第22話 八咫烏


「着物の襟のところ見た?」

ヴィッキーがマイカに聞く。


「ああ、見たよ。足が3本ある鳥だったな…」


ヴィッキーとマイカは出口の方に目を向けた。今更追っても無駄だろう。


「苽生!!!何があった!?」


足音の正体は、通報を受けて駆けつけた岡崎と、心配そうな面持ちの麗子だった。


「1人毒を盛られて死んでる。会場は麻薬の類を撒かれたみたいで大混乱だった」


「嘘…!そんな…!」

麗子はショックを受けて怯えていた。


「もう危険はないから大丈夫だよ、ただまだ空気が悪いかもしれないから入らない方がいい」

ヴィッキーは麗子を落ち着かせようと背中に手を添えた。


「唇に血が…!」

麗子がマイカを心配そうに見る。


「ああ…これは何でもない…大丈夫だ」

マイカは唇を拭った。その様子が少し色っぽく麗子の頬が赤く染まった。


岡崎はヴィッキーを見て口を半開きにしている。


ヴィッキーは気まずそうに目を逸らす。

男装だったことがバレてしまった。


「ヴィッキーって…そうか…なんか見たことあると思ったらストリップクラブの時の…!」


「ストリップクラブ!?」

と、麗子が目を丸くしてヴィッキーを見る。


「変な誤解を与えるからやめろ岡崎」


「そんなことよりレイコは会場の中にいなかったのね」

ヴィッキーがレイコに聞いた。


「うん…私は人手が足りてなかったみたいだからロジ周りを手伝ってたの…」


ロジというのはゲストのアテンドなど雑用のようなものである。本当は人手は足りていたのだが、マイカが女性とパーティーに参加したため手持ち無沙汰になり結局手伝いに回ったのであった。


「着物の人…分かる?」

ヴィッキーは麗子にすかさず尋ねた。


「あの方なら次の予定があるとかですぐに帰ったわ」


「まあ…そうだよな、身元を確認するのは後でいいだろう。それより早く中に…死人と怪我人がいる」

マイカは岡崎を中に案内しようとした。


「どんな状況だ?」

岡崎がマイカに尋ねた。


「全員が麻薬に侵されたからたぶん揮発性のものを撒かれたんだと思う。幻覚を見て混乱状態になっていたから、俺とヴィッキーで全員気絶させた。空気は入れ替え中だけど念のため岡崎だけ入って大丈夫か確認して欲しい」


「何でお前らは…」

(何でお前らは大丈夫だったんだ…)と、聞こうとして聞くだけ無駄かと思い岡崎はそこで言葉を切った。


「ヴィッキーって何者!?」

麗子がギョッとしてヴィッキーを見た。


「プライベートセキュリティだよ」


「そうだったんだ…こんな綺麗なのに」


(綺麗なのは関係なくないか)とマイカと岡崎は思ったが黙っていた。


「今のところ耐性あるの俺だけだからどこから撒かれたか俺が探す、微かに甘い匂いがしたから」


「え?ヴィッキーもやられたのか?」

岡崎はヴィッキーは毒が効かないと思っていたので驚いた。


「毒は大丈夫だけど麻薬は慣れてない」


「じゃあどうやって制圧したんだ?」


「マイカに…んむっ!」


マイカがヴィッキーの口を押さえた。


(わざわざ馬鹿正直に言わなくていいだろう)


(無理矢理正気に戻されたって言おうとしてただけで別に咬まれたとは言う気はなかったよ…)


ヴィッキーは目で抗議した。


「まあいいよ…聞くなってことね」

岡崎はやれやれと首を振る。規格外の2人だから何かあるんだろうが…。


「なんでマイカは大丈夫だったの?」


(ああ聞いちまったか…)

岡崎が微妙な顔で麗子を見る。


「アルコールも身体が大きい方が回りにくいだろ…?」


「うーん…」

麗子は怪しげにマイカを見ている。


「まあ、合法の州もあるもんね」

と、ニヤリとヴィッキーはマイカを見た。


「いや!決してそういう耐性があるとかじゃないからな!」


「それは警察官としてまずいと思うわ…」

麗子は眉を顰めている。


「さて私はそろそろ失礼するよ」


「おい!ヴィッキー!爆弾を投下して逃げるな」

ヴィッキーが警察が増えてきたのを見て立ち去ろうとする。


「待てってヴィッキー、そんなに遠くない場所に車止めてあるから後で送る。それに申し訳ないけど今は現場から誰も立ち去れない…」


「最悪だ…事情聴取とか勘弁してよ」


「巻き込む形になって本当に申し訳ない」


「はあ…いいよ…マイカのせいじゃない」


「ヴィッキーは俺といたからアリバイはあるし、すぐに帰れるようにするから」 


麗子だけは2人のただならぬ関係に気付いてもやもやしていた。マイカはいつも余裕のある雰囲気で笑っていた。食事に誘えば特に用事が無ければ断られることもないし、基本的に女性を尊重して喜ばせようとしてくれるから、いい雰囲気にしようと思えば少しロマンチックな気分にもさせてくれる。だからもう少し押せば行けると思った。


