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琴子たちの家に石窯が完成したのは、ユーグに依頼してから二十日ほど経った晴れた日だった。
寝台の対角線上、琴子が普段魚をさばいている台の近くに作られた、長い煙突も付いた立派な石窯だ。家族でよく行ったイタリアンレストランに似たような石窯があったことを琴子は思い出す。シェフがそれでピザを焼くのをガラス越しに見られたのだ。
ユーグが人間の住む町で設計図を入手してきたのち、石工を得意としている森の住人たちが協力して拵えたものだった。
森の住人とはつまり魔物である。今まで家にユーグ以外の魔物を入れたことはなかったのだが、設計図を見て、自分で作るのは無理だと悟り、魔物たちが出入りすることを許可したのだ。
魔物に慣れてきたとはいえ、自分の家に異形が詰めかけている様子にはさすがに白目を剥いてしまった。
そのため作業中、琴子はそっと家を抜け出して食糧採集に勤しみ、採ってきたたくさんの果物や魚をお礼として皆に配った。魔物たちはとても喜んでおり、まあよかったかな、と琴子は思ったのだった。
家の片隅に突如現れた石窯に、アイは興味津々だった。まだ薪をくべていない空洞の中に顔を突っ込んでは、煙突の中を覗いたりしていた。
「コトコ、これ、何?」
「この中でいろんなもの焼いて、美味しいものを作るんだよ」
「おいしいもの……さかな?」
「お魚よりも、喜んじゃうかもね」
かつて独り暮らしをしていた琴子は、節約のために自炊を心掛けていた。
そのため料理は得意であるが、どちらかといえば主食や副菜よりも、お菓子を作るほうが好きだった。そちらのほうが食べるのも好きだからだ。
そしてお菓子の中でもとりわけ得意なものがひとつある。料理上手だった祖母直伝の、甘く幸せの詰まったお菓子だ。
ユーグの住んでいる大木から、アイと共によく熟れたりんごをいくつか収穫した。
その他にも小麦粉や卵、バター等――この世界にも元の世界と同じような生き物、食材が少なからずあるようだ――を、なんとか最低限必要な材料をユーグに頼んで用意してもらった。
下ごしらえをしてから、石窯の中にくべた薪に火を点ける。
アイが懸命に窯の中を覗こうとするのを慌てて阻止した。危ないからと叱ると、少ししょげていたが、元々聞き分けのいい子だ、無茶しようとはせずに距離を空けたところから眺めるようにしていた。
その石窯を利用し、アップルパイを作った。
りんごを甘く煮てバターをたっぷり使ったパイだ。
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