第6話 感謝と残暑
「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃーい」
友人に見送られ、なおやはアパートを出た。
ケーキの試食会は当然、陣内のカフェで行う。
アパートから近いとはいえ、やはり、まだ暑さが残る中を歩くのは気分が悪い。
あと1週間程で9月も終わるが、気温が下がり始めるのは来週かららしい。
今はワイドジーンズに、やや大きめ、シンプルなTシャツを合わせた、ラフな装いだが、来週以降は上着を羽織っても良いかもしれない。
思い返すと、ひなたは出会った時から、全く肌を露出していなかった。
それも、紫外線を防ぐ為の薄い生地のものなどではなく、晩秋の肌寒さにも通用するような、しっかりとした生地のパーカーを着用している。
あまり暑そうにしている様子もなかったので、極度の寒がりなのだろうか。
それなら、カフェはかなり涼しく空調が設定されているから、ひざ掛けでも用意すると良いかもしれない。
考えを巡らせている間に、カフェに着いた。
カランと音を立て、ドアが開く。
カフェに足を踏み入れ、常連のお爺さんと目が合ったので会釈する。
他にも数人、まばらに客が座っているが、一番奥の、正方形のテーブルを挟んで1人用ソファ2つが置かれている席に、ひなたの姿を見つけた。
向かいに座るが、本を読んでいるひなたは、なおやに気付く様子がない。
今日は、カーキー色の薄手のジャケットを着ていた。大きめのサイズなのか、綺麗に整えられた爪が、袖から少しだけ覗いている。
読んでいる本は、ジャケットと同色のブックカバーが付けられていて、栞が複数枚挟んであるのか、何色ものリボンが見えた。
ひなたが読んでいる本はジャンルの見当すらつかないが、なおやも、小説はかなり読む方だ。本の置き場所が無いので基本電子書籍だが、たまには紙の本も良いかもしれない。
帰りに本屋にでも寄ろうかと考えているところで、透明なグラスに注がれた、アイスコーヒーを両手に陣内がやってきた。
「待たせたね」
今日は、キャノチエ。カンカン帽の愛称で知られている麦わらの帽子を被っている。
元々は水兵やボート漕ぎのために作られた帽子だと言われているが、そこを意識してか、陣内は、舵輪のようなデザインのタイピンを着けていた。
顔を上げたひなたが、なおやを見てビクリとする。なおやが向かいの席に座っている事に、今気付いたようだ。
「ケーキを持ってくるから、アイスコーヒーを飲んで待っていてくれ」
陣内がそう言いカウンターに戻ると、ひなたが何かを言いたげになおやを見る。
「ん?どうかしたか?」
「この前はありがとうございました」
目の前で、勢いよく頭を下げられ驚く。
『この前』とは、雨の日の事だろうが、その礼は先日に菓子と共に貰っている。
なおやは戸惑いを隠せず、手を首後ろに回した。
彼の、よくやる仕草だ。
「この前、菓子の詰め合わせ貰ったし」
「陣さんの店に連れてきただけで、大した事はしてないから」
なおやがそう言うも、ひなたは納得がいっていないようだった。
しかし、このまま感謝を続けられても、正直居心地が悪い。
なんとか話題を逸らせないかと、暑さによる鈍化が落ち着いて、ようやく回るようになってきた頭をフル回転させ考える。
「⋯⋯本」
自信の無さげな声がなおやから発せられる。
なんとか絞り出した案が、ひなたの膝上に置かれた本だった。
「なんの本、読んでたんだ?」
一般的な文庫本と近いサイズからして、やはり小説だろうか。
本について聞かれる事が余程予想外だったようで、ひなたは目を丸くして、なおやの顔と、膝元の本を何度も見比べた。
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