第17話 十一区


十一区の武装勢力の拠点捜査の結果は想像していたものとは全く異なっていた。


マイカも知らせを聞いてすぐに現場に岡崎と共に直行した。


「何もないってどういうことだよ」

と、岡崎は嘆いた。


「情報が間違っていたということは…ないよな」


拠点が1箇所なら間違いの可能性もあったかもしれない。しかし、怪しいと思われる場所含めて5、6箇所捜査しているのだ。


「レッドバルーンがなかったというならまだわかるが、武器が何もないなんてあり得ない」


と、岡崎。


「本当だよな」


“武装勢力”と言われるのは実際に武装してたびたび事件を引き起こしていたからである。


十一区はパトカーだらけで物々しい雰囲気だった。


最も確実だと言われていた拠点の倉庫に2人は着くと中に入ったが、全くもぬけの殻であった。


「ただの空き倉庫だな」

と、岡崎。


しかし、マイカは火薬の匂いや、人間の匂いを感じた。警察関係者のものではない。中東の人々は日本人と体臭が違うのですぐにわかるのだ。


他の場所も回ってみたが同様だった。

車に戻るとマイカは深刻な顔をしていた。


「情報が漏洩していたと思う」

と言うマイカ。


「漏洩?まさか!警察内にスパイがいて今日捜査が入ることを奴らに教えたって言うのか!?」


「三國区長経由ならあり得るかも知れないだろ」


「おいおい、その話はお前の想像に過ぎないだろ」


マイカが、三國区長が自作自演で九区のスクラップアンドビルドを企てているのではないかと言う話をマイカから聞いたときには驚いた。やっぱり海外育ちだと考えることのスケールが違うのだろうかと思った。それに組対が実際に城東組と三國区長の接触を捉えていたと聞いたときには信憑性が増したように感じた。三國区長の妻の家系は政治力が強いのも事実であるが、まだなんの証拠もないのだ。


「火薬の匂いが残ってたんだよ…」

とマイカは言った。強盗に入った車がそのあと城東組と接触していたことは警察は突き止めていない。


「お前気持ち悪いぐらい鼻がいいもんな…お前が言うならそうなのかも知れない」


岡崎はマイカと行動するうちに匂いだけで何でも言い当てられてしまうのでそれは実感していた。本人は山の中で育ったから五感が鋭いとか言っていたが。


「とりあえず、ここと九区で聞き込みをしてみよう」


そう言って2人は現場を離れようとしたその時だった。


バァーーーーン!!!!!!!


と何かが破裂するような音と地鳴りが響いた。


キーーーーーーーーーン


最後に見たのは苽生の目を見開いた顔だった。何が起こったか分からない状況であいつの眼の色が宝石のように光って見えるとぼんやり思った。


「岡崎っ!!!」


マイカは咄嗟に彼を庇った。

爆風を背中に受け、瓦礫が崩れ落ちて来る。


「F***!!!」


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ヴィッキーは、ハーレーに跨ったまま城東組の事務所付近に張っていた。


