#05《領地の守護者》編

#05-1 ありったけの呪詛を吐き出すように


「来て下さったのね。赤い修道女さん」

 彼女はそう言葉を発して、わたしの方に視線を向けられました。

 

「寝そべったまま、ごめんなさいね」

「そんな。お会い出来て光栄です、シェリル様」

 すぐにわたしはひざまずき、こうべを垂れた姿勢のまま、応えました。


「ルーフス修道院より参りました、ミレン、と申します」

 名乗り、顔を上げると、そこには。

 瀟洒しょうしゃなご尊老の、穏やかな微笑み。

 

 豪奢ごうしゃしつらえられた室内で、しかしあまりにも似つかわしくない質素なベッド(とはいえ修道院のそれとは比較にもなりませんが)に伏せたまま、今こうしてわたしの前におられる白髪の老婦人こそ、この邸宅の主たるシェリル様。

 高貴な方らしからぬ、柔和な雰囲気をまとっておられますが、この国における大商会のひとつを統べるお方であり、共和国内においても、五指に入るほどの権力をお持ちの方でもあります。


「では修道女ノンミレン。早速ではあるけれど、お手紙は、読んで頂けたかしら?」

「……はい、ご依頼については、承知しております」

「それは良かったわ」

 とても嬉しそうに、彼女は笑って。

 わたしは、曖昧あいまいうなずきます。

「それじゃあ、改めてお願いするわね」

 そう語る微笑みは、先程と変わらないままで。

 

わたしを、殺して欲しいの」


 笑顔のまま放たれた、それは難題。

 此度こたびの依頼も、一筋縄ではいきそうにありません。



 ――。

 ――――。



「ああ、ミレン嬢、ここにいたか」


 アレックスやマリーとともに行っていた話し合いに一旦の片が付いたところで、ノック音と共に室内に響き渡ったのは、カルラ様のお声でした。


「はい? 何事でしょうか、カルラ様」

 すくと立ち上がり、小首かくん。

「わ、わたしまた、何か不手際を……?」

「いやいや、そういうことでは無いよ」

 手を振り苦笑するカルラ様。「実はね、仕事から帰ってきて早々で申し訳ないのだが、次の『依頼』があるんだ」


「……次のお仕事ですか……」

 一瞬、顔に浮かびかけた表情をすぐに是正ぜせいします。

 ……危ない危ない。

 すぐ横にはヒルベルタ様がいらっしゃるのです。

「それは勿論お手伝いさせて頂ければと思いますが。その、今回の事件とは……?」

「ああ、全く関係ない。どちらかと言えば、プライベートな依頼なんだ」


 はあ、と吐き出すような返事しか出来ずに、わたしは立ち尽くします。

 ちらとアレックスを見れば、ひらひらと手を振っていて、ヒルベルタ様と共に部屋を出て行っていました。

 後に残されたのは、わたしとカルラ様と。

 それに、もうひとり。

「今回は、マリー女史に同行をお願いしている」

 離れた椅子の上で、お茶を飲んでいたマリーです。


「はぁい。伺っておりますわ、カルラ様」

 呼ばれた彼女は、かちゃりとカップを置いて。「頑張りましょうね、ミレン」すいっと立ち上がります。

「……ということは、今回は純粋な暗殺、ですか?」

 自分の目が細まるのが、わかりました。


 先程までの依頼は、襲撃でした。

 ですから、荒事担当がふたりという、戦力に主軸を置いたアレックスが相方だったのですが。

 基本、周りのサポートが主となるマリーが相方ということは、直接手を下すのはわたし一人、ということです。


「殺すのが一人、という点ではその通りだ。だが安心して欲しい。その対象は、とこいている老人だ」

「……病に冒されている老人を、ですか?」

「ああ。その依頼をヒルベルタに託したところ、ミレン嬢、キミを、そしてマリー女史を派遣すると、答えた」

「だからあたしも、お仕事終わったばっかりだったけど、そのまま引き続きってワケ」


 ふむ、と考えます。

 病床の高齢者を、ということは、なにかしらの政治的意図でしょうか。

 たとえばローセリア家にとっての政敵の排除、とか。

 いや、でも、さっきの言い回しでは、少し意味合いが違うように思います。

 

