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イスカはシギに聞こえないほどの小さな息を吐き、すっかり冷めた紅茶を啜った。
「束の間の休息なのだろう。おれのところじゃなく、女のところにでも行ってこいよ」
「そうしたいところだが、おれに抱かれたい女が多すぎて、束の間だけじゃ間に合わないんだ。困ったことにね」
くすりとシギが笑う。
確かに、手足が長く端正な顔立ちのこの男は少年時代から女泣かせと評判だ。見目麗しく家柄もよく、飄々とした性格も親しみやすい。女たちが心奪われるのも頷けるとは、本人に言いはしないが、イスカは常々思っていた。
ただ、それがわかるからこそこの男に関する色恋の話を耳にするたびに、馬鹿馬鹿しく思った。シギは女好きではあるが、どれほど美しい女が目の前に現れようとも、彼にとっての一番は、昔から変わらなかったからだ。
「まあ、イスカもひとりでは寂しいだろ。おれが来て丁度よかっただろ」
「ひとりではないぞ」
答えたのは、イスカの声ではない。
少し驚いたシギの表情に、イスカは思わず笑ってしまった。騎士団長ともあろう者が本当に気づいていなかったのか。シギを叱ればいいのか、それともあの方をお褒めするべきか。
「シンレイ王陛下。いらっしゃったのですか」
目を丸くして、シギが研究室の奥を見た。本棚の陰から現れたのは、幾分楽な恰好をした若き国王だった。
王は普段の厳しい表情とは打って変わり、心を許した者にしか見せない柔らかな顔つきをしている。
「私の勝ちだな、シギ。気配に気づかなかったろう」
「ええ、まったくもって油断しておりました。陛下がこちらにおられるとも思っておりませんでしたし……」
「おまえがイスカに声をかけるよりも早くおまえが来たのに気づいたからな。おどかしてやろうと思って隠れていたんだ」
「これはまた……してやられましたね。騎士団長の名折れだ、まいったな」
シギは本当に困ったように髪を掻いていたが、王は咎めることもせず愉快そうに笑うばかりだった。
かつて、まだ王が王太子であった頃、武人として名を馳せていたシギの父に、揃って戦いの術を習ったのだ。敵対する相手に気づかれぬよう自らの気を消す術も同じく。
今では王国一と言われる武人となった幼馴染を、共に学んだ術で出し抜けたことが嬉しいのだろう。
これほど大きなものを背負う今になっても幼い頃と変わらない部分もあるふたりを眺め、イスカは呆れたような、安堵したような、軽いため息を吐いた。
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