ここにレッドバルーンがあるかわからない上、もう移動させているのかもしれない。人は中に居るようだが出入りはほとんどない。


その時、ヴィッキーの携帯が振動した。


「頼斗か…もしもし?」


『十一区から九区に何台も車が向かってる、今日やる気かもしれないよ』



「クソっ間に合わなかったか!そこに百合はいるよね?」



『はーい!』と百合が返事をした。


「こっちはすぐに九区に向かう!」


『待って!流石に危ないわよ!』


「マイカも十一区に居るはずだからこのままだと間に合わない!百合は頼斗とアーサーを連れてきて!」


『でも……わかったわ』


頼斗はアーサーの名前を聞いて怪訝な顔をしたが、ヴィッキーの馴染みなら凄く強いとか特殊な訓練を受けてるとか何かなんだろうと思った。


ヴィッキーは、電話を切るとバイクを走らせながらカリームに電話をかけた。


「もしもし?カリーム?」


『もしもし?やあヴィッキー!突然どうしたんだい?』



「九区に知り合いはいる?」


『うん、何人かいるけどどうかした?』


「十一区の暴徒が向かってるから今すぐ住民を避難させてほしい!」


『なんだって!?』


「時間がないんだ!どんな手を使ってもいい!とにかく出来るだけ移民街から外に出してくれればいい!」


『わかった!できるかわからないけどなんとかやってみるよ!』


「助かるよ!頼んだ!」


あとは時間との勝負だ。ここからどんなに飛ばしても20分は最低かかってしまうだろう。


その間に少しでも避難が進めば良いのだが…


車の間をすり抜けながらヴィッキーは高速でバイクを飛ばした。クラクションが鳴らされるが知ったことではない。


九区へと差し掛かった時だった。またヴィッキーのヘルメットに内蔵されたスピーカーに着信音が響いた。


「もしもし?カリーム?」


『ヴィッキー?今仲間に声をかけて爆弾が仕掛けられてるって爆竹を投げて騒ぎを起こしてもらってる。慌てて住民が逃げ出してるけど』


「良くやったカリーム!」


『ただ…不穏な動きがあるんだ』


「どういうこと?」


『武器を持ち出して外に出てきた奴らがいるんだ』


「応戦しようとしてるのか!?」


チッ

どちらにも武器を流して邪魔な移民の頭数を減らそうっていうのか。これじゃあ本当に内戦になってしまう。



「わかった。カリームありがとう、あとは仲間にも逃げるように言ってくれ」


『うん、わかったよ。ヴィッキーは?』


「大丈夫だよ、突っ込んで行ったりはしないから」


本当は突っ込む気しか無いのだが。


「当たり前だよ!とにかく気を付けてね!」

と、カリームは言って電話を切った。


そのあとすぐに電話が鳴った。百合だった。

「もしもし!ヴィッキー、十一区で爆発があったわ!警官が巻き込まれた可能性があるって!!!」


ヴィッキーの背筋が凍った。


「他に情報は?」


「何もないわ、マイカさんも電話に出ないし」


「わかった。マイカはタフだからきっと大丈夫だよ。ただすぐに応援は期待できなそうだな」


そんな簡単に死んでくれるなよ。マイカ。


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どこに爆弾が仕掛けられていたのか、屋根か?普通の人間なら即死だっただろう。瓦礫の中に埋まりながら、身体の下に庇った岡崎に目をやる。気絶しているが幸い目立った怪我は無さそうだ。


さて、どうしようか。狙われた可能性がある。それならまだ側で死んだかどうか確認しているかもしれない。


瓦礫の中で苽生はしばらく息を潜めていた。


「ぅ…」岡崎が呻きながら目を覚ます。


「大丈夫か?」


「なんだこれ…今、どういう状況だ?」


「仕掛けられた爆弾が爆発したんだ」


「ああ、まあ爆発したのはわかるけど…」


「密着するなら、女が良かったよ」


マイカの大きな身体に庇われながら岡崎が苦笑いで言った。


「全く…元気そうで良かったよ。怪我もひどく無さそうだし」


「ああ、ありがとよ。ちょっと頭をぶつけたくらいだ」


女のように庇われてしまったことを恥ずかしく感じながらも、苽生には感謝した。


「ちょっと待ってろよ…っと」

マイカは遠くからサイレンの音が近づいて来るを聞いて、身を持ち上げた。


「おいおいおいおい、そりゃあ無謀だろ!」


二人の上にはコンクリートやら、鉄の柱やらが重なり合っている。

本来なら押し潰されているところをマイカは支えていたのだが、岡崎は隙間になっていたとしか思わなかっただろう。



「密着してるのが女の子だったら救助が来るまで待ったかもな」

と、マイカがニヤリと笑った。


ミシミシッ


ガラガラッ


「嘘だろぉ…」


分厚いコンクリートの壁や鉄骨が容易くマイカによって持ち上がっていく。



「よっと…」


岡崎は突然視界に届いた陽光の眩しさに目を細めた。


マイカの手を借りて立ち上がる。


「お前、ハ○クかよ…」


自分らがいた建物は跡形もなく崩れ去っていた。隣接した建物さえ壊れている所がある。


瓦礫の中から突如として現れた2人に近くで野次馬の対応をしていた警官達が目を丸くして向かってきたが、瓦礫の中を進むことが出来ず右往左往としている。



「二人とも!無事か!?」

驚愕の面持ちで声を上げたのは、絶望的な気持ちで瓦礫を掻き分け二人を探していた柳だった。


「大丈夫ですよ!怪我はあまりありませんから!」と、マイカが声を上げた。


「ああ!それは良かった!!…ええ!?怪我がないですって!?」

そう言ったのは交番の警官だ。


「ハハッ」とマイカが首の後ろに手をやりながら少し気まずそうに笑った。


あたりには近くの場所で聞き込みをしていた他のメンバーと、右往左往している警官しか到着していない。最寄りの交番から急いでやってきたのだろう。他に応援も消防隊もおらず、立ち入り禁止のテープもまだ貼られていない。とにかく野次馬を危険な地帯に近づけないように右往左往していた。


マイカがあたりを見渡すとすぐに違和感に気づいた。野次馬は、日本人などアジア人の男女。

そして中東系外国人の…女性と子どもだけだ。男性がいない。これは、まずいかもしれない。


2人は足場の悪い中をマイカを前に進み、同僚の刑事の元へと向かった。


岡崎はマイカの背中を追いかけつつ、頭の中には様々な疑問が浮かんでいた。


マイカの背中は服がすっかり破け去り、完全に肌が露出していた。しかしその肌は黒く煤がかかっていたものの目立った傷は無さそうだ。なぜ服があれほどまでにボロボロになっているのに本体には何の傷もないんだ?


