第5話 陛下救出作戦
新宿で戦闘の報告を受けて、総理官邸は慌ただしくなる。
情報は錯綜しており、未だに全容は見えない。
政治家も官僚も情報不足から苛立ちを隠しきれない。
「すぐに陛下の身の安全を確保しろ。自衛隊に救出命令だ」
総理大臣は防衛大臣に命じる。彼は飛び上がる程に驚きながら、部下に命じる。
天皇陛下の非常事態の避難において、その任務を受けるのは基本的に習志野の第一空挺団となる。だが、現状、習志野駐屯地とは通信が途絶している。
防衛大臣は即座に市ヶ谷駐屯地から部隊を派遣して、陛下を新宿から離れた練馬駐屯地へと避難させるように指示を出す。
命令を受けた市ヶ谷駐屯地ではあるが、すでに獣との交戦を始めていた。
警備の自衛官達は二階堂達を追いかけて出現した獣に対して、自動小銃を撃つ。しかしながら、警備のために配布されている実弾は僅かで、とても獣を倒すには至らない上に獣の毛皮は思ったよりも厚く、ライフル弾が通用しない。
迫った獣の一撃が検問所を一瞬にして破壊した。
自衛官達は僅かな実弾を撃ち尽くすと諦めて、庁舎内へと逃げる。
その間に二階堂達はすぐに庁舎内に非常事態を知らせる警報を鳴らす。
幕僚達はすぐに避難を始める。ここはもう、最前線と化した。
二階堂は武器庫へ向かい、なるべく多くの自衛官に武装するように命令を下す。ありったけの実弾を確保して、幕僚が避難する時間を稼ぐために獣に立ち向かう。
限られた弾数を惜しむ事なく、獣へと撃ち続ける自衛官達。
集中砲火されて、獣の歩みも止まる。かなりの実弾を当てたが、獣を行動不能にする事は出来ない。かなりの腕力がある事は乗用車を平然と引き裂いた事からも解る。
「獣の力は並大抵の熊の比じゃない。重機並だ」
二階堂は冷静に獣の情報を集める。だが、それでもすでに残弾は数えるまでになっている。多くの自衛官達は弾切れになった自動小銃を持ち直し、肉弾戦の覚悟をしていた。
部下が報告にやって来る。
「幕僚の避難完了。撤退です」
二階堂はやっとかと思って、その場に居る全員に練馬への撤退を指示する。
やれやれと思っている二階堂に更に伝達があった。
「市ヶ谷は放棄する。全部隊を連れて、練馬駐屯地へと移動する指揮を取れと」
「そうか・・・負傷者も含めて、すぐに集めろ。敵は近いぞ。急げ」
二階堂は旧型の9ミリ自動拳銃だけを握り、部下達を指揮する。
警視庁が新たに新宿に投じた機動隊戦力は獣との交戦を始めた。
獣の数は確認が出来るだけで3頭。
拳銃弾では傷一つ付ける事は出来ず、ライフル弾も同様だった。
とても熊とは思えない程に強固な毛皮。
だが、顔への攻撃は有効なのと数で優る事からSATは獣の前進を鈍らせる事が出来た。
なるべく多くの救護者を後方へと運びつつ、機動隊は撤退のチャンスを見極めていた。だが、獣を倒す事が出来ない以上、死者を多く出すわけにはいかないと撤退が決定される。
11人の機動隊員の死を前にして、浮き出し立つ機動隊だったが、統制は取れており、徹底も敵を翻弄しつつ、一人の負傷者を出す事無く、離脱する事が出来た。
だが、獣達は逃走をする機動隊を追うように動き出す。
皇居では陛下の脱出計画が進められていた。
「新宿はすでに獣の制圧下。こちらに接近する可能性が高い。陛下は皇宮警察隊が護衛しつつ、練馬駐屯地へと避難を行う」
皇宮警察が総力を挙げて、陛下一行を護衛する形となった。
警視庁からも応援が駆け付け、50台に及ぶ車両、100人以上の警護での移動となる。自衛隊からも練馬駐屯地から応援が駆け付ける手筈になっている。彼らとは途中で合流する事として、いち早く、避難が開始される。
半蔵門から出た車列は一目散に都心を駆け抜ける。
非常時における陛下の避難に関しては幾つもの想定がなされており、迅速且つ、確実に行われるように訓練が実施されていた。その為、ここに至って、混乱は誰にもなかった。
あるとすれば、敵が想定外だっただけである。
新宿を中心に都内の一般人には混乱が巻き起こっていた。
東京からの脱出を図るべく、幹線道路の殆どでは渋滞が起きている。
だが、都心から出る事は出来なかった。濃霧による事故が彼らを阻む。
それでも徒歩にて、脱出を図る者が多数、居た。だが、濃霧の先で彼らの消息は不明となる。警察や消防は危険だからと彼らを制止するが、それを振り切って、濃霧へと消える者は後を絶たない。
誰もが濃霧の先に行けると思っていた。
それは幼い子どもを抱えた若い母親も同じだった。
皆の列に並ぶように濃霧の中を歩き出す。
だが、唐突に列の先が閃光と何かが爆発したような音が響き渡る。
悲鳴と嗚咽が漏れる。
彼女は子どもを抱え、その場にしゃがみ込む。
何度も・・・何度も閃光が放たれ、爆音が響き渡った。
濃霧の先は地獄。彼女はそう確信すると、慌てて、来た道を戻るように逃げ出す。
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