第15話 ラストデン
マイカ達の潜入捜査が行われたのは次の週、金曜日だった。
権田原はマイカの単独行動に渋い顔をしたが、日本人に見えないマイカは外国人マフィアの溜まり場への潜入向きだった。
金曜の夕方にマイカは西園寺邸へ向かった。
一番良いスーツを着た。
門番がニコニコしている。
「マイカさんこんばんは、どうぞ中へ」
百合ともヴィッキーが迎える。
少し気取った顔をしたマイカが百合にはユリの花、そしてヴィッキーにはグラジオラスを渡す。普通なら少し恥ずかしいようなこともマイカがやると様になる。
「まあ!ありがとうございます!」
百合の顔がパッと明るくなる。
「グラジオラスか…今日にぴったりだ」
と、ヴィッキーがニヤリとする。
「ヴィッキー…今日はいつもと違うね…なんていうか、とってもゴージャスだ」
マイカはヴィッキーを見て照れ笑いをした。ヴィッキーはいつものヘアスタイルではなく、エクステンションで赤い髪を髪を長く見せて海外のセレブのように大きく巻いている。身体のラインに沿った形の背中が大きく開いたドレスを着てとってもセクシーだった。
それに、いつもみたいに顔にピアスをしておらず、メイクも華やかで、マイカは髪色に馴染んだ暗めの赤のマットなリップに目が行ってしまった。
褒められてもツンとしているヴィッキー。
どうだ、とでも言いたげな得意げな顔をしている百合。
「マイカは…」眉を上下に上げて上から下までヴィッキーが品定めするようにマイカを見た。
「失格」とヴィッキー。
「そんなふうに言わないの、ヴィッキー、とっても素敵じゃない!」
しょぼんと耳を垂れた大型犬のようになってしまったマイカを慌てて百合がフォローする。
「だってこれじゃどう見てもただの良いとこのお坊ちゃんだ」と、ヴィッキー。
「君がゴージャスすぎて俺は釣り合わないかもしれないけど、これが精一杯なんだよ」
と、首の辺りを触りながら困ったように笑って言うマイカ。
確かに日本ではあまり見ない少し派手目のスーツで普通なら女性が振り返って見るような
オーラがある。
「確かに、あんまり悪そうじゃないわね」
と、百合。そしてバトラーに合図をする。
「苽生様、こちらへどうぞ」
と、先日のバトラーに案内されたと思うと、あっという間に着替えさせられた。なぜか測ったようにぴったりだ。なるほど、この前泊まった時からこの計画は始まっていたのか…と、思った。
されるがままにされる苽生。
小物も揃えられていた。ティアドロップのサングラス、高そうな時計。靴は…合格だったみたいだ。シルバーの髪はオールバック。
マイカは光沢のあるダークスーツのジャケットを羽織り、振り返る。
「どう?ヴィッキー?」
と、百合が得意げな顔でヴィッキーを見る。
「まあまあだな、合格」
と、ヴィッキー。相変わらずツンとしている。マイカが歯を見せて笑った。
「それでは参りましょう、レディ」
と、気取って口角を上げて見せるマイカ。
腕を差し出す。
「きゃーーー」
と、歓声を上げる百合。
ヴィッキーはツンとしながらもマイカにエスコートされて用意された黒塗りの高級車に乗り込む。
「ヴィッキー、本当に綺麗だよ、そのドレスもとっても似合ってる。もともと綺麗だとは思ってたけど、仕事なのを忘れてしまいそうだよ」
と、マイカはずっとヴィッキーを見ながら褒めている。
「ここぞとばかりに口説くなよ」
と、窓の外に眼をやりながら気だるげに呟くヴィッキー。
「バレた?」と、マイカ。
横顔もとても綺麗だ。マイカは気づくと手が伸びていた。左耳にかかった髪を耳にかけた。ちらりとマイカを見るヴィッキー。
あ、つい…やってしまったと思うマイカ。
「ピアスはどうしたの?」
耳のピアスはしていたが顔のボディピアスは跡形もない。
「取ったよ」
「穴がない」
「昨日から取ってたからね」
そっか、傷が治るってことは塞がっちゃうのか。
「また、開けるの?」と眉を顰める。
