#05-2 想像するのもおこがましい


 少し、悩みました。

「本当に」

 悩んだのですけれど、口にしました。

「死にたいのですか?」

 

 ぴくりと。形の良い眉が歪むのが見えました。

 僅かな沈黙があって、口が開かれると。

「まさか」

 悩むわたしとは正反対に。

「そんなわけないじゃない」

 おどけた口調で、自嘲するように、返答が投げられました。


 けれどその瞳には、一切の感情が映っていなくて。

 静かに、真っ直ぐに向けられた視線の先では、わたしも同じような瞳をしているのだと思います。

 自分の瞳は見えませんけれど。たぶん。


「……ですよね」

「そうよ」


 自ら死にたい、という自殺ゼルフモード志願者が市井しせいに溢れていることは知っています。今はそんな時代で、そんな世の中なのでしょう。修道女としては、教義を以てそれを否定しなければならない立場にあります。


「では、どうして?」

 だからこれは、至極当然の質問だと思います。そしてシェリル様もまた、そう言われると思っていたのでしょう。小さくうなずいて、よどみなく言葉を続けられました。


「生きる事に、疲れたのよ」

 と。


 ――。

 ――――。



「母の人生は、まさに波乱万丈はらんばんじょうという言葉がふさわしい」

 カルラ様は少し遠い目をして、ぽつぽつと語り始めました。


 子爵家の長子として生まれたシェリル様。

 けれど後に生まれた弟妹ていまいたちはみな夭折ようせつされ、遺されたのはご自身のみ。

 その上、シェリル様が成人なされる前に、まずお母様が、あとを追うようにお父様もまた、病により鬼籍きせきに入られたとか。


 ……お話を伺うだけでも、どれ程のお悲しみに襲われたのかが伝わってきて。……胸が苦しくなります。


 若くして家族を全員失ったシェリル様でしたが、しかし世をはかなむこともなく、なんとその足でローセリア家に乗り込んだそうです。


「凄まじい話だよ。断絶が決まっている家の女が、格上の貴族の元に直接訪ね、「わたしを買え」と売り込みに行ったらしい」


 なんとお家を担保に、己をめとれと持ちかけたということです。

 なんと豪胆ごうたんなお話でしょうか!

 しかし続きを伺えば、それが荒唐無稽こうとうむけいな商談ではなく、勝算有りやと判断しての行動だったのだと分かります。


「当時のローセリア家は、侯爵の地位を持ちながらも金銭的に困窮こんきゅうしていたらしくてな。嫡男ちゃくなんエルネストの嫁探しは難航を極めていたという」


 嫡男……即ち、カルラ様のお父様。

 共和国において、爵位など名ばかりとは言え。侯爵家の嫁となれば、ある程度、家の格が求められるところでしょう。その上で相応の持参金を持てる女性となると……難航するのももありなんと言うところでしょうか。


「だがなんとそこに、家丸ごとの持参金を持った結婚適齢期の女がやって来た。それも家格は落ちるとはいえ、れっきとした貴族の娘がね。まさに渡りに船とばかりに、速やかに婚礼が決まったそうだよ」

「よ、世の中、すごいお話が実在するものなのですね……!」

「ああ、まったく。これが戯曲ならば最高に盛り上がったまま終幕に至るところだろうがね。……ここで終わらないのが現実というものだ」


 めでたく結ばれた二人でしたが、残念ながらシェリル様の艱難かんなんはまだ終わりではなかったのです。


 ご主人が侯爵の地位を襲爵しゅうしゃくされた後は次の問題が降りかかります。

 古今東西ここんとうざい、貴族の嫁に最も強く求められるもの。

 それは跡継ぎを産む、ということです。


「ご存知の通り、わたくしには兄も弟もいない。……母が産んだのは、たった一人の娘御だ」


 お二人の間には長く子宝に恵まれず。白い結婚(男女の交わりをもたない婚姻)ではと疑われ。ようやく御子おこを授かったかと思えば、産まれたのは女子カルラ様

 ……親族様方からは、かなり辛く当られていたそうです。


「元々、母はセレスティナが名前ファーストネームだったそうだがね。ローセリアに嫁いだ時に、私の父、エルネストが、シェリルの名を与えたそうだ」

「お二人の仲は、よろしかったのですね」

「ああそうだ。だと言うのにな――」

 

