02
「やあ」
「あ、こんにちは」
お弁当も食べ終えてまったりしているときにこの前の人がやって来た。
私と歩ちゃんは同じクラスだけど矢後君は違うからこの人のことを知っているのか気になり始める。
「ここだとあれだからちょっと廊下でいい?」
「はい」
自分の椅子に張り付いている私ではあるものの、廊下が嫌いではないから付いていく。
そうしたら気づかない間に歩ちゃんに接近されていて横から急に抱きしめられて驚くことになった。
「まさかそこが繋がっているとはねーふふふ」
「この前、公園でゆっくりしていたらこの人が話しかけてきたんだ」
「あれ、自己紹介はまだしてないの?」
「うん」
上手くやっていけるかどうかなんて聞いていたけどあれは話しづらかったからではないだろうか、新しい環境で多少は不安だとしてもこの人なら飄々とした態度でいられる気がした。
「
「諏訪泉です」
「知ってる、妹尾さんから教えてもらったからね」
「本人に聞いてくださいよ」
「ははは、もっともだね」
いや、笑っている場合ではない。
裏でこそこそと情報が共有されているのは正直に言って怖いからなるべく避けたいところだ。
そもそも私なんかの情報を知ってどうしようというのか、そんなことをするぐらいなら彼女の情報を知ろうとした方が遥かに価値がある。
「お、そいつが例の人間か」
「そうだよー」
ここは男の子同士の戦いということで最初から歓迎はできなかったりもするのかな。
矢後君の方は少し不満そうな顔をしている気がする、それが見えている彼の方はあくまで余裕そうな感じだけど。
「んー背が高いな」
「結構言われるよ、でも、上には上がいるからね」
矢後君が百六十七センチだから彼は百七十中盤といったところだろうか?
まあ、細かいところは置いておいても私達からすれば二人とも大きいから気にする必要はない。
「やっぱり運動だけじゃなくて勉強もできたりするのか?」
「平均ぐらいだよ」
「平均、ねえ」
「ちょ、初対面なのにぐいぐいいきすぎだよ」
はは、彼女がそれを言うのは少しアレだけど今回に限って言えばあまり間違ってもいないから私は引き続き黙っておくだけだ。
第一、求められてもいないのに参加したところで冷たい顔しか見られないだろうからね。
「悪い、ただ後からになると聞きづらくなりそうだったからな」
「はは、なにか聞きたいことがあるならなんでも聞いてくれればいいよ」
なんでもとはまたすごいな。
誰だって聞かれたくないことや知られたくないことがあって避けそうなものなのに。
もちろん、苦労はしているだろうけどそれが格好いいや可愛い人達特有のことだとしたら――やめておこう。
「じゃあ最後に一つだけ、やっぱりモテるのか?」
「何回か告白をされたことはあるけどみんな全然一緒に過ごしたことがない子ばかりで断るしかなかったよ、流石にほとんど知らない子と付き合うことはできないからね」
何回か告白をされたことがあるのはここにいる彼女や矢後君も同じだ。
でも、この二人はある程度一緒に過ごした相手から告白をされたのに断ってしまったからまた彼とは違ってくる状態だった。
「分かった、ありがとな」
「どういたしまして」
まだぶつけ足りなかったのか矢後君に不満をぶつけている彼女も一緒に去り、ここには私と彼だけになった。
「諏訪さんはさ、あの二人がいつも側にいてくれて安心できるよね」
「はい。ただ、昔と違って三人で一緒にいる時間も減ってしまいました」
出会った頃は毎週のようにお休みに集まって遊んでいたけど中学生になって部活動で難しくなってからは……うん。
それにあの二人にはお友達が多いから私と同じようにやることはできない、私もまたそこに自然と加われるような能力やメンタルを有していないのでゼロとまではいかなくても終わりかけているところだった。
「相手をしてよって頼んでみたらいいんじゃない?」
「それだと自分のためにしかなりませんからね」
だからそうやってぶつかれる人間ならこうはなっていない。
「えっとさ、なんか休日と違って学校の諏訪さんは少し厳しいね」
「これで厳しいとはそれこそ厳しいですね」
相性がよくないのかもしれない、だったら離れるだけだ。
定位置に戻って次の時間の教科書なんかを出していると机の下から微妙そうな顔で彼が見てきた。
突っ伏していた状態でそれをやめたときにいまと同じ状態になったら間違いなく飛び上がるところだ、悲鳴だって上げるかもしれない。
「まずはクラスメイトの人達と仲良くするべきだと思います」
「えー僕だって全員と仲良くなりたい! なんてスタンスじゃないからさ」
「それこそ歩ちゃんでは駄目なんですか?」
「駄目じゃないけどほら、友達と楽しそうだからさ。その点、諏訪さんはこう言ったらなんだけど……フリーだから」
「もしかしてぼっちだからちょろいとか思われています?」
