第11話「抱きしめられて」

「……ゆ、柚真――」


 柚葉をそっと抱きしめる柚真。

 柚真の顔は真面目で、いつも通りの綺麗な顔。

 しかし、今柚葉は柚真の顔を見ることができない。柚真の胸の中に自分の顔があるからだ。


「……ありがとう、柚葉」


 ぽつりと口にした柚真。その言葉はしっかりと柚葉にも届いていたようで、


「……あ、いや、まぁ……大したことはしてないっていうか……」


 と、柚真の胸の中でぽつぽつと言う柚葉だった。


「いや、僕の代わりに言ってくれたから」

「そ、そっか……って、これ続くの……?」

「……あ、ご、ごめん」


 パッと柚葉を離す柚真だった。


「……い、いや、そんなに悪い気分でもなかったというか、なんというか……」


 顔を真っ赤にして俯く柚葉。男の子に抱きしめられたことが初めてで、どうすればいいのか分からない感じだった。

 でも、柚葉が自分で言ったように、そんなに悪い気分ではなかったようだ。


「そ、そっか、僕、とっさのこととはいえ、とんでもないことしてたんじゃ……」

「い、今更だよ……恥ずかしいけど、まぁいいかなって……」

「ま、まぁあれだ、事故みたいなものだ、気にしないでくれ」

「んんー? 柚真さんの顔が赤いですぞぉー?」

「か、からかうなよ……ほら、もうすぐ授業始まるから、行こうか」

「あー、逃げたな、仕方ないな、続きは放課後ね!」



 * * *



(……どどどどうしよう、柚真に、抱きしめられて、なんかあたたかい気持ちになったというか……)


 昼休みは柚真に対して強気な姿勢を見せていた柚葉だったが、心の中はそうでもなかった。午後の授業中も柚真の方をちらちらと見ていた。


(……あ、あれだよね、柚真も変な気持ちじゃなくて、純粋に私のことを気遣ってくれたっていう、そうだよね、うん、そうに違いない……)

「……葉、柚葉?」


 そのとき、柚葉を呼ぶ声がして、ハッとして見ると、柚真が柚葉を覗き込むようにして見ていた。


「……え!? な、何? どうかした?」

「あ、いや、もう放課後なんだが……帰らないのか?」


 周りを見るとクラスメイトが「じゃあねー」と言いながら帰っていく姿があった。柚葉はついぼーっとしていたみたいだ。


「……あ、う、うん、帰るよ」

「そっか、じゃあ途中まで一緒に帰るか」

「う、うん」


 いつものように玄関で靴を履き替え、学校を出る……のだが、柚葉の心の中はいつものようではなかった。

 ふとしたときに、つい昼休みのことを思い出してしまう。柚真に抱きしめられたこと。思い出すだけで顔が熱くなりそうだった。


「……なんか柚葉、いつもと違うな」

「……え!? な、何が? い、いつも通りの私だよ?」

「そうかなぁ、なんか雰囲気というか、心の色が違う気がする」


 そういえば、人の心に色があるとか言っちゃう人でしたね……と、柚葉は思い出した。


「そ、そうかな、あ、私の今の心は何色に見えるの?」

「うーん、うまく言えないんだけど、もやがかかったピンク色というか……」

「へ、へぇ、柚真にはそう見えてるんだね……よく分からないけど」

「まぁ、なんとなくだけどな。あ、コンビニ寄らないか? 今日のお礼がしたい」

「え、べ、別にお礼なんて……」

「んん? いつもの柚葉さんらしくないですなぁ。いつもなら喜んで自分からコンビニに行くのに」

「か、からかわないでよ……あー喉渇いた! あらちょうどいいところにコンビニが!」

「お、おう、なぜ急に元気が出たのか分からないが……寄っていくか」


 これまたいつものようにコンビニに寄る二人だった。

 柚葉の心の色は、もしかしたら本当にピンク色をしていたのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る