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「しかし、まさか陛下は私と違って、束の間の休息にイスカの顔を見に来た、と言うことはありますまい。イスカは他の魔導士に休暇を与えたと言いました。つまり……大仕事を終えたということですか」


 緩んだ表情をわずかに引き締めシギが言った。

 王は反対に、より柔らかな笑みを零す。


「イスカの顔を見に来たと言うのも違いはない。私もこの頃は根を詰め過ぎていたようで、王妃にたまには息抜きをしろと散々言われていたからな。幼馴染に会いに行くのも悪くはないと思ったのだ。シギとは違い、イスカは油断すると一切人に会わずにひとりで引き籠るだろう。それを心配していれば、不安が的中だ。他の者が休んでいるにも関わらず、ひとりで研究室に籠り仕事を続けていたのだから」

「それは確かに。おれもそう思ってイスカに会いに来たわけで……じめじめした地下で、ひとりきのこを生やしてはいないかと」

「ふたりとも、おれをなんだと思っているんだ……」


 振り向くふたりを、イスカは渋い顔をして睨んだ。だが自分の精一杯の凄味などふたりに効かないことは承知している。

 諦めて、イスカは手元の羊皮紙に目を落とした。もうすぐできあがるそれは、新たに開発した魔法式を詳細に記したものだった。


「シギの言うことは当たっている。陛下にはその成果をお伝えするためお越し頂いたんだ。供も連れずにおひとりで突然来られたのには驚いたが、まあ、それも慣れたものだな。騎士団にも早々に報せを出すつもりだったが、おまえが絶妙なときに来たおかげでその手間も省けたようだ」


 羽ペンをふたたび手に取り、書きかけの続きを綴っていく。

 ――あの日から、三月。

 寝食も惜しみ、自らの持つ知識と技術のすべてを使い新たに作り出した魔法が、ここにある。

 もうこれ以上はないと思った最高の魔法を打ち破られてから、身を引き裂かれるような悔しさに体を掻き毟る代わりに、この苛烈な思いを、より強い魔法を編み出すことのみに注いだのだ。


 そして新たな魔法が完成した今になって、ようやく、ほんのわずかにだがに感謝の念を抱いた。

 おれはもっと魔法の可能性を見出せるということを、教えてくれてありがとう。無論、その者に対しても、この魔法を使うことになんの躊躇いもない。

 今度こそ、必ずや成功させてみせる。そう……魔法は編み出されたが、“真の完成”はまだこれからにあるのだ。

 この魔法を使い、この国に降り注ぎ続ける脅威を打ち消すこと。

 それこそが真の魔法の完成であり、自らがこの地位にいる意味であるのだ。

 この国のために、この王国に生きる人々のために……そして幼い頃から自分を信じ隣に置いてくれた友のために、それは必ず、果たさねばならないことであった。


「なるほどね。おれは魔法には詳しくはないが、前のものよりも強力なのかい」

「ああ、今度こそ、どのような力でも打ち破ることはできない。たとえ術を施してから一切手を加えずに放っておいたとしても、千年はこの力は持ち続けるだろう」

「千年か……なんだか途方もないね」

「だがそれほどでなければ太刀打ちできない。我々が挑もうとしている力はな」


 羊皮紙を眺めながら、イスカは低く呟いた。

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