自分で言うのもなんだけど自意識過剰で片付けられてしまう話だよねこれ。
普通に相手をすればいいのに、それとも舞い上がってしまっているのだろうか……。
「違う違うっ、他の誰かのことを考えなくて楽だからだよ! なにをするにしても諏訪さんと僕次第ってことでしょ? 予定を合わせたりするのも楽だよね?」
「分かりました、それなら放課後に色々見にいきませんか? 儀間さんはまだここら辺のことをあんまり知りませんよね?」
よし、少しずつ普段通りの自分に戻していこう。
「お、いいの? それなら付き合ってよ」
「はい、それではまた」
「え」
それぐらいがいいのだ。
「元いたところとほとんど変わらなくてよかったよ」
「少しぐらい似ているところがないと落ち着けませんからね」
「そうそう、あとはこの公園だよね」
大小様々な公園が全国各地にあるから似ている可能性も高い。
ただ、私としてはお家から一番近いこの公園以外は疲れたとき以外には利用しないため、この公園だよと言われてもいまいちぴんとこないけど。
「ここは諏訪さんと出会った公園だからね」
「今更ですけどよく話しかけられましたよね」
目の前を歩いている人が落とし物をした、とかでもなければ話しかけることはできない。
出会ったばかりなのにすぐにお友達になることもできないし、一人の時間がただただ多くなるだけだ。
「話しかけたときは諏訪さんだって確証はまだなかったから少し不安だったけどね」
ああ、ならあのときの彼はギャンブルプレイに走っていたということか。
益々遠い世界の人みたいで一緒にいていいのかと考えることになる。
「逆なら多そうですけどね」
「ああ、あと子どもに好かれることが多くて向こうではよく一緒に遊んでいたかな。早くも思い出の場所だからあまり悪くも言いたくはないけど……ここは少し寂しいね」
「スマホとかゲームとか時間をつぶせる道具は沢山ありますからね」
昔はここで鬼ごっことかかくれんぼをしていたけどいまではもうただベンチに座るだけだ。
それにしたって長時間いるわけではないし、なくなっても悲しくなったりはしないと思う。
「スマホって確かに便利だけどそういうところを見ると少し寂しくなるよね」
「ははは、儀間さんはとにかく人といたいんですね」
「当たり前だよ、諏訪さんは違うの?」
「私も人といられた方がいいですけどなにもトラブルなく過ごせるならそういう時間がなくてもいいと考えています」
コントロールできるわけではないうえに勝手に期待をして勝手にがっかりしたくないから。
「それなら諏訪さんを変えたいよ」
「みんなといたがる儀間さんを見ていたら影響を受ける可能性もありますけどね」
「そういうところだよ!」
「ひゃっ」
逆にこういうところは歩ちゃんに似ているかもね、ではないっ。
急に大声を出されると冬でもないのにがちんこちんに体が固まってしまうから勘弁してほしかった。
「あー答え合わせはまだしないでいい?」
「私はまだなにも聞いていませんが……」
「うん、いまはこれぐらいで終わらせよう」
私に不思議ちゃんとかなんとか言っていたけど不思議なのは彼も同じだった。
「歩き回って喉が渇いたな――そうだ! 案内してもらえて助かったから僕が買ってあげるよ」
「それならお茶をお願いします」
外でお水やお茶を買うことは基本的にしない、それに買うとしても自動販売機は利用しない、それでも買ってくれるということなら甘えておこう。
私の経験上、こういうのは断れば断るほど大変なことになると分かっているのだ。
「あ、あれ?」
「はい?」
うーん、一度冷たいお茶が飲めるかも! という状態になってからやっぱりなしはダメージが残るけど……仕方がないよね。
「いやー諏訪さんなら『簡単に奢ったりするべきではありません』とか言って躱してきそうだったからさ」
「ああ、毎回毎回そうやって躱すわけではありませんよ。ふふ、実はちゃっかりしているところもあるんです」
「お」
なんかじっと見られて落ち着かなくなった。
まあでも、こうして本当のところを知ってもらえるのはいいことだと思う。
なにかいい方に勘違いをされていたら嫌だから、あとは本当のところを知ってもなお来てくれるということならありがたいからだ。
「ど、どうぞ」
「ありがとうございます」
喉が渇いていたこと、やっぱりなしかもしれないというところから貰えたこと、二つのことが重なっていままでで一番は大袈裟かもしれないけどそれぐらいには美味しく感じた。
「ふぅ、もうすぐ夏休みだね」
「元いた場所にいってみたりするんですか?」
遊びにいったりはしても市からも県からも離れる経験がほとんどないからどういう気持ちなのかは分からない、一つ分かっているのは彼みたいに引っ越すことになったとしても色々と言い訳をしつつ生きていくということだけだ。
「そうだね、最後の方はばたばたしていて落ち着いて話せなかったから友達とは話したいかな」
