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「イスカ、準備は、いつに整う」
しばらく二人の会話を聞いていた王が、静かに口を開いた。
「もういつでも。いつでも出立出来るよう、力を蓄えるために皆に休養を与えたのですから」
「そうか。ならば早いほうがいい。イスカ、魔導士たちの休養が済み次第、早急に用意を整えてくれ」
「御意。必ずや、我が魔導士団のすべての力を集わせ、この魔法を完成させてみせましょう」
「そしてシギは、国境に配置している騎士らに伝えよ。用意が整い次第魔導士団を魔物の森に送る。騎士団は魔導士団に合流し、共に最後の戦いに挑めと」
「仰せのままに、我が王よ」
跪くイスカとシギを、王は翡翠色の瞳で見下ろしていた。
その瞳は凪の海のように穏やかで澄み渡っていたが、内に秘めたものは、まるで正反対の色をしていた。
燃え盛る激情がそこにあった。静かで、だが深い、深い、地の底で流れ暴れ続ける岩漿の様な、怒り。
シギもイスカも、すべてを理解していた。王が心の内に抱き続けているものを。欲し続けているものを。そのためにすべきことを。王が今、何を言おうとしているかを。
「シギ、イスカ。此度の遠征は、私も共に行こう」
王の言葉に、イスカは顔を上げた。
「なりません。向かうのは魔物の巣食う森、そして我々が長く怯え続けた最大の脅威を封じるための遠征です。加え、未知の強力な魔物がいる可能性もある。どれほどの危険が伴うかわかりません。陛下は宮殿にて、成功の報せが届くのをお待ちください」
「いや、もう決めていたのだ。最初の封印が破られたあの日から。次に人があれに立ち向かうそのときは、私も必ずその場に立ち、あれと会い見えることを」
「一度は破れた魔導士団の力が、やはり信じられないからですか」
「そうではない。むしろ信を置いているからこそだ。おまえたち魔導士団の魔法により、今度こそ魔王は解かれぬ眠りに就くだろう。私はそのときを、この地に生きる者たちの代表として……王として、この目で見届けなくてはならないと思うのだ。戦いの終わりを、真の平和の訪れの瞬間を。我々を脅かし続けた最大の敵を、私の、この目で」
王はわずかに語気を和らげる。命ずるというよりは、諭すといった口調だった。
それでもイスカは顔つきを渋くする。王の気持ちを理解しているが故のことである。
どれだけ術に自信があっても、万が一のことがあるかもしれない。危険をすべて排除することなどできないのだ。ただの魔物退治ならばいざ知らず、この遠征に王を連れて行くわけにはいかなかった。
王に万が一のことがあれば……などと、考えるのも、恐ろしいほどなのに。
だが。
「承知いたしました、国王陛下」
イスカとは反対に、シギは快活にそう答えた。
「共に<深夜の森>へ、勝利を掴みにまいりましょう」
「お、おい、何を言っているんだシギ。承知できるわけないだろう。おまえは陛下を森へ連れて行く気か」
「陛下のご意思をおれたちの意見で曲げさせるわけにはいかないだろう。それにまあ、おれはいいと思うよ。歴史に刻まれる瞬間だ。おれたちが立ち会うのに陛下の目の当たりにしないというのは、そりゃ確かにもったいないよ」
「そんなことを言っている場合じゃないだろう。ただの魔物退治じゃないんだ。それにもしかしたら……魔王と同程度か、それ以上の力を持つ魔物があの森にいるかもしれないんだぞ」
「ああ、わかっているよ。それから陛下の剣の腕が国で二番目ということも知っている。よほど魔法以外はどん臭いイスカなんかより、魔物に対抗する力はあると思うがね」
「馬鹿を言え、おれと陛下を比べるのがそもそもおかしいだろう。おれには何が起きようと構わんが、陛下にもしものことがあれば」
「もしものことなどないよ」
シギはイスカに笑った。イスカは眉をひそめる。
揃えたつもりもないのにふたり同時に、王のほうへと視線を向けた。
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