第9話

 高速で飛来する何者かが、中山へと迫りくる直前に啓一は中山との間に入ることができ攻撃を受け止めた。


「だよな。薄々そんな感じはしてたんだ。なぁ高須!」


 恵は、中山の首を迷わず狙っていた。

 風魔法と光魔法で極限までに速度を上げていた恵に追いつくのは、恵でさえも想像していなかった。

 船橋が叫んだのは、勘が啓一に任せればなんとかなると感じ取っていたからだった。


「厄介な祝福を持つ船橋が気づくならまだしも、啓一くんが気づくなんてね。なけなしで船橋は啓一くんの名前を呼んでいたけど、船橋の祝福はすごいね。それに啓一くんは一体どんな祝福を持ってるのかな?」


「さぁな」


 啓一の回し蹴りは、飛び上がって交わされる。

 裏拳、膝蹴り、回し蹴り、ありとあらゆる近接戦に対応する恵。

 恵は魔法の腕が高い。

 だというのにそれに胡坐を搔いてはいない動きをして、啓一に合わせて攻撃を受け流していることに船橋は驚いていた。


「それに今朝もそうだよ。私はあの10人を殺そうとしたのに、強力な守りがあって殺せなかった」


「それは俺も驚いた。アイツらがなんかした時の為に仕込みをしといたのに、そのうちの蘇生だけが作動するもんだから確認に行ったら10人が抵抗した素振りもなく、不正の証拠を身体に貼り付けられて気を失ってたからな」


 啓一は二俣のパン屋に入ってきたBSFが、自分が居ない間に難癖付けないようにとある仕掛けをしていた。

 その中の一つの蘇生が発動したことで、事態は深刻と思って早朝に確認をしに行ったが、犯人は当然いなかった。


「蘇生?ははっ、さっきの反射神経と動きと言い、啓一くんは成績がすごいだけじゃなかったんだ。少なくとも神域学園に所属してる生徒でそんなことできるのはいないよ!?」


 蘇生は高度な聖魔法だが、信仰心が薄い日本育ち現代人の多くはそれを使えずに戻ってきている。

 船橋もそれは同じで蘇生自体ができず、ましてや蘇生を付与するなんて芸当はできないため、勇者としてはそこまでの資質と言われる啓一の実力に驚きを隠せない。


「だろうな」


「でもその程度できて当たり前だよ!?それに私の魔法を、どうにかできると思ってないよね!?」


 恵から魔力が溢れ出ると、風魔法と火の魔法を組み合わせた魔法、ファイアストームを発動させていた。

 その魔法のサイズ感は5mを超えている。


「すげぇな、魔法サイズは検見川先生なんて目じゃないか」


「その余裕そうな顔が気に食わないなぁ!」


 恵の足には小さな火が二つ。

 その火に風魔法を組み合わせることで、飛行機のジェットエンジンの役割を果たし、先ほどの推進力による高速移動を可能にしていた。

 恵が啓一の横を通り過ぎたかと思うと、中山の後方は移動しており、彼に目掛けて手刀が放たれた。

 もちろん魔力を纏わせている為、殺傷能力は高い。

 しかしその手刀も啓一が片手で受け止めている。


「縦横無尽に動き回る高速移動か。肝が冷えるな」


「その高速移動に追いつく君も大概だよ!」


 恵の蹴りをしゃがんで避け、軸足を蹴り体勢を崩す。

 しかし恵も倒れることなく推進力で空へと浮かび上がった。


「厄介なもん使いやがって。中山を狙う理由も不正か?」


「コイツが諸悪の根源。BSFのパトロール隊に暴力による尋問を指示して、被害者遺族への示談金を中抜きしていたみたい」


「へぇ、中山先生本当かい?」


 中山は倒れ込みながらも、躊躇いなく命を狙う恵とそれを止める啓一に恐怖を抱いていた。


 それは今の動きが見えなかったと言うことあるが、それ以上に学生時代は体育会系だったこともあり、自分が自分より年下の人間が思うがままに力を奮っていることにも恐怖しているのだ。

 

