第7話 くじら座とデジャブ

 「明星瞬あけほししゅんの……」


 丁寧な手つきでブックカバーを外す。

 真っ白な1面に、龍の頭と山羊座の尾をもつ怪物が、青のペンキを叩きつけるように描かれていた。


 付けたままの白い帯には、「注目新人作家 明星瞬新作!遠距離恋愛小説」と、青い文字で記されている。


 ひなたは顔の前に本を掲げた。


 「『くじら座』という小説です」


 「明星瞬の『くじら座』……」


 なおやはオオム返しで頷く。

 知らない小説だが、明星瞬の名前はどこか聞き覚えがある。


 「もしかして、明星瞬って、うみへびのナンタラって推理小説書いた人か?それなら読んだことある」


 なおやが聞くと、ひなたの表情がかつて無いほど明るくなった。


 「はい!『うみへびの背に乗って』です」


 本を大事そうに、抱きしめる。


 「明星瞬さんは推理小説の新人賞を受賞してデビューした作家さんなんですが」

 「三作目ではファンタジー、今作では恋愛モノと、どんなジャンルでもヒット作を書き上げる、期待の新人作家さんで」


 ひなたは、ハキハキと続けた。


 「なおやさんが読まれた『うみへびの背に乗って』は2作目の推理小説で、春の夜空に見られる、カラス座を。自分が今読んでいる『くじら座』は、秋に見られる、くじら座をモチーフにした小説で」

 「ジャンルが分かれていても、どの作品も星座をモチーフにしているという一貫性があり」

 「読者の間では、次の星座予想が行われたり、一部描写から世界線が一緒ではと考察が盛り上がったり、話題が尽きないんです」


 好きなことに関しては饒舌になるらしい。

 ひなたは前屈みになり、椅子にもかなり浅く座っていた。

 口角が上がる事は無いのだが、目には輝きが感じられる。


 なおやは、ひなたが楽しそうに話す事を、ただ真摯に聞き、相槌を打つ。


 満足いくまで話せたのか、5分程経った頃、ひなたは椅子に座り直し、ほうと息を吐いた。


 途端、はっと声を出すと何かを呟く。


 「どうした?」


 「い、いえ……」


 否定はするが、血の気が引いているように見える。


 「ひなた?」


 はい。と言う声にも、先程までの元気は消え失せている。


 大丈夫かと声をかけようとするが、そこで、シャツが捲り上げられた腕によって、視界が遮られた。


 ケーキを持ってきた陣内だ。


 「待たせたね」


 そう言い、水の入ったグラスを置くと、様子のおかしいひなたに首をかしげた。


 「どうかしたのかい?」


 「い、いえっ。大丈夫です」


 「そうかい?無理はしないでおくれ」


 陣内にそう言われ、ひなたは頷く。


 顔色がマシになった気はするが、本当に大丈夫だろか。心配だが、陣内が運んできたケーキの説明を始めたので、聞くことが出来なくなってしまった。


 詮索も良くない気がする。何といっても、顔を合わせるのは、今回でたったの三回目だ。


 しかし、ひなたの様子には、やはり違和感がある。既視感と言った方が良いのか。

 普段の様子とは比べ物にならない程、楽しそうに話していたのに、突然萎縮し、それをひた隠しに、平気そうに振舞う。慣れていない様子の作り笑いまで浮かべて。


 思い返せば、ひなたの雰囲気にも、どこかデジャブのような感覚がある。無口という言葉では説明できないような、自身をまるで空気だとでもいうように、意思も、主張も、呼吸音もない。


 「なおやくん?」


 そこでなおやの思考は遮られた。不思議そうな顔で陣内が、なおやの顔を覗き込んだ。


 「わ、わるい。考え事してた」


 ひなたに対して考える事はあるが、今日ここに来たのは、陣内の手伝いをするためだ。

 どうせ、今考えても納得のいく答えが出るとは思えない。


 なおやは、長く瞬きをした。

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