それに自分は爆発が起きた時何の反応もできないまま気付いたら気を失っていた。辛うじて爆発だったということがわかったくらいだ。しかし最後見たのは苽生の振り返る顔。そしてあの光る瞳。


俺は苽生に庇われたのだろうが、あの反応速度は尋常じゃない。そして瓦礫を持ち上げた力も。外国人だからか?身体もでかいし、備わっている身体能力も違うのか?森だか山だかの中で育ったって言ってたし、ちょっと野生的なのか?


刑事の元まで行くと、なぜかマイカが黙ってしまったので、岡崎が状況を説明せざるを得なかった。


マイカは深刻そうな顔であたりを見ていた。


そのうち消防とパトカーが次々と到着した。


マイカは周囲に敵意を向けている者がいないか感覚を研ぎ澄ませていたが、攻撃して来るような気配は何も感じなかった。


男たちはどこに行った。いや、もうわかりきっている。ここにパトカーを何台も集めている場合ではない。すぐに向かってもらわなくては…!


「お話中すみませんが、こちらでお話の続きをお願いします」と、救助隊員が救急車の方に2人を案内した。



「いや、私は大丈夫ですから」

と、マイカは一刻も早くその場を離れたいがために申し出たが、


「だめですよ、今は興奮状態で痛みなどは感じていないかもしれませんが、頭などを打っていた場合、後になって深刻な状況にもなり得ます。」


マイカは岡崎に目をやると、その場を逃れるのは難しいと考えて従った。


「苽生、お前本当に怪我はないのか?」


「ああ、大丈夫だよ。岡崎の方こそ頭を打ったって言ってなかったか?大丈夫か?」


「大丈夫そうだよ。命拾いしたよ。お前のおかげだよ。本当に助かった。ありがとう。」


「無事で良かったよ。身体がでかいのと顔だけが取り柄だ、気にするな」


マイカがニッと歯を見せて笑った。


「まったくお前ってやつは…」


救急隊員は一通り診察が済むと2人の擦り傷を消毒しただけで、心配はなさそうだと言った。しかしその目はマイカの服の破れた背中を注視していた。


「失礼ですがその服は爆発で…?」


「あえて破れた服を着る趣味はないですけど」

と、マイカは怪訝そうな顔をした。


「す、すみません…でも…いや…ご無事で何よりです。」


マイカは服がだいぶボロボロになっていたのは気付いていたが自分の背中は見えないので、なんだかスースーするとは思っていたがどれほどひどく生地が吹き飛んでいたかには気付いていなかった。


「岡崎、九区に行くぞ」


マイカは車に乗り込むと、言った。


「ちょっと待て!まだエンジンをかけるな!」と、岡崎はマイカの手を止めた。


そして、すぐに車を降りると緊張した面持ちで点検し始めた。


「よし、大丈夫だ」


「エンジンかけるぞ」

プラグインハイブリッドカーのエンジンはボタンを押すとコンピューターを立ち上げる時のような電子音を立ててかかった。


「映画とかで、定番だろ。エンジン掛けた瞬間にドカーーーンといくやつ」

と、岡崎が言う。


「確かに、俺たち狙われた可能性が高いし、用心するに越したことはないよな」


そんな映画みたいな爆発の仕方では岡崎を庇えないし、自分も無傷でいられるか怪しい。どんな仕掛け方をすればそうなるのかさっぱりわからないのだが。あれは鍵を捻った瞬間に爆発するのがスリリングなのだ。ボタンでは様にならないだろうと下らないことが頭をよぎる。



「ところでお前その格好で行くのかよ」


ボロボロの服のマイカを見て岡崎は言った。


「ジャケット着て、さらにこれを着るからいいだろう」

マイカが取り出した物を岡崎は怪訝そうに見た。


「それ…いるのかよ…」

自分の分も差し出されてたった今爆発に遭ったばかりの岡崎は複雑そうな顔をした。

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