03
「矢後君……?」
「諏訪か」
ここはスーパーとお家の間にある中途半端な場所だった。
まあ、気になったのはそこからではなく、何故か道の端っこに座っていたことだ。
「よいしょっと」
「片頬が赤いよ?」
「友達と殴り合いの喧嘩をしてな、あいつは手加減とかしないからこんなことになるんだよ」
「冷やさないと」
その中途半端なところに公園もあってよかったと思う。
「悪いな」
「ううん」
こういうときに素直に言うことを聞かなさそうなのに彼のこういうところは面白い。
「それより夜に一人で出歩くなよ――じゃなくて、いま帰っている最中ってだけか」
「うん、教室でまったりしていたらこんな時間になっちゃったんだ」
あそこはなんらかの力が働いているのかもしれない、そうでもなければなにもないのに、なにもしていないのに二時間、三時間と時間をつぶせたりはしないだろうから。
だけど彼の言うように夜になると危険だから気を付けなければならないのは確かなことだった。
「あいつは? こっちに来てからは毎日のように付きまとっていただろ?」
「儀間さんは歩ちゃんが連れていっちゃったからね」
「そうか、なら家まで送る」
「ありがとう」
暗闇に悲鳴を上げてしまうなんてことはないけど得意ではないからありがたい。
でも、こちらが話しかけたばかりに余計に歩かせることになってしまったことは申し訳なかった。
「で、諏訪的にあいつはどうなんだ?」
「優しくて話しやすい人ではあるよ」
「異性が相手だからってわけじゃないんだろうな、俺のときも同じような感じだし」
ここではあいつとか言っているけど儀間さんの前ではもう警戒していないようなので少し素直になれていないだけだ。
上手くいけば男の子同士なのもあって親友になれるかもしれない、年上のそういう存在は大きいはずだ。
「でも、あいつはなんで俺達のところに来るんだ?」
「分からない」
「まあまだ一ヵ月も経過していないからな、これから知ることができればいいか」
お家まであと百メートルぐらいのところでお礼を言って別れようとしたのにできなかった。
「そういうところは諏訪の悪いところだな、妹尾みたいにどんどん利用するぐらいでいいんだよ」
「ははは……とにかくありがとね」
「おう、また明日な」
相手のことを考えて行動しているのにそれを悪い判定されたらどうしようもなくなるけどね。
とはいえ、彼はいまみたいなことに関しては一貫しているので特にダメージを受けることもなくすぐに切り替えられた。
お家の中にまで持ち込むと鋭い母に気づかれてしまうので避けられたのは本当にいいことだ。
「今日遅かったのはなんで?」
「教室でまったりしていたら気づけば真っ暗になっていたんだ」
どうなるのか。
「そういうところもう少し気を付けて」
「うん」
ほ、これだけで済んだ。
大好きな母のご飯を食べ、お風呂にも入ってからお部屋に戻ってきた。
課題は出ていないからベッドに寝転んだらそのまま寝てしまい、気が付いたら朝だった。
こんなことの繰り返しだなあなんて内で呟きつつ準備を済ませて学校へ。
「おはよう」
「おはようございます」
私達の教室がある階へと続く階段の踊り場に儀間さんは立っていた。
「日によって登校時間が違うのでここで待っているよりも後の休み時間にした方がいいと思います」
「いや、ここで待っていて正解だったよ」
まあ、それでも待ちたいなら自由だからこれ以上はいいか。
ただ、歩き出したら彼も付いてきてしまって謎だった。
「やっぱり朝から友達と話せた方がいいよね」
「もしかして私の勘違いということですか?」
「正直に言うとそうだね、妹尾さんや矢後君を待っていたわけじゃないんだよ」
すぐに違うと言わなかったのはもったいない。
「どこかいきたいところでもあるんですか?」
「そうだね、教室が大好きなのは分かっているけど二人きりがいいから空き教室とかかな」
「分かりました、それならいきましょう」
彼が誰かといたがるのは当たり前のこと、やることもないなら受け入れてあげた方がいい、たったそれだけで凄くいい顔になるから損どころか得だった。
「昨日、妹尾さんと別れて歩いていたら矢後君と遭遇したんだ」
「もしかしてそれって喧嘩の後ですか?」
「え、喧嘩をしちゃったの?」
「はい、お友達と喧嘩をしてしまったみたいで」
「そうだったのか、それならあのとき誘っておけばよかったかもしれないね」
でも、連絡先なんかも知っているだろうから結局は先か後かでしかないと思う。
「そういう少しの違いで分かりやすく変化していくから怖いよね」
「そうですね、人で言ったら出会わないまま終わる可能性もありますからね」
「あのとき公園にいってよかった」
今度は凄く柔らかい顔だ。
