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◇
「イスカ、調子はどうだい?」
呼ばれてイスカは振り返った。
集中していたせいで、そこに人が来ていたことに気づかなかった。
いや、おそらくまわりに気を配っていてもその存在に気づくことはなかっただろう。この幼馴染は、昔から気配を消す術に長けていた。そのせいで幾度驚かされたかわからない。
シギが扉に体を預け立っていた。
地下のここに窓はなく、灯りの数も減らしていたが、シギの銀の髪と、汚れのない真白な騎士団の団服は昼の陽のように明るく、暗さに慣れていたイスカは思わず目を細めてしまった。
持っていた羽ペンを置き、書きかけの羊皮紙はそのままに、シギに向き直る。
「騎士団はそんなに暇なのか、シギ。呼びもしていないのに団長自ら魔導塔へ来るとは」
「いやいや、猫の手も借りたいほどに忙しいよ。何せ今は国境の警備まで任されているからね。毎日国中をうろうろ。今日は束の間の休息だよ」
シギはひらひらと手を振った。もちろん、今騎士団に「暇」という言葉など欠片もないことはイスカも承知している。
本来、王を守護するために存在する王国騎士団は、現在そのほとんどが王のいるこの王都に在留していない。三ヶ月前、魔王に並ぶ驚異の出現の可能性が明らかとなってから、王の命により彼らは一般の兵とともに<深夜の森>付近の国境の守りを任されているのだ。
シギが「束の間の休息」と言ったことに嘘はないだろう。現にイスカがシギを見たのはひと月振りのことだった。
「まあでも、結局現在まで魔力の強い魔物の出現は確認できていないけどね。雑魚共の様子もこれまでと変わりないし。そっちではどうだい?」
「こちらもあれからさっぱりだ。森の魔力の波長も、今は揺らぎがまったくない。七日後に不思議とぱったり落ち着いてしまった。やはり波長の乱れはただの封印魔法発動時の副作用であったのかもしれん」
「へえ……なんだったんだろうね。でも、封印が破られたことは確かなんだろ」
「そうだ。それだけは、確かなんだ」
人類の未来を懸け挑んだ大事業であった。イスカも、自らの持てる魔法技術のすべてを注いできた。だが、破られた。
そのことに対する憤りも怒りも悔しさも愚かしさも、何もかも、わずかも衰えてはいない。
しかし、もうそのすべてがどうでもいいのだ。
見なければいけないのは、常に未来のみ。
「しかし、静かだね。他の魔導士たちは休憩中かい?」
シギが背を壁にもたれたまま、あたりを見回し呟いた。
「いや、休暇だ。こちらも騎士団と同じくこの頃は昼夜問わず働き詰めでな。他の者にはほんの数日だが、休暇を与えたばかりだ」
「そうか、丁度良かった。おれ、ここの魔導士たちがちょっと苦手でね。ほら、彼らはどうにも頭が固いじゃないか。嫌いではないが、話が合わない」
「ならばおれにも近寄らないほうがいいな。おれもおまえの言葉を借りれば頭が固いここの魔導士だ。確かに話が合った覚えもないしな」
「やだなあイスカ、そんなこと言っちゃって。おまえにはむしろもっと会いに来たいほどだ」
「勘弁してくれ、迷惑だ」
イスカはわりと本気で言っているのだが、シギはいつもそうとは受け取らない。だからこそ続いているこの関係だ。
腐れ縁とは厄介だと、イスカはいつも思っていた。
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