「……その、『対象』は?」

 わたしの問いに。

 カルラ様はその端麗たんれいなお顔に、深い彫りを乗せ。

「実は、

 いつものように自信に溢れたお顔ではなく、自嘲するように、声を絞り出すように。

 ばさりと、自らの艶めいた赤髪をかきあげて、カルラ様は一丁の手紙を取り出すと、それをわたしに向け、すっ、と差し出してきました。

 咄嗟とっさに手を伸ばしそれを受け取ります。


 くるりと巻かれたそれは、リボンと蜜蝋みつろうで密封されていた跡がありました。一度がされた痕跡は、おそらくヒルベルタ様にお見せした時の名残でしょう。

「これは……」

 剥がされた蜜蝋に刻印されていたのは、大きなバラと金貨の入った意匠いしょう

……?」


 広大な(とはいえその大半が荒地の平原と農村である)ローセリアの土地を支配するローセリア家は、『こう』の称号をいただく貴族です。

 とはいえ現在、共和国における貴族とは、名誉称号に過ぎません。この地を支配する領主様であることには変わりありませんが、特権を有しているわけでもありません。

 それでもローセリア家が大きな権力を持ち続けていられるのは、そこに財力があるからです。


 ローセリア商会。

 共和国でも有数の規模を誇るこの大商会は、陸運を中心とした商売で財を成した、巨大な商会です。

 共和国のみならず、帝国や西王国にもその商圏を広げており、大航海時代とも呼ばれ、海外との貿易が中心となり陸運が軽視されがちな現在、その縮小された商圏を一手に引き受けることで急成長を遂げたのだとか。

 

 手紙を広げて。

 失礼とは思いつつも真っ先に。

 手紙の末尾に記された署名テイケンを確認します。

 そこに刻まれた名は、シェリル=セレスティナ・ファン・ローセリア。

 その号は、ローセリア商会 総裁。


「これは商会からの依頼だが。……ローセリア家としての依頼でもある」

 手紙を持ったわたしの向こうから、聞こえてくるのはカルラ様の声。

 ローセリア商会を統べる御方とは。

 それすなわち、この地方を治めておられる領主様その人でもあります。


 ふるふると震える手で読み上げていけば。そこに書かれている文は、ほんの一行。

 

わたしを――』

「私の母を――」


 ――


 自らの手で、カルラ様を介して。

 読み上げられた内容に、わたしは絶句し、固まることしか出来ません。

 対象は、カルラ様の御母堂ごぼどう、シェリル様。

 ばっと視線を飛ばせば、今回の相棒様は、にっこりと笑っているだけで。


「……ね。遂にあたしたち、『領主殺し』の称号持ちになれるのよ」

「いやそんな気軽な称号じゃないですよ! どっちかって言うと、普通は悪名ですってば……」

「いやねぇ。いつから血塗れ修道女あたしたちが普通だと錯覚していたのかしら?」

「そ、そう言われると、そうなんですけども!」

 ていうか、こんな話、せめてカルラ様のいる前では止めましょうよ、なんて思いカルラ様を見やれば。

「ミレン嬢のその優しさは伝わっているよ」

 そこにはこられきれずに漏れだしたような苦笑がありまして。


「まぁ、そうだな。この依頼によりキミ達に背負わせるのは、そのように忌避きひされるべき称号だ。そんな重罪の片棒を担がせるわけだから、キミたちには“運命を共に“してもらわなくてはならない。だから、こう、言い換えよう」

 

 ニヤリ、と。

「母の為に、私の為に、――」

 悲しみ、いたみ、悔やみ、あるいは苦しみ。

 そんないろんな感情を混ぜこぜにして。


「――『領主殺し』に、なってくれ」


 ありったけの呪詛じゅそを吐き出すように、地獄の底で愛をささやくように、深い熱を込めて。

 カルラ様は笑われたのでした。

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