どうすれば自然とそういう風に出せるのか気になってついつい見つめてしまったのだった。
「おい諏訪、あい――先輩に言っただろ」
ははは、学校ではあいつと呼ばないところが面白い、ではないか。
少し怖い顔をしているので私のスキルでは躱せなさそうだから諦めるしかない。
「確認のためだったけど、うん、喧嘩したことはそうだね」
「そのせいでやたらと心配されるんだけど……」
「はは、儀間さんは優しいね」
「優しいのはいいけど野郎なのに過度に心配されるのはな、あと周囲の女子からにやにやされるのが嫌なんだよ」
ということは教室でやってしまっているのか、私のときはやたらと教室であることを気にするのに彼の場合なら関係ないみたいだ。
「なにが一番嫌かってあの教室には喧嘩した友達もいることなんだよな、その気はなくてもなんとか味方になってもらうとしているみたいだろ?」
「でも、お友達なら心配するよ、あの日の私だってそうだったんだから」
明らかに怪我をしている状態だと分かるなら知らない人でも大丈夫ですかと話しかけるかもしれない、時と場合によるというやつだ。
「俺らはともかく俺と先輩は違うだろ」
「はは、矢後君次第だよ」
「あーもうその顔はやめろ」
頭をがしがしと掻きつつ物凄く嫌そうな顔だった。
そこまでの顔になるということは私のそれは邪悪な感じだったのだろうか? 鏡なんかは持ってきていないから確かめようもないけど。
「どんな顔だった?」
「妹尾みたいにからかう感じじゃなくて……つかなんの時間だよ」
今度は凄く困ったような顔、彼は面白いところも可愛いところもあった。
母性がすごい女の人がいたなら頭を抱きしめていたかもしれない、それで彼も「や、やめろよ」と言いつつも満更でもない感じを――妄想が捗ってしまった。
「さて、諏訪には責任を取ってもらうか」
「アイスとか?」
お友達同士ならそういうことをやるよね。
「いや、なにか食べにいこう」
「あんまり高いのは無理だよ?」
「奢ってもらうつもりはないよ、ただなにか食べにいければいい」
それなら責任を取ってもらうという発言はなんだったのだろうか。
そういうことにしておかないと私を誘えないということもないだろうし、謎だ。
「それなら歩ちゃん達も誘う?」
「誘おうと思ったんだけどもういなかったんだよな――で、先輩のところに自分からいきたくないから二人でもいいか?」
「うん、それならいこっか」
「おう」
細かいことはいいか。
彼の方から誘ってくれることなんて最近で言えば珍しいことだからやっぱりなしという風にはさせたくなかった。
「諏訪のことを考えるとファミレスとかになるな」
「矢後君のいきたいところでいいよ、お肉とかも好きだから大丈夫だよ」
「そうか? じゃあ――」
「ステーキを食べにいこう!」
はは、これも彼女らしい。
彼と彼女がいるときは儀間さんが来て、私が彼とだけいるときは彼女が来るのはこれはもう、ね。
「妹尾いたのかよ」
「いるよ、矢後君が泉に悪いことをしようとしているなら私はいつでも現れるよ!」
「違うよ、最近はしていなかったから飯を食べにいこうとしていただけだ」
「うんうん、そうやって言い訳をしたくなるものだよね」
もう彼女の中では彼が〇〇だと決まってしまっているからこのまま違うと言い続けても届くことはなさそうだ。
言い合いになっては困るから二人の腕を掴んで歩き出した、彼だってお肉が食べたそうなのでステーキが食べられるお店にした。
「美味しそうだね」
「ふぅ、そうじゃないと入った意味がないからな」
「泉って私達にとっていつでもお姉さんだよね」
お姉さんか、それならいいけど出しゃばっているだけだからなあ。
実際はこの二人、平和に解決させるのが上手だからいまのだって私が動く必要はなかった可能性がある。
「てい」
「……なんで俺は攻撃された? というか最近の俺は攻撃されすぎだろ……」
他のことも影響しているのか凄く縮んでしまったのでなんとか戻ってほしくて考えた結果が、
「よしよし」
これだ。
昔、私が大切な物を失くして泣いていたときに彼がこちらの頭を撫でつつ「見つけてやるから待ってろ」と言ってくれたのがきっかけだった。
「さっきといい俺は子ども扱いされているよな」
「あのときのお礼だよ」
「あのとき……? あ、まさか本を探したときの話か?」
「うん、本当にありがたかったから」
いや持ち出したのならちゃんと管理をしておけよ、という話でしかないんだけどね。
子どもの頃は特に計画もなく動いて、さっと変えたりするからちゃんと全体に意識がいかないことが多いとしてもだ。
「でも、諏訪はあのときにすぐに礼をしてくれたけどな」
「好きな食べ物を買って渡したよね」
