第21話 夏最後はもちろん追い込み

「『手伝ってください!』」


 8月30日の朝。

 猛暑まではいかないが、蒸し暑さがまだまだ残る日、俺と夢奈は……人の家の前で土下座をしていた。


 その家主とは橋川家でありそこの娘__夜月が出てきている。

 日付とこの二人が同時に頭を下げているということは勉強関連でしかないのである。


 そう。夏休みの課題が終わっていないから協力のお願いに来た。

 頭の良い夜月となら、楽に終われるなどと期待を寄せてね。


 昨日、夢奈も終わってないなと思い聞いて見たところ……私には必要のないことだ、そんなものはこの世に存在しない、と最初はほざいていたが補習があるぞと伝えると、飛び跳ねてこちらに向かって来た。

 そして二人の話し合いの結果、答えがあるやつは終わらし、ない奴は夜月に教えてもらうことにした。

 

 奈古には前に怒られない為に終わったと噓を言ってしまっており、今頃になってやってませんでしたなんて言ったら、命もろともなくなるので頼れない。よって夜月に不幸な順番が回ってきたのだ。


 俺達の人脈がないせいで。


 夏休み途中から終わるかなという不安も抱いたこともあることにはあった。が先延ばしの癖を止められなかった(言い訳)。

 そしてダラダラとカレンダーだけをめくって過ごすとこうなってしまう。

 

 「ちょっと二人ともこんな恥ずかしい真似はやめてよ」


 「いえ、これはお願いする態度に最も相応しいと習いましたのでできません」


 「同じく」


 お願いする態度は極めて重要である。

 いくら同い年とはいえ、軽々しく頼めるはずがない。それに助けてもらうのはこの数ヶ月で何回目の出来事かも分からないので、申し訳なさも強い。


 だからいくらここが暑くて、手や足が火傷しそうでも、汗だくになろうとも一ミリ足りたもこの姿勢を崩してはならない。

 これは流されやすい俺でも譲れない。


 「分かった、分かったから。もう中に入って!」


 「『ありがとうございます』」


 第一門である夜月の説得にも成功し、中に入らせてもらうと涼しい空気と花の香りか同時にやってくる。

 俺達は昇天しようになるほど気持ちよくなってしまい、その場に跪く。


 土下座ありがとう。


 俺達はまずシーブリーズを使い体を拭いてから部屋に入らせてもらった。


 「で、何が終わってないの二人とも?」


 「『はい。僕達は課題研究と答えか配られていない数学のプリントです』」


 実は昨日の一日で残り二つまで減らしていた。

 魔法の紙を使ったことで。


 だから俺達の計算では、たとえ夜月が答えを見せてくれなくても今日で終わる計算なのだ。

 =明日は遊べるということにもなる。


 「じゃ、教えていくから準備しといてくれる。お茶入れてくるから」


 「『イエッサ!』」


 今日は何がなんでも終わらす。

 これが二人の絶対目標だ。

 気合いを入れるため、あらかじめ持ってきた鉢巻をつけて、眠気覚ましになるガムを机に装着。

 そして夜月が帰ってきた所で勝負開始。


 一問一問丁寧に解説してもらってはペンを動かす。

 これの繰り返し作業だ。


 「ふーー意外にも早く終わったな」


 「当たり前だ。私達にかかれば余裕だったな」


 「全問解説したけどね……」


 それでも俺達の予定より明らかに早く終わった。ガムや鉢巻のおかげで集中力が上がり今までにないスピードで解くことできた。

 そして正答率も完璧。


 やり切った感はあり、正直言ってもう終わりたい気持ちもある。

 後は明日にすればいいとも思っている所はあるが、これはまだ中ボスを倒した程度でしかないことを思い出す。


 ラスボスは今からだ。


 「最後に課題研究だね。どこまで進んでいるの?」


 「『ゼロです!』」


 これには夜月は顔を引きずるしかない。

 その理由はいたって簡単。

 課題研究は夏休みから始まったわけではないから。


 2年生になった春から週に2時間充てる時間が取られており、そこで資料集めや実験をしたりできた。なのにも関わらず俺達は調べる為に許可されたスマホを存分に使い、課題研究には触れていない。

 根本から腐っているからだ。


 「じゃ、これは相当時間かかるね」


 「えっ?資料集めとかってネットで調べたやつをまとめるだけじゃないの?」

 

