中篇-光望一閃
その時だった。
風に飛ばされて、一枚の羽根が頭上を飛び去っていく。
一瞬のことだったが、親鳥は見逃さなかった。
《————! あれは!!》
白と灰色のマーブルの羽根。
その端に
間違いない。見間違うはずがない。私が愛した、あの子の、彼女の朱色。
風向きからして、飛んできた方角は――東だ。
あの子がいる。まだ間に合う。
何の確証もないが、あの朱色はそう信じるのに十分すぎる希望だった。
考えを巡らせたときには、既に体は飛び立っていた。
風を読み、羽根の来た道を辿る。強い向かい風に、何度も体が煽られる。バランスを崩し、地面に堕ちかけては、体勢を直して高度を上げる。
屋根より高く、灯台より高く……。
あの子は必ずいる。
もっと、どこまでも高いところに。
さらに高度を上げていく。あたりが一層霧深くなり、雨粒が針のように顔に刺さる。翼の付け根が裂けるように痛い。少しでも気を抜いたら、力尽きて真っ逆さまだ。
だが意識が遠ざかるたびに、彼女の声が頭にこだまする。
どうか、この子を優しくて強い子に――。
そうだ。どれだけ不甲斐なくとも、私はあの子の父親だ。今やたった一人の、あの子の親なのだ。必ず無事に連れ帰ってやらねばならない。それが、最期に彼女が私に託した使命なのだ。
《こんなところで……死なせて、たまるかっ……!》
近くで雷も鳴っている。視界には何も映らない。そこにはただ灰色の渦があるだけだ。遥か下に置き去りにしてきた街も、霧に遮られて見えなくなった。
もはや巣に戻れるかも危うい。だが、引き返して失うものの大きさに比べたら、そんな不安、今はどうだっていい。すぐそこに、まだ届く翼があるのだから。
《もう少し……もう少しだ……!!》
――——願いが届いたのだろうか。
その瞬間、親鳥の目に微かに光が映った。鉛色の雲の奥から、ぼんやりと光が差し込む。
親鳥はまとわりつく風を振り払い、一際強く、雲の壁を突き抜けるよう、力一杯羽ばたいた。
<続>
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