第16話 絡み合う思惑
九区での大規模な爆発は世間を震撼させた。
埃だらけで頭から血を流している中東系の人々の映像はどこか別な国での戦争を見ているようだった。
爆発は規模こそ大きいものの一度であった。しかし事件か事故かまだはっきりしない段階からニュース番組はその出来事を、
“民族対立の激化”
“紛争の輸入”
”日本が戦地と化す時代”
などと、センセーショナルに報じて国民の不安を煽った。自分の側の外国人が自爆テロを引き起こすかもしれないと、露骨な人種差別も見え隠れするようになった。
九区の区長である、三國康史の、
「区民の安全がもはや担保されなくなってしまったこの状況を非常に憂慮している。早急に対策が必要だ」
というインタビューは繰り返し繰り返し放映された。「区民」に被害を受けた九区のムスリム街の人々が入っていないことは明らかで、被害を受けた彼らのための対策ではなく、彼らへの対策であることに疑問の余地はなかった。
第一報があった時、百合とヴィッキーは、大学のカフェテリアにいた。
「ヴィッキー!これって…」
「可能性は大だね…ただこの明るい時間帯に爆発が一回か…」
「事故って可能性もあるわね」
「うん、あまりにタイムリーすぎる気もするけれど」
「マイカさんたちがたぶん調べてるところよね」
「そうだろうね、先に言ってあったからレッドバルーンの筋で捜査してくれると思うよ、意外とできなくない奴だし」
「うん、意外とね」
マイカは海外大にも関わらず独学で日本語の国家公務員試験を受けてキャリアで公安に入庁したのであったが。
マイカから連絡があったのは次の日の夕方であった。
「それで?爆発の原因は?」
ヴィッキーはマイカからの電話で早速尋ねた。
「レッドバルーンで間違いなさそうだよ」
「どうやってわかったの?」
「それが大変だったんだよ。成分はわからないしさ。ペンタゴンにいる友だちに聞こうかとも思ったんだけど、安全保障上の問題があるかと思って、外務省の友人を頼ってバルカン半島とかアフリカのあたりの大使館に片っ端から問い合わせてもらったんだ」
ペンタゴンに知り合いいるのか…とヴィッキーは思った、マイカって大学どこだっけ…。
「それでわかったんだね」
「うん、でも俺はこれはテストみたいなものなんじゃないかと思うんだ。なんとなくこれで終わらない気がする」
「こっちもそう思ってたところだったよ。爆発は一回だしね」
「盗まれた金庫にはもっと入ってたんじゃないかって思う。それに気になる話を聞いたんだ。マル暴が目をつけてた城東組が最近外国人との接触が増えているみたいなんだ」
「民族対立かと思ったら糸を引いていたのはヤクザだったとか?」
「まだ何も言えないけどね。ただ外国人を使った闇バイトには何回か絡んでる」
「九区の区長って発言辿ると結構移民排斥派みたいだな」
とヴィッキー。
「何が言いたいの?」
一見何も関係がなさそうに聞こえる発言だった。
「なぜ大規模な爆発が必要かってことだ」
と、ヴィッキー。
「もしかして…スクラップアンドビルドってこと…?」
対立をあえて煽って、移民街を爆破で更地にして一から街を作り直そうというのか。
「考えすぎかもしれないけどメディアの報道が偏ってる。なんらかの思惑が働いててもおかしくないんじゃない」
「区長と城東組の繋がりを調べてみるよ」
と、マイカ。
「残りのレッドバルーン早く探さないとまずいよ」
「わかってる、ありがとう!また連絡する!」
そう言ってマイカは電話を切った。
「ヴィッキー、探し物を見つけるのが得意なのは誰かしら?」
と、百合。
「おいちゃんところ行くか…」
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"おいちゃん"と呼ばれる。その男のアジトは二区のゴミゴミした、古い建物群の中にあった。何に使うのか素人にはさっぱりわからない電子部品を売っている店、ミリタリーショップ、中古の電気屋などが所狭しと並んでいるがどれも寂れている。
その通りで、車を停めてもらう。
「さて、探そうか」
と、ヴィッキー。
「私はあの店の奥のアーサー王の剣みたいなのが怪しいと思うわ」
ごちゃごちゃと統一感のない雑貨が所狭しと置いてある店の奥に、岩に刺さった剣のオブジェがあった。
「じゃあそこから行くぞ」
とヴィッキーが歩いていく。
「百合、やってよ」
「えー、嫌よ恥ずかしい…」
と、百合。
仕方がないとヴィッキーが剣を抜こうとした。
すると、
パシャ
と、音がしたと思うと、岩の下の部分から記念写真が出てきた。
「フェイクね…」
と、百合。
「F***…」
とFワードを呟くヴィッキー。
「ここじゃないなら、あっちの公衆電話ボックスだな」
「きっとあっちもフェイクよ。写真がきっとヒントなのよ!だから本物はあのプリクラ機よ!」
と、百合。
「あーもう嫌な予感しかしない」
と、ヴィッキーがすごくだるそうな顔をした。
「400円…ごめんヴィッキー現金ある?」
「金取ってフェイクだったらもう帰る」
と、ヴィッキー。
チャリンチャリンと現金を入れる。
『初めに、モードを選ぶよ!
