第19話 モフモフとお肉
「嘘だろ!?」
後日、岡崎は、科捜研で調べられた毒の性質を聞いてつい大声を上げた。
執務室内の職員達が何事だと振り返る。
「静かにしろって!」
と、マイカが焦る。
「このことは内密にしてくれないか」
「内密にって…お前本当に身体大丈夫なのかよ」
「ちゃんと病院でも治療を受けたから大丈夫だよ」
アーサーには、後日ヴィッキーと会いに行っていろいろと事情を聞いた。病院で治療なんて本当は受けていないけれどアーサーのことも秘密にするしかない。
「成分のことは聞いてもわからんが、本当に即死レベルの毒じゃないかこれ」
「いいか、岡崎、俺は毒を受けなかった」
「そんなもん通るかよ、ブスっと刺さってたぞ」
「針に俺の血と皮膚が付いたのはうっかり血のついた手で触ったからだ。経皮毒じゃないから大丈夫だ」
「お前何をそんなに隠したいんだよ」
「悪い、本当に」
「あの赤髪の子といい、あの子の名前Vicky だろ…」
「……」
「Vから始まるヴィッキーだ」
「岡崎、それは飛躍しすぎだよ」
「お前大事にされてるな、お前は覚えてないかもしれないがあの時必死で自分の口で吸い出してくれてたんだぞ」
「え…」
マイカは急に赤くなり、首元を押さえた。
先日出勤した時はキスマークを付けてきたと揶揄われたが、赤くなったのは針か毒のせいだと思っていた。
「Vだったとしても悪い奴じゃないのは分かってる。苽生、話せる時が来たら話せよ」
そう言って岡崎はマイカの肩に手を置くと席を立った。
苽生は、爆発を受けても毒を受けてもほぼ怪我なく、時々眼の色が変わる…見間違いではないはずだ。
残されたマイカは首を押さえたまま放心状態で座っていた。
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後日、三國区長は城東組との接触、そして城東組の十一区武装勢力への武器供与への関連が疑われ、勾留された。
メディアは三國区長の自作自演疑惑を報じ、移民に同情し擁護する人々と、紛争を輸入したとして嫌悪する人々の論争が続いた。
「なんとか被害は最小限に防げて良かったわ」
「そうだね、だけどあんな大量のレッドバルーン、元々どこで使われる予定だったのか…」
「十一区への攻撃に九区の奴らが仕入れたとは単純に考えていいかわからないな…」
「最近中東で自衛隊が米軍の後方支援をしたのは関係あるかしら」
「うん、あれで重要な指導者が殺されたからね、報復を試みたとも考えられるね。マイカ取り調べで何かわかった?」
「….ねえ君たち。何でここに居るのかな?」
アーサーが美しい額に手を当てながら聞いた。後毛がサラリと揺れる。
「だってアーサーさんの淹れる紅茶、美味しいんですもの」
と、百合が愛らしく笑う。
「もう本当に、敵わないんだから」
そう言いながらもアーサーは高級な紅茶を丁寧に淹れ出す。
「アーサー、毒の方は?」
「ああ、わかったけど…でもあれ象でも数分で死ぬレベルだよ」
「……」
皆が沈黙した。
「マイカ、もう一回食らったら殺すからな」
「心配かけてごめんよ。もう二度と油断しないよ」
「あなたが普通の人間じゃなくて本当に良かったですよ、それにしてもどんな身体してるんでしょうね」
そう言いながら、アーサーはマイカの前に皿に載せた生の肉塊を置いた。
「えっとこれは?」
「満月が近いから肉を出せとヴィッキーが」
「気遣いはありがたいけど…な、生?」
「えっと‥人の時は普通は火を通して食べるかな….」
「人の時はね…」
ヴィッキーが面白そうな目でマイカを見ている。
そして、百合も目をキラキラさせている。
「わかった、わかった!君らが何を考えているのかわかったぞ」
アーサーのこと知ったんだからお前もちゃんと見せろというわけか。
ネクタイをシュルッと解くと、シャツのボタンを外した。
「お着替えはあちらでどうぞ」
とアーサーが病院にあるような立てかけるタイプのカーテンを指し示した。
そして待つこと数分…
巨大な狼がニュッと出てきた。
「大きい!!!」
「デカッ!即死の毒で数分保ったわけだね」
アーサーが驚く。
マイカはヴィッキーと百合にもふもふと触られて気まずそうにしている。
そして、のそりのそりと歩いてくるとペロリと皿の肉を食べた。
「シャトーブリアンです」
と、アーサーが言うと、数秒固まると猛スピードで服を着に行って戻ってきた。
「それは先に言ってくださいよ…!勿体無いじゃないですか」
「お気に召しましたか?」
「それはもう美味しかったけど、獣にやるもんじゃないですよ!」
「それお前自分で言うのか」
と、ヴィッキー。
「こんないい肉食べたのいつぶりだろう…」
「私の肉はシャトーブリアンに劣るって?」
「ふぬっ!ごめんなさい….!」
「ヴィッキー喰われたの!?」
と、アーサーが目を丸くする。
