第18話 九区
18.九区
九区の移民街は阿鼻叫喚としていた。
パニックになった住人が逃げ惑い、家には男たちが押し入り、大小様々な銃の弾が行き交い、爆発音も響いていた。
車を走らせていたマイカたちの元に入った知らせは九区と十一区の知らせが混合していた。
その知らせの中には気になるものがあった。
「男たちが民家のキッチンに押し入り…」
マイカが呟く
「なるほど、熱を加えれば爆発するって言ったよな。トースターなんかは良い時限爆弾になりそうだな」
と岡崎が続けた。
短時間で精巧な爆弾は用意できなかったのだろう。さらに警察に嗅ぎつけられて計画を早めたなら尚更だ。
マイカは携帯を取り出そうとして気付いた。爆発で壊れたようだ。
ヴィッキーのことだから、もう既に気付いて九区に来ているかもしれない。頼むから危険なことはしないでいて欲しいと祈った。
岡崎は防弾ベストを着ると、拳銃の装填を確認していた。
緊張が走る。
自分達が巻き込まれたのがレッドバルーンの爆発だったか否かはわからない。複数個の爆弾が仕掛けられて威力が増していただけかもしれない。しかし、それでも大きな建物を丸ごと壊滅させた挙句周囲の建物まで壊す勢いだったのだ。
「これは…!戦場じゃないか…」
近くにきた時点で、煙が見えて嫌な予感はしていた。
住民が着の身着のまま逃げ出してくる中これ以上車では進めない。血を流している者も多かった。
車をそのまま止めて、住民の流れに逆流するようにマイカ、岡崎、そして後ろに続いてきたパトカーから降りてきた刑事達が走った。
現場には機動隊も到着していたが、盾を構えて、武器を捨てるように呼びかけるのみで何の意味もなしていない。
「とても近づけねえ!」
岡崎が顔を顰める。
「でも見つけないと、何も無くなってしまう…」
よく見るんだ。交戦してる奴らと爆弾を仕掛けている奴らは当然のことながら違う動きをしているはずだ。
「おい、あいつ、お前の知り合い?」
と、岡崎が指をさす。100メートルくらい先にどう見てもこちらに手を振っているフルフェイスのヘルメットの人物がいた。
マイカは苦笑いした。間違いなくヴィッキーだし、気のせいかもしれないがなんだか嬉しそうだ。
「おい、なんか投げてきたぞ」
ヴィッキーがおおきく振りかぶって何かを投げてよこそうとしている。
そしてその傍らにはグッタリと男たちが倒れていた。
「ちょっと待て!!!!手榴弾じゃないかあれ!」
岡崎が焦ってマイカを退避させようとするが、マイカはその場を動かず、それをキャッチした。
「大丈夫だ、抜かれてないよ。それに見ろよ」
手榴弾には、テープでお粗末にキラキラと光る赤い宝石が止められていた。
「レッドバルーン…なのか…?」
と、青褪めた顔で岡崎が言った。
「おっもう1発来るぞ、お前を御指名だ」
「俺?」と慌てて岡崎がヴィッキーが投げた手榴弾を受け取る。
「あいつ!正気かよ!?間違ってこのリングに指を引っ掛けちまったらどうすんだよ!」
岡崎は冷や汗をかきながらレッドバルーン付きの手榴弾を確認した。
「合流するぞ」
「ところであのヘルメットは誰なんだ」
「俺の協力者だ」
逃げ惑う人々を避けながらヴィッキーの元へ2人は走った。
「なんで連絡つかねーんだよ!」
と、ついて早々ヴィッキーにキレられる。
「ごめんよ、爆発に巻き込まれて携帯が壊れたんだ」
「心配しただろうが」
「ごめん、心配かけて」
と、マイカはフルフェイスのヘルメットの上に手を置いた。
「無事ならいい、時間がない。早く探すよ」
「ああ、それなんだけど…レッドバルーンが仕掛けられているのは手榴弾だけじゃない。民家のキッチンに押し入って仕掛けてるかもしれないんだ」
「わかったそれなら…もしもし頼斗?」
『はいはーい!百合です!』
「百合!?頼斗!百合も連れてきたの!?」
アーサーを連れてきたら百合は安全なところに置いてくると思っていた。
『大丈夫だ。おいちゃんと例の車で少し離れたところに停めてる』
例の車、それは戦車並みの機能を備えるように魔改造されたおいちゃんの愛車だった。
「ならいい。ドローン飛ばせる?」
『もう飛ばしてる。何を探せばいい』
「民家に入っていく怪しい奴らを探してくれ。キッチンにレッドバルーンを仕掛けているらしい」
『君らがいる場所の2ブロック先くらいのレストランにまさに怪しい奴が入って行ったけど?』
「こっちだ!!!」
ヴィッキーが突然走り出し、2人を案内する。
ちょうど店に着いた時男が走って出てきた。そこを岡崎がすかさず取り押さえる。
「そいつ連れて離れろ!」
と、ヴィッキーが声を上げ、店に突入するが、その後をマイカが追う。
「ヴィッキー!」