「いつものことだから慣れてるよ」
「痛いじゃないか」
と、ヴィッキーの口元を指でなぞった。
その時…
ウィーーーーーン…
前の座席との間に何か仕切りが降りてきた。
「百合〜!!下ろさなくていいから!!」
と、ヴィッキーが怒ると、助手席に乗っていた百合がニンマリして振り返った。
マイカがサッと身を引いて、何事もなかったかのように窓の外を見た。
「はぁ」と、ため息をつくヴィッキー。
ラストデンは三区の目立たない場所にあった。看板さえ出ていないが、入り口に怖そうな用心棒が立っているのを見ると間違いがないだろう。
「えっと、これは暗視機能付き小型カメラ」
と、ヴィッキーに百合から渡されたのはネックレス型のカメラだった。
「あと、マイカさんのサングラスはカメラ付きよ。2回連続で瞬きをすると写真が撮れて、3回瞬きで動画、また3回で停止するわ。取ったものは順次こっちで確認するわ」
と、ラップトップをポンポンと叩く百合。
「そんなものどこで手に入れたの?」
仰天するマイカ。
「おいちゃんが遊びで作ったんだよ」
と、ヴィッキー。
「おいちゃん…」
AI開発者はどうやら相当の変わり者みたいだ。
「お仲間は?」と、マイカに聞くヴィッキー。
「外で張り込みだ」と、マイカ。指定した人物を尾行することになっていた。そばに止まっているセダンは岡崎と先輩の警部補の柳だ。
「拳銃は?」と、ヴィッキー。
「一応持ってる」というかFBIが使っているみたいなのをシャツの上に付けさせられて収納できるようになっていてびっくりした。
「じゃあ行こうか」とヴィッキー、楽しそうだ。
「2人とも、くれぐれも気をつけて」
と、百合。
「ありがとう百合ちゃん」
と、マイカ。
マイカとヴィッキーが黒塗りの高級車から降りると、岡崎が眼を疑った。
「おいおい誰だよ〜!なんだよ〜あの美女!」と、岡崎。
「ハリウッドかよ」と柳。しかもでかいな。
ヴィッキーはハイヒールだが、それでもまだマイカの身長に及ばない。
「いいか、今日マイカはコートジボワールが活動拠点のフレンチマフィアのボスだ。堂々としてるんだよ」と、ヴィッキーが耳元で囁く。
ボディーチェックをするガードマン、当然拳銃が見つかる。やばいかな、と思ったマイカだったが、言われた通り堂々と構えていたら、ヴィッキーが妖艶な笑みを浮かべて屈強な男に近付くと金を握らせた。
その一連が通過儀礼かのように、スムーズに中に通された。
さっき門前払いを食らった岡崎達はその様子を少し悔しそうに見ていた。
「中の奴らもみんな持ってるってことよ」
と、ヴィッキー。
やっぱりそうなのかと思うマイカ。
クラブの中は暗く、あまり互いの顔が判別できない。音楽もそれほど大きい音ではなく、しっとりとしたR&Bで、露出度の高いポールダンサー達が中央でクルクル回っていた。
「何語で喋ればいい?」と、マイカ。
「2人の時は日本語で、他の人に聞かせる時はフランス語で」と、ヴィッキー。
全体が見渡せそうな席に座る。
彼らからは暗くてヴィッキー達の顔は見えないだろうが、夜目が効く2人にはよく見渡せた。
「アジア人は居ないな」とマイカ。
「そうだね、あとカタギもいなそうだ」
いかにも悪そうなやつばかりだった。
「英語、イタリア語、スペイン語が聞こえる、あとは何語だろう」
「ウルドゥー語、ロシア語だね」
「位置もわかる?」
「うん、マイカは?」
「わかるよ」
「まだ時間も早いから、待ってみよう。そんなに都合よく現れるかはわからないけれど」
「ところで、ちょっと近くない?」
と、マイカ。ヴィッキーはマイカに腕を絡ませて親密な恋人同士のようにピッタリとくっ付いていた。ちょっとドギマギしてしまう。
「ストリッパーのお姉ちゃん達に目の前で脱いで欲しいなら離れるよ」
とヴィッキー。
「それはちょっと勘弁してほしいからそのままでいて」
