第2話 邂逅と雨

 不思議な子供に出会ってから数日後。

 曽我なおやは、帰途にあった。


 右耳のワイヤレスイヤホンからは、好きなアーティストの曲が流れている。青春のような声を持つ彼の、軌跡をたどるような歌詞に、初めて聴いた時は涙を流した。


 目つきが悪く、口数が少ないせいか、なおやはよく、冷めた人というイメージを持たれがちだった。

 しかし、当の本人は、表情には出にくいが感受性が高く、音楽や小説の類が好きだ。


 変わらずの苦しく暑い空気に、今日はときどき、心地よい風が吹く。

 今朝確認した気象情報では、夜、ここから一気に気温が下がり、雨が降るらしい。

 二、三時間ではあるが大雨が予想されていた。


 鼠色の雲を見上げたなおやは嫌な予感がし、足を速め、最寄りのコンビニへ向かう。


 「まだ昼間だぞ……」


 予感は的中し、正午になった今、買ったビニール傘を片手に自動ドアをくぐったなおやの目の前では、雨がシャワーのように降り注いでいた。


 外に干してきた衣類の安否を浮かべ、ため息をつく。


 幸いにも風はそう強くなく、傘をさせば濡れることはまずない。雨の日にぴったりなプレイリストを再生し、なおやは帰り道へ戻った。


『現実に悲しみその夢に火をつけるなら』

『虚構の雨を降らせるからさ』


 雨音に負けない、芯の通った高い金糸雀の歌声が、なおやの耳元で美しい雨を歌う。



 ふと左手を向くと、公園のベンチに、雨に打たれる黒い人影を捉えた。


 小さな公園だが、この時間は普段、親子や小学生である程度賑わっている。


 しかし、今は雨で人気ひとけが引いていた。

 その中で、ただ脱力的にベンチに座り動かない人影が、余計に異質で、なおやは目を離せない。


 影の耳元で何かが光った。


 濡れる事を厭わず、ただ雨を受け続ける小さな身体に、言い表せない感情が芽生える。

 気づかないうちにベンチまで歩いていた。


 「……?」


 背後から傘を差し出すと、頭をガクッと後ろに倒し、張り付いた前髪の隙間から、黒い瞳が覗く。


 「やっぱお前、この前の子供か」


 人影の正体は、先日保険証を届けてくれた子供だった。

 当の本人は、突然の再会によっぽど驚いたのか、双眸を大きく開き、動かない。


 一向に動こうとしない姿に見かねたなおやは、まず、子供の後頭部をトンッっと押して、前を向かせる。

 次に子供の前に移動して、無機質に垂れた腕を掴んだ。


 黒い双眸は未だ、大きく見開かれたまま。


「とりあえず、雨防げるとこ」


 分厚いパーカーの上からでもわかる、冷えた細い腕を、グイッと引き、立たせる。


 「行くぞ」

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