 「……やっぱりか。悲しかも知れないけど今年からはフィールドワークが必要なのよ」


 「『う、そ、だ、ろ⁉』」


 スマホ触っている間に死刑宣告をされていた。

 フィールドワークとは簡単に言えば、自分達でアンケートや聞き込みをすること。

 以前まではネットで取ってきた資料だけで作るのも許されてはいたが、どうやら今年からはダメになったらしい。

 違反すると欠点で留年。


 そして何よりもまずいのはここで人脈が必要になるということ。

 例えばアンケートをするにしても人脈がなければ人数が少なくまともな資料にはならない。またSNSを駆使しようとしても、繋がりがないので集まらない。

 フォロワーは俺と夢奈を合わせても10人いるかいないか。


 聞き込みっていっても急に知らない人に明日いいですかなんてむちゃを頼めないし、そもそもコミュニケーションの壁もある。


 そんな俺達にとってフィールドワークとは詰みなのだ。


 「終わった……」


 「私達は頑張りました。それでも人脈が増えなかっただけだからもう仕方ないですよ……」


 この事実は意気消沈もの。

 目の輝きはなくなり、キッチリとつけていた鉢巻も垂れ下がってくる。

 

 元は言えば俺達が悪いので、もう受け入れるしかないのだろう。


 「しゃーないなー君達は」


 「『えっ!』」


 夜月はなにか良い策略があるのか、不敵な笑みを浮かべてこちらを向いている。

 

 「私にはフォロワーは500人います。仕方ないですからアンケートは私が取りましょう!仲間ですからね」


 「ほ、本当に?」


 「うん!」


 人生の矢印が急下降から急上昇。

 フィールドワークというラスボスがカモになった。

 夜月がアンケートを取ってくれるなんて、やっぱり持つべきものは頭が良い人だな。

 

 「夜になると結果を渡します。その代わり、それまでに君達は結果が必要じゃない仮定などを今から必死にやること!いい?」


 「『イエッサ!!!!』」


 俺達は目が血眼になるぐらい変貌し、液晶の画面にむかう。

 その間に夜月がSNSを用いて、アンケートを取る。

 留年という二文字が離れていく瞬間であった。


 ☆★☆★


 太陽は沈み、月が顔出し始める。

 時刻は7時。

 あれからまともな休みを取らずこの時間になった。


 もう頭は正常な判断ができない程弱り、キャパオーバー。

 手も疲労で動かない。


 ここまでしてようやく、結果以外の所は終了したのだ。

 後は夜月から結果をもらい、それを元に結論を出す。

 ラスボスはいうならば残り10パーセントぐらいの体力だ。


 「俺達、もう、勝ったも同然だね……」


 「そう、だ、な」


 「二人ともお疲れさん。はい、これ結果。300人近くアンケート集まったよ」


 俺達のスマホが揺れて何枚かの写真が送られてくる。

 もちろんアンケート結果が夜月からきたので、さっそくそれに目を通す。


 なんと292人もの人が俺達の為に答えてくれた。

 そして最後の力を振りしぼり課題研究に取りかかる。


 ポチ!っと最後の一文字を打つ。


 「『終わった!!』」


 制作時間およそ10時間。

 ようやく夏休みの課題全部終了を迎えた。

 俺達は喜びのあまり手と手を繋いではしゃぐ。


 「二人ともよく頑張ったよ。じゃあ今からはお祝いにお泊り会をしよう!!」


 「『はい?』」


 「だってもう遅いでしょ。だから占い部皆で最後はお泊りしようって」


 「親に許可を……」


 「そこはもう大丈夫!もう連絡済み!」


 「『どうして電話番号を!!』」


 話を聞くとどうやら入部届に書かれていることをコピーしていたらしい。

 だから夜月を通して先生だったのかと納得できる。

 それにしても占い部の個人情報はどうなっているんだ。

 

 ピーポーン。

 突然夜月の家のインターホンが鳴る。

 

 「あっ!きたきた」


 夜月はインターホンに心当たりがあるらしく、ウキウキしながら玄関へ向かった。

 気になった俺達もこっそり後をつけると、見たことがある人が大荷物を持って立ち尽くしている。


 黒髪ロングに整った容姿。そして白いワンピースに普段は着けていないスイカの髪飾りをうけている女性は__鈴美だ。


 「買ってきました……食べ物……」


 「ありがとう!さぁみんなで食べましょうか!」



 