と、マイカ。確かに男性だけの客のところには女性が行っている。
マイカはヴィッキーの両手が自由になるように彼女に腕を回して引き寄せた。その時うっかり匂いを嗅いでしまい、後悔する。当たり前だけどやっぱり女性の香りがした。ヴィッキーは香水を付けない。ユリの花の香りもうっすらするけれど、良い香りがした。
「嗅ぐなよ」とヴィッキー。
「な、なんでわかるんだよ」
と、マイカが焦る。
「冗談だったのに」と、ヴィッキー。
マイカは香水を付けていた。マイカの見た目と体格じゃなかったら浮いてしまうような香りだったけどマイカにはよく合っていた。
「からかわないでくれよ」
と、カクテルを飲んで喉を潤す。
「全員マフィアってわけでも無さそうだね」
と、ヴィッキー。
「やっぱりそうか、ただの金持ちの悪いやつもいるね」
「ヤクザはまだ頑張ってるのかな、大っぴらに日本でビジネスをしようとしてる奴は少ないかも」
「ああ、中華マフィアの話は聞くけど、若いギャングは別として組織として入ってきてる話はあんまり聞かないよ」
難民や移民の子どもたちが今後大きくなって行ったらわからないが。
「ところでヴィッキー、よくそんなに寛げるね」
ヴィッキーは完全にマイカに寄りかかって寛いでいた。しっかり支えてくれる体格な上、暖かいし気持ちが良かったのだ。
マイカはヴィッキーが友達の家のソファで映画でも見ているみたいに寛いでいる気がした。
「……お客がきたよ」
と、ヴィッキー。
中東風の顔立ちの男は、ヴィッキー達からそれほど離れていない薄暗い角の席に1人で座っていた男の元に向かった。座っている男は白人のようだが顔の作りは中東寄りだ。
「ペルシャ語だ」と、ヴィッキー。
『アレはもう売れないぞ』
『金はある』
『いくら金があったって絶対量が限られてるんだ、この前ので相当な量だ』
『奪われたものが見つかってない、あっち側に渡ってたら…』
『警察は?』
『店主の妻が対応したみたいだが、見つかってない』
『取り戻すのが最優先だ』
『ああ、今必死で探してる』
『こっちもできることはする』
そこまで話すと、後から来た男は店を出た。
「ありがとう」と、こっそり通訳をしてくれたヴィッキーにマイカが礼を言った。
「レッドバルーンだと思う?」
と、マイカ。
「さあね、ちょっと挑発してみる?」
と、ヴィッキー、手には赤い風船を持っていた。
マイカはスタッフを呼ぶと角の男にカクテルを出すように頼んだ。
男は頼んでいないカクテルが出されて、訝しむような顔をした。しかし、それに添えられた物を見て顔色が変わった。急に立ち上がると辺りを見渡した。そこで、やたらと整った顔の大きな男の腕の中で赤い風船を膨らましている赤髪の女を見つけた。
緊張した面持ちでそちらを見ると、向こうも見つめ返してきた。
男はそちらに向かって歩く。
「どういうつもりだ」男は2人に銃を向けた。
男女はゆったりとソファに座ったまま顔色一つ変えずに男を見ている。
女が耳元で男に何か囁くと、男はフランス語で何か言った。
『そんなに警戒せず、どうぞ座ってください』ヴィッキーがアルバニア語で通訳した。
男は女がアルバニア語を話したことに驚いた。
『アルバニア語がわかるのか』
と、ヴィッキーに聞く男。
『前に少しだけ勉強したことがあるけれどそんなに流暢には話せないわ』
『なぜアルバニア人だとわかった』
男は訝しんだ。
マイカはフランス語で何か言った。
『ボスはアルバニアンマフィアとビジネスの話をしたいの』
男の質問に答えずにヴィッキーはペルシャ語で続けた。アルバニア語は付け焼き刃だった。込み入った話には自信がない。
『何者だ』
男はペルシャ語で返した。ヴィッキーがマイカに通訳した。
『コートジボワールでビジネスをしている、ダイヤから武器まで手広くやってる』
ヴィッキーがマイカの言葉を通訳した。
『フレンチマフィアか』
マイカは何も答えずに眉を上げ、片方の口角だけ上げる。