①ゴシックロリータモード
②おいちゃんのあの頃モード
③アメコミヒーローモード
④サイバーパンクモード
おすすめは①番だよ!』
「聞いたことねーよそんなモード!第一、2番は明らかにおかしいだろ!」
「ヴィッキー!あと5秒しかないよ!」
10秒のカウントダウン方式になっていた。
「①と②は絶対やばいから④!」
と、ヴィッキーが選ぶ。
『えー』
「?」「?」
「今めっちゃ不満そうな声出したよな」
と、ヴィッキー。
「気にするだけ無駄よ、ヴィッキー」
『撮影が始まるよ!無表情で立ってるだけで良いよ!』
『3・2・1』
2人は言われた通り無表情で立っている。
『次は背中合わせで立ってみよう!』
このくらいなら付き合ってあげようと従う2人。
『3・2・1』
『最後は下のカメラを覗き込む感じで撮ってみよう』
「下?」
カメラが2台付いていたことに気付かなかった。
『3・2・1』
『お疲れ様でした!』
『本人確認完了。出発まで5秒。5・4…』
それまでのアニメ声と打って変わって急にナビゲーターのような声になる。
「百合!気をつけて!」
と、ヴィッキーが百合を抱き抱えるように守る。
すると
『…2・1』
バサ!っと床が扉のように開いた。
「きゃあああああ!」と百合が叫ぶ。
突然抜けた床から2人は落下した。
バサッと落ちた2人は緩衝材の上に落下した。
「お二人ともお見事〜!」
と、2人が落ちたその前にいたのは、色褪せた生地の硬いブルージーンズに、チェックシャツをピッタリと中に入れてバンダナを鉢巻のように巻いて黒縁のメガネをかけて、バリカンで短く刈り上げた頭の、50代前後くらいに見える少しお腹の出た男性だった。
「おいちゃん!危ないだろ!それに百合スカートなんだけど!」
と、怒るヴィッキー。
奥の方のモニターの前で回転式の椅子をこちら側に向けて、眼鏡の位置を直したのは頼斗だった。
「スケベ野郎」と、ヴィッキーが吐き捨てた。
「今回も最高な出来だっただろう?ほら!よく撮れてるよ!」
と、プリクラを渡された。百合とヴィッキーは体勢を立て直しておいちゃんの差し出した小さなプリント用紙を覗き込んだ。
「おおお!何これ!カッコいい!」
と、はしゃぐヴィッキー。
近未来的だが猥雑な街並みの中、濡れてネオンが映った道路の上に立っている2人は、服装までサイバーパンク風になっている。しっかりプリクラ風に顔面も加工されているが、目がただ大きくなり顔が白く凹凸がなくなり顎が細くなるというものではなく、ちょっとアンドロイド風で、肌にもネオンが青みがかって写っていた。
それぞれ風景も凝っていて日本風だったり中華風だったりした。手に勝手にライフルのようなものが持たされていたりした。
「おいちゃん!データ欲しいわ!」
と百合!
「送ったよ」
と、頼斗。
なるほど、お前のスマホにもちゃんと保存されてるわけか、と白けた目で頼斗を見るヴィッキー。
頼斗は西園寺邸にも部屋があるが、このビルの一部が頼斗の生活スペースとなっていた。
「おいちゃん、この前百合に渡したカメラズーム機能つけてよ」
「ズーム機能か、シンプルじゃなくなると使いにくくなりそうだがやってみよう!」
と、嬉しそうなおいちゃん。
「何に使ったの?」
と、頼斗。
「ストリップクラブでアルバニアンマフィアを隠し撮りするのに使ったよ」
「ヴィッキー、それ百合も連れてったの?」
と、頼斗。
「私は行ってないよ、マイカさんとヴィッキーがデートだったのよ」
「ストリップクラブでデートね、趣味がいいね」
と、頼斗が皮肉を言う。
「あ、これおいちゃんの好きなお店のアップルパイです」
と、百合が袋を手渡した。ヴィッキーが持っていたので突然の落下にもしっかり耐えていた。
「Ohhh ‼︎ Thank you thank you !!! 」
と、喜ぶおいちゃんは、日本生まれだったがアメリカ暮らしが長かったので日系人のような雰囲気だった。
4人は歩くと足元のライトが大げさに点灯していく暗い廊下を歩いて、それまた大げさなセキュリティと、セキュリティを解除すると細く蜘蛛の巣のように幾何学的なデザインの溝にライトが灯る大げさな自動ドアを通って別なフロアに移動する。
そのフロアは沢山のモニター、よくわからない機器類、ガラクタに見えるようなものまで沢山のものが置いてあるラボであった。
頼斗は、百合には紅茶を丁寧に淹れる。
「シングル?ダブル?」
「ダブル」
と、頼斗に尋ねられてヴィッキーが答える。
エスプレッソマシンから良い香りがしてくる。
「今日きたのはそのアルバニアンマフィアと関係があるの?」
と、頼斗は自分とおいちゃんのコーヒーを運びながら聞く。
「そうなの!とっても緊急で頼みたいことがあるの!」
