第21話 パーティークラッシャー


マイカの後ろ姿を見送り、ヴィッキーが料理を取りに行くと、男性が近付いて来た。30代くらいの白人男性だった。


英語で話しかけて来たので、英語で返していると、名刺を渡されてこの後バーにでも行かないかと誘われた。連れが一緒だと話すと去っていったが、その後も何人かから同じようなことを言われた。


「こんにちは!」

突然日本語で声をかけられると、そこにいたのは、すらっと背の高い好青年だった。人好きのする顔立ちだ。色素が薄く、目元が日本人らしくない。ハーフだろうか。


ヴィッキーも適当に挨拶を返すと。


「さっき日本語を話してるのを見たから、喋れるのかと思って、あ、自己紹介もせずにすみません、僕は大使の息子の大貴マクレガーです。」

と、ニコニコと話しかけてきた。


「ヴィクトリア・ヴァグナーです。息子さんなんですね。今日は素敵なパーティーにお招きいただきありがとうございます」


日本語で敬語使うの面倒くさい…と思いながらヴィッキーは社交辞令を並べた。苗字はロシアだと警戒されることが多いのでドイツ系の苗字を使っている。


「日本語すごく上手ですね!いつから日本に?それからヴァグナーさんは、普段どんなお仕事をされてるんですか?」


すごい質問攻めである。


「日本には、高校生くらいから。今は大学に通ってます」


「え!?学生さんだったんですね!僕もです!どちらの大学ですか?……」


目をキラキラさせながら話していた青年はそこでピタッと話を止めた。


ヴィッキーはふと嗅ぎ慣れた香水の匂いと暖かい体温に包まれた。


「ヴィッキー、お待たせ」

マイカはヴィッキーの腰に手を回し引き寄せると耳元で囁いた。


その大人な雰囲気に青年は頬を赤く染めた。

「困ったな…目を離すとすぐにこれだ…」

マイカがにこやかに青年に目をやると、青年は牽制されたと分かり、たじろいだ。


「す、すみません、色々聞いちゃって…!僕はそろそろ…!」

そう言って青年は去って行った。


「ちょっと面倒になってきたから助かったけど…どういうつもり?」


ヴィッキーは、触れ合うほど近い距離にいるマイカを見る。背が高いのでこの距離では上目遣いになってしまうのは仕方がない。


「ごめん…ヴィッキーが目を離した途端男どもに囲まれてるから」


「ふふっ嫉妬した?」


いつもの悪戯っ子のような顔でヴィッキーはマイカを見上げたが、いつもと違いモデルのように着飾り、上目遣いでのその言葉は妖艶に響き、マイカの喉仏が上下した。


その時、会場でアナウンスがあった。

「皆さんご歓談中失礼致します、本日は文化交流の一環として日本の刃物技術を披露させていただきます」英語の通訳も後に続いた。


そしてステージの上には着物を着た1人の青年が立った。吊り目がちで整った顔立ち、そして長めの髪を一つにまとめた姿は俳優のようで何人かの女性たちは息を呑んだ。しかしヴィッキーは蛇のような男だと感じた。


その男は腰の刀に手を添えると紙が一枚男の上に降ってきた。男は刀を抜くとその紙を目にも止まらぬ速さで切り裂くとまるで花吹雪のように紙が散った。


「「「「「ぉおおおお!」」」」」

と、歓声が上がった。


しかしマイカとヴィッキーの表情は硬かった。


男は演舞が終わるとすぐに会場を立ち去る。


「追うか…?」


「もちろん」


そして2人が歩き出した途端、全ての出入り口から布が架けられた台が次々と運ばれてきて、会場から出られなくなってしまった。


「皆さん!ご覧ください!こちらが古くから受け継がれてきた日本の技術の結晶です」


台から布が取り払われるとそれは大小様々な刀剣類であった。


「ぜひぜひお手に取ってご覧ください!」


「なんか…おかしい…」

ヴィッキーは、呟く。マイカも警戒した。


そして次の瞬間、ヴィッキーの目には異様な物が映っていた。


視界が歪み、人が怪物のような姿に変わる。

何が起こったか分からず動けずにいると、その怪物は自分を見ると凶悪な顔で襲い掛かってきた。背筋が寒くなり、全ての感覚が麻痺して恐怖だけが残った。


武器を…!そうしてヴィッキーは太腿に括り付けていたナイフを取り出そうとすると、大きな怪物に身体を拘束された。


「…!ッ…ッキ!…ー!」

誰かが自分を呼んだ気がするが、拘束されている恐怖で頭が支配されていた。


早く武器を…そう思ってもがく。


「ぁあ゛ああっ!」

突然肩に激しい痛みを感じる。そして徐々に視界が開け、頭が冴えてきた。


「ヴィッキー!ヴィッキー!しっかりしろ!」

声がする斜め上を見上げると、口元を血塗れにしたマイカが抱きしめるように自分を拘束していた。


「マイカ…」


「良かった、正気に戻ったか」


「何がどうなってるの?」


「ごめん、痛かっただろ、でも正気に戻す方法が他に分からなくて、たぶん麻薬の類だ」


そしてヴィッキーは自分の肩を見ると、真っ赤な血の中で、牙の跡が少しずつ塞がっていた。


「ありがとう、お陰で正気に戻った」


「俺を狂わせるには量的に足りなかったみたいだけど、会場はこの有様だ。全員無力化できる?」


お互いが怪物に見えた参加者たちは身近な刃物を取って互いに切りかかっていた。


「3分で足りる」


「ああ、手加減しろよ」


「心配しないで、そのくらいは簡単だから」


そして、2人は会場の参加者全てを3分かからず気絶させた。


「マイカ…これ…」


「ああ…死んでるな…」


会場では、前後不覚の参加者が刃物を振り回して斬り合っていたが、急所を的確に狙った攻撃ができるはずもなく、さらなパニックで動けなかった者も多かったので軽傷者が多かった。

しかし、1人だけ明らかに刃物の影響ではなく倒れている者がいた。


「毒殺だ」


「これが本命か」

マイカは出口の方に目をやった。犯人は逃げたか。


マイカは換気をすると即座に警察を呼んだ。 


そして怪我をしている者には応急処置を施した。


「警察が来る前にその顔なんとかしないとマイカが檻の中に入りそうだよ」


ヴィッキーが血が付いたマイカの口元を見た

「ああ、そうだった」

そしてマイカは一瞬ペロリと唇を舐めたが、無意識だったのだろう。先に濡れた布巾でヴィッキーの肩を拭こうとした。


「今日はお腹減ってないの?」


「え…」

ヴィッキーはマイカに近付くとその手の布巾を取り上げた。


「私の血は安くないよ」


「ヴィッキー…お願いだから煽るなよ…」


マイカの目の色が変わった。

そして、ヴィッキーの肩に生暖かいものが触れた。


キスをするようにゆっくりと舐めると、2人は目の目を合わせた。


見つめ合う時間は数秒…


遠くから聞こえる焦った足音に気付いて2人は身体を離した。

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