それを男は肯定と取った。マイカを隅々まで観察する男。若いのにボスと呼ばれていた、まさかあの悪名高いファミリーの血縁か。
マイカは2度瞬きをした。するとスマホに百合から画像の送信があった。
マイカは3回瞬きをした。
『これはどういうことだ?』
と男は赤い風船をつまみ上げた。
『レッドバルーン』
と、マイカが言った。
『どこで聞いた』
『噂だよ、君たちが扱っていると』
『強盗はお前らか』
『強盗?』
男は2人の顔をしばらく見つめていたが、
『いや、なんでもない』と、言った。
『言っておくが、俺は採掘場所は知らないからな、ただ売買の仲介が仕事だ』
『横取りしようなんて思ってないさ、ただ買いたいと思っただけだ』
『あれがなんだかわかってるのか』
『もちろん指輪にしようなんて思ってない』
『戦争でも始める気か』
『それはこっちが聞きたい、こんな島国で売って使い道なんてないだろう』
男はニヤリとするだけで答えなかった。
『興味本位で触るもんじゃない』
そういうと男は席を立ち店を出た。
マイカは3回瞬きをした。
そして、岡崎に百合から送られてきた写真を送ると尾行させた。
「捜査員を尾行させた。レッドバルーン、一体何に使うつもりなんだ」
あの男の態度からしてレッドバルーンは冗談じゃなさそうだ。
「本当に盗まれたものがレッドバルーンなら早く在処を探し出さないとまずい」
と、ヴィッキー。
「ああ、何がなんでも突き止める」
マイカは刑事の顔をしていた。
「情報、期待してるよ。こっちも何かあったら伝えるよ」
「素直にはいわかりましたとは言いにくいけど、正直助かるよ」
情報漏洩になってしまうけれど、今回のことにしても、この暗闇での鮮明な顔写真、動画にしても、彼女達の協力なしには無理だった。
ヴィッキーが店を出ようと立ち上がった。
マイカは今までヴィッキーが寄りかかっていた自分の身体が急に冷えたように感じた。
マイカも店を出た。
車に向かうまで、何度もマイカのスマートフォンが振動していた。
車に乗り込むと、百合がニンマリとしてマイカを見た。
マイカは黙ってサムズアップした。マイカのスマートフォンにはヴィッキーの写真がたくさん届いていた。
西園寺邸に戻る間、マイカに岡崎から電話があった。マイカは2人に断りをいれて電話に出た。
「苽生!!!誰なんだよあの美女は!!!」
「落ち着けって、それより男の尾行は?」
「五区のマンションに入った、たぶん自宅だろう」
「名前はわかったか?」
「今照会してもらってるところだ、アルバニアンマフィアの可能性は高いか?」
「その可能性が高いと思っている。二区の強盗で殺害された店主に爆発物を売って、盗まれた金庫の中にはそれが入っていた可能性がある」
「レッドバルーンてのがそれなのか」
「そうだ」
「そんな情報どこで仕入れたんだよ、外事の奴らに聞いても聞いたこともないって言ってたぞ」
「偶然友達から聞いたんだよ」
「どんな友達だよ」
「また追加情報があったら教えてくれ!」
そう言ってマイカは逃げるように電話を切った。
「これ、ズーム機能も付けてもらいたいな」
と、ヴィッキーがペンダントを触った。
たしかに、後から来た男の顔は撮れたには撮れたが少し小さかった。
「後から来た男の方には職質かけてもらった。名前はウスマ・ラーマニ 56才、九区で、ハラル食品などの卸売業をしてるらしい」
「盗んだのは十一区の勢力かしら」
と、百合。十一区と九区に住む移民や難民たちの間で、民族や宗派を巡っての暴動が頻発していた。
「うん、その可能性はあると思ってる」
「十一区ね…」
と、ヴィッキー。
「危険なことはしないでくれよ」
と、マイカ。しかし今更止めはしなかった。
しかし、事件が起きたのはそれから間も無くだった。
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