「ああ、今日みたいに肉だったな」
あの頃はお小遣いもそんなに貰っていなくてそこそこ厳しかったけどお礼だけはちゃんとさせてもらった。
「ふふ、私はそれ知らないけど二人でこそこそしていたみたいですね?」
「いや最初は妹尾もいたぞ、だけど妹尾はさっさと帰っちゃったからな」
「え゛」
「ま、別に妹尾のせいってわけじゃないから気にするなよ」
うん、彼女のせいではないから気にする必要はない。
ただ、彼女は引っかかってしまったのか先程の彼みたいに縮まってしまったからよしよしとしておいた。
本当は彼がするのが一番だけど求めるわけにもいかないからやらせてもらった。
眠たくなってしまった彼女を彼が運んでくれている、いまはお家を目指しているところだ。
「もう夏休みになるな」
「矢後君はどうするの?」
「俺は……なにもないな」
「それならここにいる三人で何回か遊ぶのもいいね」
これがちゃっかりしているところもあるという証明だ。
二人は二人で集まるだろうけど数回だけでも、ううん、一回だけでもいいから私も加わりたかった。
「ふっ、そうだな、だけど意外だな」
「意外?」
「諏訪のことだから『儀間さんも誘ってあげようよ』とか言うと思ったのに」
はは、私の真似をしている部分はちゃんと声音を変えていて面白い。
あとそこまで儀間さんのことを考えて行動しているわけではないから勘違いしないでもらいたい。
「ああ、だけど外でだと矢後君が嫌がりそうだから会うとしても二人で会うよ」
「あの人は害のない人だって分かったから別にいいけどな、それに二人きりにすると諏訪のことだから抱きしめられたりしそうだし」
「私がするんじゃないんだ?」
「当たり前だろ? 諏訪がするとは思わないよ」
なんて、したりしないけど。
「それなら夏休み中、ずっと矢後君にいてもらおうかな」
「ずっとか、それはまた思い切ったな」
「はは、流石に冗談だけどね」
あ、あれ、物凄く真剣な顔で「分かった、だけど夜になったら帰るぞ」と言われて固まった。
普段、可愛く見えがちな彼だけどいまは――いや、これ以上はやめておこう。
「着いたな、妹尾を部屋まで運んでくるからちょっと待っててくれ」
「わひゃ――ごほんっ、分かった」
灼熱地獄というわけでもないから大量に発汗、なんてことにならないのはいい。
だけどいまは違う状態だから二人きりになるのは、
「待たせたな」
「は、早いね」
駄目だったのに。
「おう、諏訪を待たせているのにのんびりもしていられないだろ」
あ、これはやばい。
彼はこちらのことを考えてくれているだけなのにこんなことになるなんて。
「ごめん、そういえばお母さんから早く帰ってこいと言われていたのを忘れていたんだよっ」
「そうなのか? じゃあ早く帰った方がいいぞ」
「うんっ、今日もありがとう!」
心臓の鼓動がうるさいから少しだけ走ってすぐに歩きに変えた。
落ち着けと言い聞かせている内に本当に落ち着いてきて多分いつもの自分に戻れたと思う。
「ただいま!」
「泉にしてはハイテンションだね、なにかあったの?」
「うん、矢後君と少しね」
嘘に嘘を重ねると自分が苦しくなるだけなので今回は正直に吐いておいた。
「へえ――あ、お風呂はもう溜まっているから入って」
「ありがとう」
母もこういう態度だからこそいまみたいな対応をしてくれたはずだ。
もうね、身内が相手ならなんでもかんでも吐いておくぐらいがいいのかもしれない。
少なくとも今日みたいなことがあったときにちゃんと逃げられるこういう場所を確保しておかなければならないのだ。
「ふぅ」
でも、もう大丈夫だ。
明日になったら同じように挨拶をして一日を始めるだけだ。
その証拠に、
「矢後君おはよう」
「おう」
これだ、ごちゃごちゃ考えなければ私はいつものようにやれる。
「諏訪、今度似たようなことになったときに――」
「なにをすればいい!? あ……」
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!
「落ち着け、今度妹尾が寝てしまったときに諏訪も運べるようにしておけよ」
彼は腕を組みつつ「いつでもいられればいいけど無理なときもあるからな、それに引きずって帰るのはしたくないだろ?」と彼は言ってきたけど……正直それよりもダメージが大きくてね。
「ふぅ、そうだね、運べるようにしておくよ」
「おう、じゃあ今日も頑張ろうぜ」
そうだ、授業の方を頑張ろう。
あとは教室に張り付いてなんとかしたかった。
次の更新予定
2025年12月20日 05:00
192 Nora_ @rianora_
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