「お、俺はそんなことしてはいない!」


「あはっ!惚けちゃって!被害者遺族は貴方の死を願ってるよ!」


 恵は魔力を纏って刃の様に横に薙ぎ払った。


「これはただの魔力じゃねぇな。来い相棒!」


 通常であれば中山の首は飛ぶ一撃。

 しかしこの魔力の刃はまたしても啓一によって弾かれる。

 啓一の異世界からの相棒の剣、ダインスレイヴによって。


「今のは危なかったな」


「すごいね啓一くんは。今の魔法、斬絶剣は魔力で空間に穴を開ける魔法なのにさぁ!防ぐとかそう言う次元の話じゃないんだよ?」


 恵にとって斬絶剣は異世界でを倒した時にも使用した魔法。

 魔力を極限までに錬る事で、一時的に空間に亀裂をいれることで通り過ぎた一部を次元の狭間に送る魔法。

 空間そのものが一度切断されるため、どんなに硬いものでもあっさりと切断される。

 これは魔力を使ったブラックホールの様なモノで、防ぐ方法は空間を操る事しかなかった。


「この魔法は空間魔法くらいでしか防げない。空間魔法は私でも使えない。私より魔法発動が下手な啓一くんじゃ使えないよね?」


「見識が甘いな。空間に亀裂を入れる攻撃なら空間の亀裂を塞げば良いだけだ。こいつにはそれが出来る」


 そもそも魔法を使用しているところを一度も見せていないのに、初見で空間を切断する魔法だと認識すること自体が異常だと恵は思った。


「何その剣?」


「聖剣、ダインスレイヴ。俺の異世界での相棒だぜ?どんな魔法も物体も、全てこいつで斬り伏せてきた」


「魔剣の名前を冠する聖剣か。色々ふざけてるね」


「ふざけてねぇぜ?コイツは俺と苦楽を共にした兄弟だ!世界を敵に回しても俺はこいつの味方だし、こいつは俺の味方だ」


「羨ましいなぁ。私にはそんな味方居なかったよ。本当神様って不公平だよね!ムカつくからその兄弟を壊してあげるよ!」

 

 壊すと言いながら、恵は魔法を船橋に向けて放つ。

 炎魔法:流星圧縮メテオブレスを発動しており、上空に巨大な隕石が発生し、船橋の周りには強烈な重力が展開されている。


「な、なんだこれ!?身体が、身動きが取れない!?」


「高須・・・」


 口ではダインスレイヴを壊すと言いながら、狙いをここで一番弱い船橋に変えるあたり外道と思いながらも強かと感心する。

 更に加えて普通の魔法では防がれることを配慮し、拘束しながら放つ座標魔法の流星圧縮メテオブレスを選択したことで、二人を同時に守る術を無くした。

 そして恵ほどの強者が手段を選ばない攻撃をしてきたことに思わず笑みが溢れる。


「こういう攻撃は好みじゃないかな?」


「強者の癖に油断しないところは好感が持てるが敵になると厄介ってのはわかったぜ。ダインスレイヴ!中山を殺させるんじゃねぇ!できなきゃぶっ壊すぞ!」


『無茶を言う』


「へぇ、剣が喋るのは驚いたよ」


 啓一はダインスレイヴを宙へと回し投げ、隕石の真下へと移動した。

 強大な重力が啓一を襲うが、倒れる気配は全くない。

 その隙に恵は断絶剣を中山へと振りかざす。


「護るって言うのは、攻めるより難易度が跳ね上がるんだよ!流石に啓一くんもクズよりクラスメイトをとったね」


「バカ言うなよ!俺がいつ、中山を護る対象に入れた?」


「へ?」


「うぉおおおお!」


 啓一は叫びながら飛び上がって隕石へと向かっていき、隕石へと衝突すると同時に隕石は爆散した。

 

 そして恵の放った斬絶剣も、ダインスレイヴが縦横無尽に宙を動きながら防いだ。

 結果的に二つの魔法は、一人に同時に処理をされてしまった。

 これは恵も想像すらしていなかった。


「嘘!?私のとっておきの魔法を二つ同時に!?」


「俺だけなら危なかったな」


「くっ、啓一くんの事を殺したくないからって、甘く見てたよ!ならここからは本気をーーー」


「本気で闘ってないのはわかってたぜ。だけどそれを俺が許すわけないだろ?」


「そ・・・んな・・・」


 啓一は目にも留まらぬ早さで、恵の後方へと移動した。

 そして恵の首に魔力なんて纏わせない手刀を振り下ろす事で、恵の意識を闇へと落とした。


「手刀は人を殺すためじゃなく、意識を奪う為に使うんだ。俺はテメェを護ったんだ。中山なんかじゃなくな」


 啓一は倒れる恵を抱き支えた。

 船橋と中山はその二人の姿を口を開けて見ていた。

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