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「でも、やっぱり、ちょっともったいなかったけどね」


 地面に落ちている、長く白い髪を見下ろした。切り落とされてもやはり美しく、光り輝いてさえ見える。


「ねえアイ、今は短いほうがいいと思って切っちゃったけど、大きくなったら、また伸ばすといいよ」

「大きくなったら?」

「うん。わたしアイの髪大好き。こんなにも綺麗なんだもん」


 頭を撫でてやると、アイは丸い目を瞬かせて琴子を見上げた。

 そして、琴子に向かいおもむろに手を伸ばす。


「アイも、コトコのかみ、好き」


 少し屈んでやると、アイは指先で琴子の髪に触れた。アイとは違い、真っ黒の髪だ。学生の頃、地毛が茶色い友人のことを心底羨ましく思っていたくらい、琴子の髪は暗い黒だった。


「アイも、こうなりたい」

「わ、わたしにみたいに? わたしの髪は、真っ黒だよ」

「うん、アイ、好き。コトコのかみ、黒くてきれい」


 アイは、琴子自身があまり好きではない琴子の髪を、綺麗だという。

 愛らしく微笑む姿に、琴子は思わずつられてしまった。もちろん、何を言われようと琴子は自分よりもアイのほうが遥かに綺麗だと思うし、アイにはその綺麗な髪を大事にし続けてほしいと思う。

 だが今は、アイが素直に好きだと言ってくれることを、否定したくはなかった。

 それに、もしもアイの髪が本当に黒くなったとして――今の白い髪とはまったく違う色になったとして――それでもやはりアイの髪は、とても美しいのではないかと想像した。同じ黒髪でも、琴子とは違う、もっと深く艶やかで、魅せられるような黒髪になるのではないかと。


「でも、コトコ」


 アイが名前を呼ぶ。宝石のような瞳は一瞬たりとも逸らされることなく琴子のことを見上げていた。


「かみだけじゃないよ」

「ん?」

「アイ、コトコの全部、好きだよ」


 きつく腰元に抱きつく小さな姿。胸の奥に、じわりとあたたかさが込み上げる

 まさかこんな場所に来て、こんな思いを抱くことになるとは思いもしなかった。

 もしもひとりきりだったのならまともに生きてさえいけなかっただろう。もしかしたら、孤独と不安に耐えきれずに自ら命を絶っていたかもしれない。

 だが、アイに会えて希望を得た。

 そして、アイが純粋な愛情をくれるから、今はいつだって勇気を持てる。

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