第8話 プレートとサムズアップ
気を取り直して、テーブルに置かれたプレートを見る。
シンプルなパウンド型のケーキで、中央に栗の実が丸ごと入っている。
砕いた胡桃がかけられ、秋を感じられる、香りの良いマロンケーキだ。
「時期になると、栗はもう少し甘味が強くなる見込みだよ」
「ブレンドコーヒーセットと単品、どちらも考えているから、コーヒーとの相性と単品での感想、どちらも教えてほしいな」
「あくまで参考程度に、というものだから、気軽に答えてくれると嬉しいよ」
陣内に促され、なおやはさっそく、一口分フォークでわけ、口にはこんだ。
キメが細かくしっとりとした生地と、香る栗の風味。
砂糖が多めに使われているのか、全体的に甘味な出来になってはいるが、ころころとした細かい栗の実が主張して、大人でも丁度よい、落ち着いた味わいになっている。
試しにアイスコーヒーを飲むと、コクの深い苦味が際立って普段より美味しく感じられた。
胡桃もいい感じのアクセントになっていて、コーヒーと合わせるスイーツとしては、申し分ない。
「どうかな?」
「コーヒーと食べるならマジで美味い」
首を傾け伺う陣内に、なおやはそう言い、親指を立てた。
ひなたも、なおやのそれを真似る。
そういった形で試食会が進んでいった。
なおやが感想を言い、ひなたが共感を示す。
ひなたが言葉を発することは、ほとんどなかった。
今日食べたケーキは、マロンケーキを合わせて3個。
他は、南瓜のバスクチーズケーキと秋のフルーツタルトだ。
焦げ茶の焼き色と温かみある山吹色の肌が綺麗な、南瓜のバスクチーズケーキは、濃厚なため、かなり重い印象で、サイズの調整のみ改善点が挙がった。
しかし、口に含んだ瞬間にとろける滑らかな舌触りと、濃い南瓜の風味が広がった一口目は、意識していないと、ついつい口角が引き上げられてしまうほど幸せな味で、思い返すだけでまた食べたいと感じる。
秋のフルーツタルトは、林檎、葡萄、マスカットが綺麗に並べられ、ナパージュでコーティングされた一般的なものだった。
タルト生地がアーモンド風味で、一度は食べたことのある、安心できる味だ。
なおやは、穏やかな表情の、顎に手をあて思案をめぐらす陣内を横目に、水の入ったグラスを手にした。
この店の客は陣内と同年代の人かそれ以上か、小さい子を連れている人も多い。
その中でも、薬との兼ね合いでコーヒーが飲めない人や、そもそも、苦味が苦手な人も少なくはない。
それ故、ケーキと一緒にコーヒーを頼まない客も案外いるのだ。
新しいメニューに取り掛かる時はいつも、コーヒーに合わせてと、それ以外を吟味する。
必然的に試食量も増えるのだが、陣内は、食が細い中時間をかけ、一切の妥協をしない。
自分の舌に自信があるという訳では無いが、長い付き合いだ。なおやは、多少力になることは、できるはずだと思っていた。
これまでの彼の苦労を知っているからこそ、今回は頼ってもらえて嬉しいと密かに思う。
「よしっ」
両手を合わせた陣内がこちらに向いた。
「長い時間、ありがとう」
「い、いえっ、とても美味しくて、楽しい時間でした」
ひなたは、慌てながらもペコペコと頭を下げる。
小動物のような様子に可愛げを感じながらも、先程の血の気のひいた顔がよぎった。
「なおやくんも、ありがとう」
「俺も、大したことはしてねぇし」
「またいつでも、手伝えることがあったら声かけてくれ」
「とても頼もしいよ」
陣内がそう言い、昔と変わらない微笑みを向ける。
店を後にする際、陣内は次の試食会について、話していた。
もう少し秋が深まると、いつも仕入れているマスカットを使ったスイーツを作るらしい。
フードメニューも、季節に合わせた新作を作りたいと、楽しそうに話していた。
この穏やかで心地よい関わりがいつまでも続けばなんて、感傷に浸ってしまうほど。
寂しげな気配を孕んだ秋の風が、一片の違和感だけを残し、帰路を1人歩くなおやの横を通り過ぎていった。
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