2人がキッチンに入ると、オーブンが熱されていた。ヴィッキーは迷わずそれを開けて流し台に溜まった水の中に宝石を放り込んだ。
「随分とおざなりなやり方だな…」
「離れてろって言っただろ」
「本来離れてるべきは君の方だよ、ヴィッキー」
「私は死なないから」
マイカは困った顔をした。
『ヴィッキー!大丈夫?休んでる暇はないよ』
頼斗が電話の向こうでヴィッキーに呼びかけた。
「次はどこ?」
『だめだ。手榴弾の部隊に、住宅侵入もあって間に合いそうにない』
「わかった。マイカ!手分けするぞ」
「ああ…岡崎!手榴弾の方は任せていいか?」
岡崎は男に手錠をかけて応援を呼ぶと、マイカに答えた。
「手榴弾のほうは機動隊と他の奴らに頼んだから大丈夫だ」
「お前ら携帯は?」
「俺のはもう壊れてる」
と、マイカ。
「俺はまだ生きてる」
と岡崎。
「わかった、頼斗!ここにいる3人に電話で指示出してくれ!」
そういうと、ヴィッキーはマイカに自分の携帯を投げ渡した。
ヴィッキーはヘルメットの機能単体で通信を取るつもりだった。
その時岡崎の携帯が鳴った。
「もしもし?岡崎さん?今から指示通りに動いてくださいね♪」
百合だった。
「誰なんだこの子?なんで俺の携帯番号知ってる?」
と、岡崎がヘルメットのヴィッキーを不審な目で見た。
「いいから行け!時間に猶予あるところ案内してね!」
とヴィッキーが百合に向かって叫んだ。
岡崎は普通の人間だろうから自分やマイカのように無理はさせられない。
「頼斗はマイカを案内して!僕はアーサー!頼んだよ!」
そうして3人は別々に走り出した。
次々と3人によって捕まえられる犯人たち。爆発の音もしなくなった。
危機を一旦は脱したと思われ、3人は百合たちの誘導により、1箇所に集められた。
「なんだなんだ、爆発の音がしないと思ってきてみたらなんで止めちゃってるの〜」
ヴィッキーたちが振り向くと、そこにいたのは黒い和服に身を包んだ1人の若い男と、子どものような見た目の少年であった。
若い男の方は目が前髪で覆われていた。
次の瞬間、スパッ
と音がするとヴィッキーのヘルメットが割れた。
「「「!!!」」」
男の両手に握られていたのは日本刀だった。
「チッ…外人どもが!」
子どものような小柄の少年がヴィッキーとマイカを見て吐き捨てた。
「何者だ!」
岡崎が銃を構えた。
スパッ
次の瞬間銃の半分は地面に落ちていた。
「は…!?」
岡崎が動揺する。
ヴィッキーは静かに男を見つめていた。
「ふーん、少しも動じないんだね。君、頭真っ二つになってもおかしくなかったの、分かってる?僕がしなかっただけで」
マイカが殺気を放った。
その瞬間ふわっと風が岡崎の頬を掠めた。
「え?」
男は自分の両手に握られた日本刀を見た。
日本刀は焼き切られたように折られていた。
「同じ言葉を返してやるよ」
と、ヴィッキーが言った。
「何をしたの?」
「さあな」
男は動揺していた。少年も驚愕の表情で隣の男の刀を見た後、何かを取り出そうと動いた。
「おっと、そうはいかないよ」
それを取り押さえたのはマイカだった。
「放せ!!!」
少年が暴れる。そして、男にはヴィッキーが銃を構えていた。
「わかったわかった」
男はヒラヒラと手を上にあげた。
降参のポーズかと見えたその時、少年が口から小さな筒のようなもので、マイカに何かを吹いた。
プスッ
「うっ…」
マイカが首元を押さえてふらついた。
その隙に少年は男の後ろに隠れる。
「マイカ!!!」「苽生!!!」
2人の声が重なる。
「あれれ?なんで動いてんのかな?これ即死のやつでしょ?」
と男。
「何だコイツ!バケモンかよ!」
と、少年がぎりぎり歯を食いしばる。
「何をした」
と、ヴィッキー。
「毒だよ、どうする?次はそっちの男狙うけど」と、男は岡崎を見た。男の後ろに隠れる少年は何か銃のような形の武器を岡崎に向かって構えていた。
ヴィッキーは、ゆっくり銃を下ろした。
「今日のところはこれでお仕舞いにしよう、僕は八咫烏、また会おう…」
すると2人は一瞬で姿を消した。
「マイカ!!!」
ヴィッキーはすぐにマイカに駆け寄る。
マイカは膝をつき、倒れかかっていた。
岡崎がすぐに救急車を呼ぼうとしたところ、ヴィッキーはマイカに渡していた携帯を手に取ると、
「アーサー!マイカがやられた!今すぐ来てくれ!」
と、叫んだ。
そしてヴィッキーはマイカの首に噛み付くようにして毒を吸い出した。
「止めろ!お前も死ぬぞ!」
岡崎が焦る
それからすぐアーサーが屋根の上から降ってきた。
「まずそうな雰囲気だったから急いで飛んできたよ」
「アーサー!マイカが…!」
「落ち着いて、ドローンじゃよく見えなかったけど何をされた?」