「一人でいくのもそれはまた楽しいかもしれませんね」
もっとも、一人で公共交通機関を利用してどこかへいくのは怖いから私は無理だけど。
「あ、諏訪さんもいく?」
「え、いきません」
「そ、即答……」
当たり前だ、誰かがいればどこにでも付いていくというわけではない。
距離感がおかしいところも歩ちゃんに似ていた。
「じゃあ今年の夏の目標はそれまでに諏訪さんと仲良くなって地元に連れていくことかな」
「仲良くなれていたら別の話ですからね。それより、なにかがあったから引っ越すことになったわけではなくてよかったです」
「いやまあ、確かに僕にとってはなにもなかったけど両親がちょっと、ね」
「すみません、ただ私は儀間さんしか知らないので儀間さんのことしか考えられませんでした」
結構〇〇だと決めつけて発言をしてしまう癖があって、だけどそのことでまだ大きなトラブルに繋がったことがなかったから油断していたのかもしれない。
それと本当に彼のことを考えてのことだけど彼からしたら言い訳にしか聞こえないだろうから印象は悪いかもしれない。
「謝らなくていいよ。あとね、簡単に言うと離婚したんだよ、最初の方から仲良し家族ってわけでもなかったからあんまり驚きもしなかったけどね」
「独立もできませんよね」
「そうだね、付いていくしかないね」
あくまで彼の表情は柔らかいままだ。
「でも、いまは母さんが楽しそうだからいいんだ」
「儀間さんが元気でいてくれるからだと思います」
「はは、そうだといいけどね」
母に会いたくなってきてしまった。
一応約束は守れたから挨拶をして帰ろうとしたけどできなかった。
「よし、ということで諏訪さんのお母さんに会わないとね」
「別に気にする必要はないと思いますが……」
「不安にさせたくないんだよ」
母のことは考えてくれていてもこちらのことは考えてくれていないから変わることはない。
本当にお家まで付いてきてしまったから上げるしかなかっただけでね。
「あれ、今日は帰ってきませんね」
「そうか、諏訪さんだって警戒するよね」
「いえ、少し遅いです」
これもそう、拒むほど大変なことになるから今日の内に終わらせておきたいのにそういうときに限って母の帰宅時間が遅いのだ。
「ただいま」
「おかえりお母さん」
「うん――ん? 矢後君でも来ているの?」
「ううん、この前言っていた子だよ」
「ああ」
はは、母らしい反応だ。
「え、なんで?」
「あ、興味を持つんだ」
こちらとしては物凄く疲れた顔をしている、とかではなくてよかったけどね。
結構無理をしてしまう人でもあるからちゃんと止めなければ駄目なのだ。
「当たり前でしょ、これまでの泉ならありえないことなんだから」
「お母さんを不安にさせたくないんだって」
「ん……? ああ、別に悪い子でもなければとやかく言ったりしないけどね」
そういうところもだ。
とりあえず母と戻ると彼はすぐに挨拶と自己紹介を済ませた。
一瞬、母狙いかと思ったけどお家に帰ればお母さんがいてくれるわけだから違うかとすぐに片付ける。
「じゃ、お母さんはご飯を作るから――儀間君も食べる?」
「お世話になりたいところですが同じように作らないといけないので今日は……はい」
「分かった」
自分で作っているのか、私もある程度は作れるけど女子力が負けていそうだった。
「いやー諏訪さんはお母さんに似ていないね」
「え、初めて言われました」
「そうなの? それでどう違うのかと言うとお母さんは格好いい感じだったからさ」
「私はどうなんですか?」
え、なんでそこで違う方を見るのか。
ちゃんと血が繋がっていることを書類なんかを持ってきて見せてあげた方がいいかなっ?
「というか、送らなくていいんだよ? 僕はきみと違って男なんだし」
「気にしないでください、ただの運動ですよ」
二人きりになってごちゃごちゃ聞かれても答えられることが少ないから逃げているだけだ。
そうでもなければ母のお手伝いをして大好きな母作のご飯を食べているところだった。
「それとさ、なんで敬語なの?」
「それは儀間さんが先輩さんだからです」
そう、歩ちゃんも矢後君も敬語を使っていないけど先輩だ。
最初から敬語を使っていてよかった、まあ初対面からため口で話しかける人なんていないだろうけど――いや同級生と分かっている状態ならそういう人もいるか。
「あれ、ばれてたの?」
「シューズの色が違いますからね」
「ああ、あれってそういうことなんだ――なんてね、そっかー見られていたかー」
「見ていますよ」
「な、なんかそんな真剣な顔で見てるなんて言われたらどきっとしちゃうなー」
表情がころころ変わって面白い。
あとちゃっかりお家の場所を知ることができてしまったので誰かの役には立てそうだった。
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