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シギは、いまだ入口近くに立ちながら、薄明かりにのみ照らされるイスカの横顔を見ていた。
王とシギ、イスカは、幼いときよりの仲であった。特にイスカとシギは歳も同じだ。大人にも同輩にも、並べられ比べられることが多かった。
武人の一家に生まれ体も大きかったシギと違い、イスカは華奢な体格のうえ、顔つきも母に似てまるで少女のようだった。おまけに、魔法に関しては並ぶものはいなかったが、武術の腕はからっきしで、貴族の男子が嗜みとして学ぶそれすらイスカは修得しなかった。
そのせいで、昔は年の近い男子たちから弱虫だのなんだのよく蔑まれていたのを覚えている。いつも隣にいたシギはそのたびに憤っていたが、当のイスカは言い返すことのひとつせず、気にもしていない様子だった。
はじめシギは、立ち向かう勇気もないのかと、イスカに対し怒りも湧いた。だがそうではないのだとすぐに知った。
六つという年齢で魔導士団に入ったイスカは、同年の誰よりも早熟であり、幼くしてすでに、自らに課せられた義務、そして使命について知っていた。
他にかかずらっている余裕などないのだ。イスカが見ていたものは、シギら同年の子どもたちよりもずっと、ずっと遠いところだった。
いつだったかシギは、イスカがまだ王太子だった頃の王とふたりで話していたのを聞いてしまったことがある。
イスカの生まれたシュレン家は、極めて魔力の強いものが多く生まれるが、それがかつて娘が魔物と交わったせいであるという根も葉もない謂れが、子どもたちの間で多く噂されていた頃のことだった。
シギはそんなもの信じてはいなかった。もちろん王太子もそうだ。そんな噂、信じるほうが馬鹿らしいとシギは思っていたのだが、その噂を、最も重く受け止めていたのが、イスカ本人だったのだ。
普段は子どもらからの心ない言葉など意にも介さない様子だったから、シギは大層驚いた。
だが、その理由を知り、イスカの心を知ったのだ。
「シン、おれはこの血が憎いよ。本当におれに、魔物の血が流れていたらと思うと、恐ろしくてたまらない」
まだイスカもシギも王太子に対して――大人がいないときだけだが――他の友にするのと同じような口調で話しかけていた。王太子もそれを咎めたりはしなかった。彼らはまだ純粋に友であり、数少ない心を許せる仲間であった。
「噂など気にするなイスカ。あんなもの、根も葉もない。皆、おまえが優秀すぎるから妬んでいるのだ。上に立つ者の試練でもあるだろう。仕方のないことさ」
「根も葉もなくも、噂は広がる。おれは……おれの家族は、ずっとそのように後ろ指を指されて生きていかなければいけないのか」
「それは……」
「そのようなことにはなりたくない。させない。だからこそおれはおれの力で……魔王を倒し、すべての魔物を打ち滅ぼさなければならないんだ」
まだ十になったばかりの歳だったはずだ。声変わりも済んでおらず、線の細いイスカは王太子やシギよりひと回り体が小さかった。
だが、体の内から染み出るような覇気は、シギに鳥肌を立たせるほどだった。
目の前でそれを聞いていた王太子は、小さくこくりと頷いた。
「ああ、そうだな。おまえの力は必ず王国を救うだろう。いずれ私が王になったとき……私は魔王を討伐しこの国に……いや、世界に真の安寧をもたらす。そのときは、おまえの力を貸してくれるな、イスカ」
王太子の言葉に、イスカは深い紫をした長い髪を揺らし、首を縦に振った。
「ああ、必ず」
その声はやけに響き、距離を置き遠くで聞いていたシギの耳にも、強く響いたのだった。
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