 「乾杯!!!!」


 キンキンに冷えた麦茶で乾杯を交わし、机の上満面に引かれた食べ物に手を伸ばす。ピザやチキン、寿司などその種類は豊富で鈴美の大変さがよく分かる。


 今は勉強の疲れがないどころか元気満々だ。

 楽しく会話をしながらご飯をし、順番にお風呂に入る。


 お風呂もいつもより格段に気持ちよく気分は最高潮に。


 「じゃあ寝ましょうか。光圀君はすまないけどここでお願いね」


 「分かりました」


 男子一人ということでリビングで布団を敷いて寝ることになった。

 まさか部外者である俺のためにエアコンまでつけてくれて感謝しかない。


 さっそくベットに横になってスマホをいじっていると、この日は疲れもあってすぐに夢の世界へと行ってしまった。



 ☆★☆★



 いつもの部屋でいつもの部屋着に着替えて、ベットに入る。

 普段なら、ただここで寝て明日を迎えるのだが今日は違った。


 同じクラスで同じ部活の二人が部屋にいる。


 「さぁこれで女の子だけになりましたから、さっそく始めましょうか」


 何を始めるのかというと女子でのお泊り会定番の恋バナ。

 こんな話は一切しなかったことがなかった去年に比べて今年は、運命の人(占い)に出会い度々することが増えた。


 最初の頃は愚痴が絶えなかったが、今は一変して楽しそうな表情を浮かべて盛り上がっている。


 「光圀君さ、この夏休みで随分と変わったと思わない。なんか自信がついた所みたいな感じで」


 「そうだね……なんかかっこよくなった気が……」


 実際、光圀君も最初の頃から結構変わった。

 最初はずっとオドオドしてて、声も小さく頼りがいなんて一ミリもなかった。

 だから私がサポートもしていたのに、知らない間にサポートなしでほぼ自立できている。

 赤ちゃんのようにたった数か月でえげつない成長したと思う。


 「認めたくないが光圀は大きく変わった。頼れるし」


 夢奈はもじもじしながら光圀君を褒める。

 本人には絶対に言わないので少しぐらいは直接言ってあげたほうがいいと思うが……。


 「まぁ褒めるのはもういいとして、君達二人__光圀君に恋しているでしょ!」


 この際だからハッキリと言った。

 いつまで経っても話が進まないと思い聞いてみたが……図星か。


 夢奈は布団で顔隠し、鈴美はタコのように赤い顔になっていた。


 「もう分かっているよ。だから隠さなくていい」


 いつからは分からないが、光圀君と一緒にいる時はいつも楽しそうだった二人。

 何がきっかけは知らないけど明らかに服装やメイクに気合いを入れていたり、近くに寄っていた。


 本人は気づいていない様子だったが、これは明らかに恋をしているのだろう。


 「そ、そういう夜月はどうなのよ!」


 「私?私はとっくに好きだよ」


 「えっ!」


 「友達としてね」


 卑怯な言い方だとは分かっている。

 けど私の心は、まだ光圀君に恋に落ちている確信はない。

 

 「でもどうしたの?あんなに男子が嫌いだったのに恋にまで落ちちゃうなんて?」


 今日の私はいやらしい。普段はこんなに深掘りはしないのにグイグイと聞いてしまう。

 この質問はそれぐらい嫌味度が高くで答えにくいと分かっていながらも聞いたのだ。


 「詳しくは言えないけど……光圀君は今までの男子と違うかったからかな……」


 「私も……そうだな」


 占いは本当にすごい。

 いやそれだけじゃない、光圀君も本当にすごい。


 まさかあんな出来事があったのにそれを覆すなんてね。

 占い師が言うのもなんだけど、結果通りになっていくなんて思わなかったな。


 「そっか!じゃあ今日も沢山話したからこれぐらいにして寝よう!」


 「そうだな。今日は色々と疲れた」


 「おやすみなさい……」



 ☆★☆★


 

 「ただいま!」


 8月31日朝。

 夜月の家で朝食を食べてから帰ってきた。

 今日は宿題も終わったことで伸び伸びと遊べる。

 

 何をしようか考えているとテンションが上がりウキウキ状態だ。

 そのテンションのまま思いっ切りドアを開けると、角と牙がはえた奈古が突っ立っていた。


 仁王立ちでいかにも迫力がある江面だ。


 「ど、どうしたの?奈古?」


 「どうしたのではありません。お兄さん夏休みの課題終わっていなかったんですね!」


 「そ、それをなぜ知っているの?……」


 すると奈古はスマホを俺にむけて一つの写真を見せてきた。

 その写真は何かの投稿をスクショした感じで……しかもなんとなく見覚えもあった。


 そこにはこんなことが書いてあった。


 「夏休みの課題が終わっていない光圀君、夢奈ちゃんの為に協力してください!」


 と、そしてその下にURLが二つが貼ってあった。

 これは間違いない。

 昨日夜月がしてくれたアンケートの投稿だ。


 「実は夜月さんと繋がっていたんです」


 「だからですか……それで?……」


 「言わなくても分かっているよね?」


 奈古は同調圧力をかけて、二階を指差す。

 もちろんその先にあるのは奈古の部屋で、俺は震えあがってしまう。


 「噓ついた罰です。行きましょう」


 「うそですよね。俺は君のお兄さんだよ」


 「無駄です。諦めてください」


 奈古は俺の腕を引っ張り死への階段に連れていかれる。

 そして反撃がないまま、扉が閉まった


 「うわーーーーーーーー」


 

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