と、百合がことのあらましを説明した。
「しかしそのレッドバルーンっていうのおいちゃんも見てみたいなあ」
と、おいちゃんは目を少年のようにキラキラとさせている。
「おいちゃんは絶対触っちゃダメだよ」
と、ヴィッキーが念を押す。好奇心が強すぎて何をしでかすかわからない。国家の安全保障に影響を与えると言っても過言ではない悪戯をしてしまいかねない。
「え〜、ちょっとくらいいいじゃない〜」
と、おいちゃんは拗ねている。
「やって欲しいのはレッドバルーン探しのための防犯カメラの映像解析?」
と、頼斗。
「それと九区の区長、三國康史の通信履歴のハッキングだ」
「後者は難しいな、何で連絡取ってるかわからないし、海外製のアプリなら面倒だ」
「できないの?」
と、心配そうに百合が聞く。
「できないとは言ってないよ」
「さすが頼斗君!」
と、百合がおだてる。
「やれやれ、今月も電気代がかさむなぁ」
と、頼斗。
「百合温水プールで遊べるぞ!」
と、ヴィッキー。
このビルにはスーパーコンピューターを冷やすための水を使った温水プールがあるのだ。
「やったー!!!」
と、百合。ヴィッキーの男装問題があるので大学のファシリティとしての大きなプールを百合たちは使えないのだ。
「で、見てほしいのはいつのどこ?」
と、頼斗。
ヴィッキーは数週間前に起きた2件の強盗の話をした。
「2件目の強盗のこと聞いてないわよ、ヴィッキー」
と、百合。
「あれ?そうだっけ。ちょっと通りすがりに出会ったんだよ」
と、ヴィッキーがとぼけた。
「へぇ〜、うふふ」
と、百合。ヴィッキーのことだかマイカから強盗が増えていると聞いてこっそり見回りをしていたのだろう。
「その時間帯に通った車全部調べないといけないから時間かかるよ」
頼斗は沢山のモニターと向き合って作業を始めた。ザイオニア社のセキュリティー部門のシェアは日本一だった。防犯カメラは街中に取り付けられており、警察のシステムもザイオニア社のものが使われている。首都圏を中心にセキュリティは強化されており、個人の動向を特定することは容易い。一方国家が個人を監視することには反対があることから、あくまで民間企業や個人がそれぞれ防犯カメラを取り付けている。しかし、それらはネットに繋がっているためにハッキングしてしまえば全体像が見渡せることになるのだ。頼斗たちにそんなことが可能な環境が整備されているのは他でもなく百合の安全のためだった。
頼斗が作業をしている間に、おいちゃんが新しいおもちゃの試作品を得意げに披露していた。一見普通のブーツに見えるがスイッチを押すとローラースケートになる重過ぎる靴とか、ホバーボードもどきとか、板でできた透明マントもどきとか実用性が低いものも多かったが、透明マントの技術を応用したステルスドローンなどは軍事技術レベルだった。
そんなこんなしているうちに頼斗の作業が終わったようだった。
「恐らくレッドバルーンを詰んだと思われる車はたぶんこのナンバープレートがない車じゃないかな」
と、頼斗が画面を見せたので3人が覗き込んだ。
「それでその車はどこに行ったの?」
と、百合が聞く。
「倉庫街に入ってそのあと出てきたのはナンバーが付いた車だった。そして同じところから黒塗りのワンボックスカーが出てきてる」
「受け渡しか」と、ヴィッキー。
黙って頷く頼斗。
「そして、その黒塗りの車が向かったのは、城東組の事務所がある辺りだ」
「ビンゴ!」
と、ヴィッキー。
「最初の逃走用の車はどこへ?」
と、百合。
「十一区だね」
「こっちもビンゴね!」
と、百合。
「あとはマイカが区長と城東組の繋がりをどれだけ掴めるかかな」
「もしもし?マイカ?」
ヴィッキーがその場で電話をかける。
『なんだい?もしかしてもう何か掴めたのかい?』
「金庫を持って行ったのはやっぱり城東組みたいだよ」
『本当かい!?実はこっちも組対に問い合わせたら三國区長と城東組が接触してるところまでは知ってたよ』
「どこまで?」
『残念ながらどういう繋がりかは掴んでなかった。ただ、調べたところ区長の弟が設計事務所をやっていて、妻の実家は大手ゼネコンの取締役だ』
どうだ、怪しいだろ?という言い方でマイカは得意げに話した。
「なるほどそういうわけね」
とヴィッキーもニヤリと笑う。
「金の流れは捜査でわかる。問題はこうしてる間にもいつ吹っ飛ばされるかわからないということだ」
「十一区の武装勢力の拠点はわかってる?」
「いくつかはわかってて、既に人を向かわせてるよ」
仕掛けられる前にレッドバルーンさえ見つけて仕舞えばあとはどうにでもなる。
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