 折の悪いことに、共和国は独立直後の不安定な時期。

 そんな縁者たちの暴言からの防波堤になってくれていたご主人は、隣接する帝国との小競り合いの最中さなかに、帰らぬ人となられた、と……。


「周りからの非難は相当なものだったよ。私にさえ、……子供だから何を言ってもいいとでも思っていたのか、好き放題言われたさ。……母がどれほど思い詰めていたかなど、……想像するのも、烏滸おこがましい程だ」


 若くして、何もかもを失いかけたシェリル様。

 ですが、それ程の辛苦しんくであろうと。彼女は再び立ち上がったというのです。

 確かな知識と判断力、そしてしたたかさを武器に。侯爵として、領主として、ローセリアの改革を進められたのだとか。


「父が生前から計画していたローセリア商会の立ち上げ、地盤が固まっていたとはいえ税収に難のあった領地経営の見直し、挙句に邪魔ばかりしてくる縁者共を振り払いながら、経済的にも政治的にも厳しい中、立て直しに奔走ほんそうされていた。奇跡……いや、そんな言葉では生温いな。あれは最早人の所業ですらなかったよ」


 財を成し、人脈を作り。

 先見の明と決断力を以て立て直された領地。

「……成程。あたしが聴いていたローセリアの評価は、初めてローセリアに来た時に感じた印象と全然違ってて。こんな豊かな領地だったのね、なんて思いましたけれど。……そういうカラクリがあったのですね」

 マリーがそっと言葉を補足します。


「そうさ、ローセリアはここ四十年余りで、大きく成長した。……すべては、シェリル=セレスティナという女傑じょけつの手によるものだ」

 シェリル様の手腕が確かだった。

 そこは間違いがないところです。

 ですが。

「……当然、その為に手段など選んではいられないからな」


 繁栄の影には、深い闇が潜むものです。

 現在のローセリアは、いくつもの冷酷な判断、犠牲者の怨恨えんこんの上に成り立っているのでしょう。

 そしてその為に協力関係を結んだ暴力機構のひとつが――。


「――『赤い噂の修道院わたしたち』の存在が許容されているのも、つまりはそういう事なのですね」

 わたしが呟くように発した問いに、カルラ様は答えることはなく。深い自嘲の笑みを浮かべられるのみでした。

 

わたくしはローセリア家を、母を守る為に、婿養子をとった。次代も産んだ。これで安泰だ。……そう、思っていのだがな……」


 それでも。若い頃からの苦労や、受け続けた重圧、領主としての責務、女であることの息苦しさ、寄る辺ない独り身の辛さ……。それらが原因であるかは定かでは有りませんが、数年前からシェリル様は床に伏せりがちになられたそうです。

 高名な医者を呼び、高価な薬や治療を受けたけれど、回復のきざしは無く。それどころか体はどんどん衰弱していくばかり。


 最近は、早くに亡くなられたご主人様の肖像を眺める時間が増えられた、とか――。


「恐らく、母の身体は持って数年。……逆に言えば、まだ数年は、母は苦しみ続けなければならない」

 一瞬だけ、目を伏せて。

「だから、母が望むのなら、その望みを叶えてあげたい、終わらない苦しみから救ってあげたい」

 再び上を向いた瞳に宿っていたのは。

 ……思わず、びくりとする程に強い、決意の光。


「それが、私の願い、だ」


 ぽつり、と。

 カルラ様は呟かれたのでした。

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