ。なんでも何年にも渡り、王国の国庫に手を出したり、勇者への支援金をかすめ取ったりしたという横領と不敬の罪で、5年前に処刑されたそうだ。罪が人類を脅かすものであった為、王都の噴水の柱に串刺しにしていたそうだ。王都の民達も怒り奮闘に石を投げつけていたそうだがーーー」


 それ以上魔王の言葉は、恵には頭に入ってこなかった。

 5年前と言えば、恵が旅立った時期だ。

 つまり旅立つと同時に刑が執行された可能性が高い。

 そして罪状は恐らく、冤罪か横領の罪を肩代わりさせられたと推測できた。

 王国にとって、元勇者の恋人の祖母が邪魔だったのだろう。

 ミレイナが泣いていた意味は、恵の予想では死にたくないという気持ちだと推察できた。

 恵の存在が、孫娘を失って失意の自分にほんのささやかな生への執着を生んでしまったと。

 ふらふらと恵は立ち上がる。


「人類も愚かなものだ。今まで守ってもらっておいてーーー」


「殺す・・・」


「っ!?」


 相対して初めて殺気だたせた恵の雰囲気に、思わず後方へ飛びのいた魔王。

 魔王の側近達も、魔王を背にして武器を向けなおした。


「急にどうした?ミレイナのことが気に障ったか?貴様も勇者だしな。不正は許せないのだろう」


「ふせい?あぁ、不正ね。そんなのどうでもいいよ。私は、お義母さんを奪った王国を壊さないといけない」


「お義母さん?なるほどミレイナが。つまりミレイナも無詠唱魔法を使えたのか」


「そりゃね。お義母さんの名前は、ミレイナ・フォン・アメリナ。薬漬けにされて勇者に毒を盛った恋人の祖母だから」


「なんだと!?」


 これには魔王も驚かざるを得ない。

 まさか友が、一番大事にしていた恋人に毒を盛られたと。

 そして友の恋人も薬漬けにされたということは、もう生きてはいないということ

 

「それは怒りが沸くのも無理はない。おそらくミレイナ、フリーデの祖母はフリーデの事情を知ったから消されたのだろうな」


「でしょうね。私も呑気なもんだよね。私がこのことに気づくように、教育係になってくれたのにね。5年前に気づいていればお義母さんは救えたかもしれないのに」


「気づけば、お前も消されていた可能性がある。王国は魔王である我を倒さない勇者のメグルが邪魔だったから、殺したのだろうからな」


 恵はその辺についてはどうでもよかった。

 今ある感情は、自分から第二の母を奪った王国をどうめちゃくちゃにしてやろうかと、思いを巡らせているだけ。


「そうだ。キワウ達はそのこと知っていたのかな?聞かなきゃ」


「キワウ。王国の王太子か。貴様の同行者にいるのか?」


「使えない癖に私の旅に同行したんだから、洗いざらい吐いてもらわないとね」


「勇者、悪いことは言わない。やめておけ」


 恵は、表情のないまま魔王を見つめる。

 そのゴミを見るような目に恐怖して、側近達は固まって体を動かすことができなかった。


「何故?」


「ミレイナがそんなことを望んでいると思うか?見たところお前は幼い。ミレイナの処刑時期より前に育てられていて、メグルが死んだのが10年前くらいだとすればお前はまだ子供だっただろう」


「すごい正解。私は7歳の時にこの世界に来たよ。お義母さんが私を育ててくれたから、せめて無念を晴らす恩返しをしないと」


「10年という月日。孫娘を失った失意を埋めてくれたお前に、そんなことを望むはずがない」


「へぇ、魔王が勇者を止めるんだ」


「俺は別にお前に恨みはないし、友の最愛の人物の祖母だ。知らない人間とはいえ、報われてほしいと思うのが当然だろう」


「異世界から幼くして呼ばれた私がここに1人でいて、お義母さんの心配しかしてない時点でわかるでしょ?」


 つまり、恵にとってミレイナ以外はどうでも良い存在。

 たった1人の大切な存在を奪われた恨みは相当なものと魔王も想像はついた。


「こちらとしても仮想敵である人類最大の国の王国を滅ぼされては堪らない。魔族の治安は人によって保たれてるのだから」


 魔王は剣を恵に向け、恵は少しだけ笑みが溢れた。


「あはっ!人を守るべき勇者が人を殺そうとして、人を殺すべき魔王が人を守ろうとするんだね。立場なんて事情であっさり変わるんだ!」


 恵は昔読んだ浦島太郎の物語を思い出していた。

 亀を救った浦島太郎に対して、余りにも酷い仕打ちをした海の人達。


「私をこんな何もわからないところに放り込んだ王国の人達は、お義母さんという見返りを取り上げた!なら代わりの報酬として、お義母さんを嵌めた奴らの命は戴かないと!」


「そんな事をすれば王国は滅ぶ!そして拮抗しているこの戦況が崩れ、多くの罪のない命が失われる!」


「どうでも良いよそんなこと!」


 この世界で勇者と魔王が本気でぶつかり合うのは、この闘いが初めてだった。


 

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