「ああ喰われた。だから心配するなアーサー。いくらお前が胡散臭い商売してようとコイツは殺人未遂だからな」
マイカがしょんぼりとしている。耳は出ていないのに耳が垂れているように見えた。
「ところでアーサーさんは毒にも詳しいんですね」
百合はマイカを少し可愛いそうに思って話を戻した。
「毒はよく勉強したよ。僕は力は弱かったけど、手は器用だったから」
そう言いながらアーサーは数本の太い針のようなものを手でマジシャンのように遊んでみせた。暗器の類は得意だった。
「で、解毒薬は?」
「もちろんできたよ」
「アーサーさん凄いです!治療院も前よりずっと病院らしくなっていますし」
百合が目をキラキラさせてアーサーを褒めると少しアーサーは恥ずかしそうに目を逸らした。
「持ち運べるようにいくつかもらえる?」
「ああ少し待ってて」
アーサーは戻ってくると筒のようなものを何本かヴィッキーに渡した。
「ここ押すと針が出てくるからそのまま刺せばいい。ただ即死の毒だからマイカ以外は数秒の間で刺さないと死ぬからね」
「わかった」
ヴィッキーはそう言って数本マイカに持たせた。
「それで、取り調べで何がわかった?」
「ええと、それなんだけど…」
マイカが非常に言いづらそうにした。
皆が何があったのかと眉を寄せる。
「まだ公表されてないんだけど、勾留中に今朝死んだんだ」
「は?」
「え?」
「…暗殺かい?」
「おそらく」
「侵入者がいたの?」
ヴィッキーが聞く。
「セキュリティは厳重だしそんな簡単に部外者は入らない」
「内部犯…?」
百合が聞く。
「それがあるから公表できてない、恐らく自殺で公表になると思うけど」
「まさか八咫烏の仕業じゃないだろうね」
と、ヴィッキー。
「今検死にかけてるけど、毒物が出たらその可能性はすごく高い」
「そいつら何者なの?」
と、アーサーが聞く。
「わからない。去り際にそう名乗った。それしか情報はない」
「そして消えたってのも訳がわからない」
と、マイカ。
「そのことなんですけど、ドローンには去る姿が映ってたんです」
と、百合が言う。
「え?どういうこと?」
「集団催眠とか幻覚とか…?」
と、アーサー。
「そんなこと可能なのか?」
マイカが驚く。
「薬物を使ったりするのは聞いたことあるけどね、まあ後はこんな風に」
アーサーは百合の使っているティースプーンを手に取ると、
パッと消してみせた。
「あら」
百合が驚く。
そして次の瞬間、手に握られていたのは白いユリの花だった。
「まあ!」
百合は嬉しそうに頬を紅潮させた。
「相手の注意を逸らしたりとかマジックでも色々物を消したりする方法はあるしね」
「すごいな」
と、マイカは驚いた。
「まあ実際にどうやったかは知らないけれど。狼人間がいるなら八咫烏も実在するかもね」
そんなことはあり得ないと誰も言えない状況だった。
「あの…ドローンに映ってたってことは、追跡できたの?」
「頼斗君がやってくれたんですけれど、同じナンバーと車種の車で目眩しされた上、防犯カメラもない山奥に消えたりして追跡できなくなってしまいました」
「まあ、そんな簡単に尻尾を掴ませてはくれないか…」
「かなり用心深いな…」
ヴィッキーが眉を寄せた。
「また何か分かったらお互いに共有しよう、今日はもう遅いから失礼するよ。ありがとう、アーサー」
「こちらこそ、僕も友人ができて嬉しいよ。また来てくれ」
去り際、ヴィッキーはマイカに呼び止められた。百合はアーサーに百合の花を可愛らしくラッピングしてもらっている。
「ヴィッキー、あのさ、その…」
「何?」
「この前はありがとう。俺がやられた時…そのヴィッキーが…毒を吸い出してくれたって聞いて」
マイカは首に手を当てて少し頬を赤らめた。
「別に…」
ヴィッキーも少し目を逸らした。
そして小さな声で言った。
「死んだら許さないから」
「ああ、絶対死なないよ」
マイカは笑った。無表情でいると彫刻のように整って美しい顔で少し冷たく険しい印象さえあるのに笑うとパッと花が咲いたように華やかになる。
ヴィッキーはつい目を逸らしてしまった。
その少し伏せられた長いまつ毛を見つめながら、マイカはつい手を伸ばしそうになって拳を握りしめた。
いつも強気で向こう見ずで簡単に命を投げ出すようなリスクを犯してしまうが、目の前で白い頬をほんのり染める姿は普通の女の子である。
「実は、外務省の友達から誘われて今度大使館のパーティーに参加するんだけど、良かった一緒に行かない?」
「私が?」
「うん、もちろん百合ちゃんも良かったら、家族や友達、恋人と参加できるカジュアルなパーティーだから」
「いつ?」
「え?来てくれるの?」
「空いてればね」
「来週の…
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