第10話

 恵が意識を取り戻すと、普段寝泊まりしている学生寮じゃないことがわかった。

 そして自分が何をしたか思い出し、辺りを見渡した。

 

「お、目が覚めたか高須」


「けい、いちくん?」


「おう、啓一だ」


 ベッドの上に自分がいることがわかり、ここには啓一が連れてきたことがわかる。

 啓一は全くの無傷で、制服に穴をあけることすらできていない。


「すごいな啓一くん。生身で私に勝つなんて」


「お前、本気を出してないだろ?だから何とかなったんだよ」


「だとしても、私は異世界向こうでも現代こっちでも化け物って・・・」


現代こっちでも?」


「・・・私の話、聞いてくれる?」


 恵の言葉に啓一は静かに頷いた。



 恵が異世界に飛ばされたのは啓一と同じ7歳の頃の話。

 家で生まれたばかりの弟の面倒を見ている両親達の邪魔をしないように、おつかいに行っていたところで転移してきた。

 一人娘として何不自由なく育てられた恵にとって、中世の様な現代とは程遠い文化形態は苦痛以外の言葉で例えることさえできなかった。

 

「ここどこ?パパ?ママ?」


「おぉ!成功だ!」


「勇者の卵だ!よしよし年齢も幼い!よくやったぞ」


「お褒めに預かり光栄でございます陛下」


 恵のことを召還した国は、勇者を呼んでいた。

 代々勇者を呼んでいたその国は、恵が呼ばれる前の勇者の正義感が強かったため、王国の不利益になるといっても不正を良しとする人間ではなかった。

 また新たに勇者を呼ぼうにも、前勇者に邪魔をされた。

 そのために恵の前の勇者を毒殺したのだ。

 実行犯は勇者の恋人だった。


「アイツはどうした?」

 

「薬漬けでもうダメです。今夜が峠かと」


「前勇者殿もまさか恋人に、薬と天秤にかけられ薬を選ばれるとは思わなかったろうな。くくく」


 恵はその話を聞いて当時何を話しているのか理解できていなかった。

 目の前の大人達が幼い自分を守る為に必要な人材だと言うこと。

 その為にはこの大人達の言うことは絶対に聞かなければならないと。



 そして恵の勇者としての教育が始まった。

 この世界の魔法は基本的に詠唱を行うのが主流であり、恵もその通りに魔法を唱えていた。


「炎よ来たれ、大火のーーー」


「違うよメグミ!魔法はこう使うの!詠唱はダメ!」


「は、はい!」


 恵には宮廷魔導士のミレイナ・フォン・アメリナと言う還暦を迎えたベテラン魔導士が付けられた。

 詠唱破棄の魔法使いで、宮廷最強を誇っている。

 ミレイナは恵の事を娘の様に大事に教育していった。

 幼いながらに父母と離され、自分の教育を熱心に行うミレイナな事を、恵も第二の母の様に慕っていた。


「ミレイナさん、晩御飯できました」


「あんた、塩と砂糖入れ間違えたね!これじゃあ甘くて食べられたもんじゃないよ!」


 ミレイナは恵を自分の家に連れ込んで、家事の指導も受けた。

 恵を呼び出した王国は恵を勇者としての戦力にしかするつもりはなかったが、ミレイナはそんな事をすれば感情なくなり、利益が無ければ牙を向くと宰相を説得し、恵は花嫁修行という名目でミレイナの家に引き取られる事になった。

 ミレイナの家は侯爵家であり花嫁修業にも持ってこいの環境だったのだ。


「あんたは魔王を倒したら王太子殿下の婚約者になる。教養はいくら身に付けても損はないよ!」


「は、はい!」


 頭に本を載せて姿勢の正しい歩き方の訓練。

 貴族令嬢と並べても恥ずかしくない教養。

 全てを身につけるため、五年をかけてどこへ出しても恥ずかしくのない勇者の恵が完成した。


「あんたも今日で13歳だ。立派になったよ」


「ミレイナさんのおかげです!」


 そうして五年、今日は恵が勇者として旅立つ日だった。

 勇者パーティのメンバーは、恵、王太子で騎士でもあるキワウ、公爵令嬢のヒーラーのレズバー、侯爵令息の盾役のズクの四人。

 攻守にバランスの取れた四人で戦いに挑む。


「いや、あんたの頑張りあっての物だよ。前勇者もあんたと同じくらいの時にこっちに来たけど、癇癪がすごかったからね。でもあれはあれで可愛いもんだったが」


「前勇者様をご存じなのですか?」


「あぁ、ちょっと昔教育してやったのさ」


「流石ミレイナさんです!」


 ミレイナは前勇者の教育係も務めた。

 そのため、今回の勇者の教育係になることもある条件を宰相に出されて、それを受け入れることで承認されたのだ。


「あんたは最高の勇者だ。自慢の弟子だ。だからアタシの分まで頑張って勝ってきな。あんたを本当の娘の様に思っていたよ」


 ミレイナの今生の別れかの様な悲しそうな表情に、恵は別れを惜しんでくれていると思って感動した。

 恵は道中で魔王を倒せずに道半ば死んでしまう可能性もあるのだ。

 この世界において母の様な存在のミレイナに、無事に戻ってきたら孝行をしようと思った。


「はい!がんばります!」


「あぁ、頑張りな!」


 ミレイナに頭を撫でられた。

 恵は両親が共働きだったこともあり、こうして母親と四六時中一緒に過ごすということはなかった。

 そのため、実の母親よりも母親と思える関係地を築いていた。


「王太子様を待たせちゃいけないよ。さっさと行きな!」


「は、はい!帰ったら、孝行させてくださいね・・・お義母さん」


「・・・」


 唐突なお義母さん呼びにミレイナは、思わず涙を流してしまった。

 ミレイナは異世界からきた恵の身元保証人でもあるため、間違いでもなかったのだ。

 そしてミレイナは恵が異世界に呼ばれた日に娘をなくしていたと聞いていた。

 だから喜ぶと思って、恵はお義母さんと呼んだのだ。


「じゃあ行ってきます!」


「あぁ、あぁ!行ってきな!」


 ミレイナに送り出され、恵は長い魔王を倒す旅に出た。

 恵は何度も挫けそうになる時、ミレイナの顔を思い出して闘いを生き抜いた。

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