しかし、ヴィッキーと話している時のマイカはどこか余裕がなく、粗が多い。自分には見せない素の姿なのかと思うと悔しい。


そして、唇を拭った時のマイカは一瞬だったが普段見せない暴力的な男性性を感じさせて、思わずドキッとしてしまった。


2人は付き合っているのだろうか…


しかし、警察や救急隊員が続々と入って来る中2人の関係をそれ以上探ることは出来なかった。


「私がやるなら自分のこと切りつけでもして怪我して倒れとくかな」


マイカは一瞬何のことだかわからなかったが、毒殺の犯人のことだと分かった。


「聞いたか岡崎」


「ああ、逃さないさ」


岡崎は、マイカには鋭い眼で答えたが、会場の中では少しの警戒心も表に出さず、ただ怪我人を親身に心配する優しい警官であった。


岡崎が目をつけたのは、腕に切り傷が付いたスタッフの男性だった。服装からして料理などを運ぶ役割だったようだ。


マイカは岡崎から名前を聞くと、すぐにいつから働いているのか調べた。


1ヶ月前から働き始めたというその男は、一回見たら忘れそうな目立たない顔立ちで、妙に落ち着いていた。


受け応えにも何も特徴がない。

帰りたそうな素振りもなく素直に指示に従っていた。


「プロかもしれないぞ…」

言葉巧みな岡崎でさえ、掴みどころのない男だと感じた。しかしどうしても違和感が拭えなかった。



「暗殺されたのは与党の統一政府派の議員か…」

マイカは死んだ男の前に佇んだ。自分がもっとしっかり注意していればこの人間は死ななかったはずだ。統一政府、それは先進国の政治家や実業家などが提唱している世界統合政府を作る案である。


「苽生…気にすんなよ。お前はヴィッキー止めただけで何人も命救ってるんだ」


苽生は驚いて岡崎を見た。


「本人には言うなよ…ただあれが暴走したらこの程度じゃすまなかっただろ」


岡崎は続けた。


「それにお前だって全く効かなかったって訳でもないだろ…同じように吸ってるんだから」


「それでも、すっかり陽動に気を取られてまんまと目と鼻の先で人が殺されたんだ…」


岡崎も、同じように警察官として自分が許せないでいるマイカの気持ちは理解できた。


「ただ…ありがとう」


「なんでも一人で抱え込むなよ」


「ああ」


捜査を一通り終えるとマイカは麗子と待っているはずのヴィッキーの元に急いだ。


「お待たせ!…あれヴィッキーは?」


麗子が待っていた部屋にヴィッキーの姿はなかった。


「さっき、帰ったよ?」


「え!?なんで!?いつ!?」


「うーん?5分前くらい?」


なんてこった、入れ違いになってしまった。今から追いかければ間に合うかもしれない。


「あっ…」


マイカは凄い勢いで部屋を出るとヴィッキーを追いかけて走った。


その後ろ姿を残された麗子はただ見ているしかなかった。



「ヴィッキー!!!」


マイカが走って追いかけると、ヴィッキーは表通りでちょうどタクシーを止めたところだった。


マイカに気づくと振り返る。


「送るって言ったのに」


「いいよ、忙しそうだったし」


ヴィッキーが怠そうに答えた。


「ごめん…待たせすぎたよね」


「別に…今日はこのまま帰る」


タクシーの運転手が、さっさと乗れと目線を送っている。


ヴィッキーは何故かマイカに目を合わせない。


「そっか…」


ヴィッキーはさらっと挨拶をするとバタンッとドアが閉まり、タクシーは去っていった。


マイカはタクシーが見えなくなるまで道路に佇んでいた。


結局暗殺されたのは国会議員であったため大ごとになり、ヴィッキーが解放されるのはかなり時間が経ってからだった。ヴィッキーにとっては病院送りだけは無理矢理だが回避できたのは幸いだった。


しかしマイカの心にはわだかまりが残っていた。面倒に巻き込んでしまったとはいえ、素気ないヴィッキーの反応に愛想を尽かされてしまったのだろうかと思う。


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Vigilante 長学歴ニート @afrozeb

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