「毒でやられたみたいだ」
と、岡崎が代わりに答えた。
アーサーは岡崎をチラリと見ると、少し戸惑いの色を見せたがすぐに倒れたマイカに触れた。
マイカの呼吸は浅くなっており意識も朦朧としている様子だった。
アーサーはマイカに触れると少し目を閉じた。
2人が固唾を飲んで見守る中。
「!」
マイカが突然目を開き呼吸をぜーぜーさせながら起き上がり、アーサーに飛びかかった。
アーサーの手にはナイフが握られてその剣先はマイカに突きつけられていた。
「マイカ!」「苽生!」
マイカは状況をようやく把握すると、アーサーを押し倒した体勢から起き上がった。
「全く、血の気が多いことよ」
アーサーは動じることなくいつもの麻の服を整えた。
「マイカ、アーサーだよ。アーサーが助けてくれたんだよ」
「アーサーってアーサー劉!?」
と、マイカが驚いた。
「ああ、言ってなかったけど旧友なんだ」
「一体どうやって?」
と、岡崎はアーサーが何かしたように見えなかったので疑問に思った。
「気の流れを整えるツボを…」
「すごいな…東洋医学とか舐めてたけど」
岡崎は素直だった。
「マイカ!死ぬかと思った…」
ヴィッキーが地面に座ったままのマイカに抱きついた。
「おっと…待って!危ない!針!針!」
マイカはヴィッキーを支えながら右手でハンカチに包んだ針を懸命に遠ざけていた。
岡崎は赤髪の青年の姿を不思議そうに見ていたがどこかで見た気がすると思っていた。
「君ら一体何なの?銃を持ってるってことは、プライベートセキュリティーか?」
この国は治安が悪化した結果、許可を得たプライベートセキュリティサービスは銃を持つことが許可されていた。しかし、3Dプリンターが普及して簡単に数発打てる銃なら製造できてしまい、銃社会に近付いていた。
「ああ、そうだよ」
と、ヴィッキーは答えた。
「それはそうと、お前ら二人本当に人間か?」
二人とも見えないレベルのスピードで動いた上に、赤髪の日本刀を折った攻撃は訳がわからなかった。
「僕らより、アイツらの方を気にするのがあんたの仕事だろ」
「ああ、八咫烏って言ってたが聞いたことないぞ」
「俺もないが、国粋主義者っぽいな。この計画には間違いなく深く絡んでるな」
外国人街を破壊する計画とさっきの外国人嫌悪の発言を思い出してマイカは言った。
「でも、君らのおかげで助かった。ありがとう。警察からもぜひ御礼をさせてくれ」
岡崎がヴィッキーに言った。
「劉先生もありがとうございます。命拾いしました」
マイカがアーサーに頭を下げると、
「私は大したことは何もしてませんよ、あとアーサーでいいですよ」
アーサーは、美しい額の眉を少し下げながら言ったが、一刻も早くこの場から離れたいという感じであった。目をつけられるのは御免である。
「俺もマイカで」
そしてマイカはアーサーの右手を握った。
「僕らのことは、黙っといてくれ。友達がヘタレだから心配して来てやっただけだよ」
「ははは、コイツがヘタレか」
岡崎はマイカを見て笑った。マイカは相当有能である。
「怪我人もいないみたいだし、私はそろそろ失礼するよ」
アーサーがそそくさと退散しようとすると、
「待ってアーサー!これ調べてくれる?」
と、ヴィッキーはアーサーに針を摘んで渡した。
「あれ?」
と、マイカは自分の右手に握られているはずの針を見たがそこにはちゃんとそれは存在していた。
「ヴィッキーまさか…」
アーサーが呆れた顔で見る。
「ああ、去り際にやられたみたいだ、卑怯な小僧だ」
と、ヴィッキーは首に手を当てた。
「嘘だろ!?」
とマイカ。岡崎は何が起こったか分からず不審な顔をしている。
「毒が効かないのは生まれつきだ」
大抵の毒は効かないように造られているのだ。
「ヴィッキー、全部の毒が効かないかは分からないんだから自分に無頓着になるのはやめてくれよ…」
と、アーサー。
「ごめんって!解毒薬作れたら作っといてよ」
「全く、危ないったらありゃしない。わかったよ」
そう言うとアーサーは小さな試験官のような瓶を取り出して針を閉まった。
「よく手を洗うんだよ」
「はーい」
岡崎とマイカは即死レベルの毒を扱ったとは思えないカタツムリでも捕まえた後のこどもと親のような呑気な会話に唖然とした。
ヒラヒラと手を振りながら帰るアーサーを見届けて、岡崎はハッと我に返った。
「最近強盗や犯罪者を捕まえているヘルメットの男ってもしかして君?」
「知らねーな、僕じゃないよ」
「そうか…」
岡崎は釈然としない気持ちであったが恩がある手前深くは追求しなかった。
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