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 アイを大きな石に座らせ、薄い布を肩に巻いた。アイは何をされるかよくわかっていないようだが、大人しく琴子の言うとおりにしていた。


「さて」


 長い白い髪を一房掴む。

 アイの髪は、腰よりも長く伸びていた。前髪も同様だ。本を読むときにはいつも耳に掛けており、目の端に落ちるのを直す仕草をよく見かけていた。

 切ってあげなければと常々思っていたのだ。少し……いや、とても、もったいなく思っているのだが。それでも、きっとこれからもっと活発になっていくだろうアイのことを考えると、思い切ってしまうべきだ。


「アイ、髪の毛、肩よりも短く切っちゃうけどいい?」


 木製の櫛で髪を梳きながら訊ねる。

 アイは自分の髪をくしゅりと触って「かみのけ? いいよ」と答えた。


「あっさり了承してくれるのね」

「別にいい。コトコのしたいふうにして」


 あっけらかんとアイは言う。思いのほか、自分の髪に執着がないようだ。琴子は苦笑いしながら、櫛を解き終わった髪を軽く指先で撫でた。


「本当は切りたくないんだけどね。アイの髪、すごく綺麗だしさ。こんなに真っ白な髪の毛見たことないもん。年寄りの白髪とは違うよね。なんだろう、本当に、混じり気のない純白っていうか」


 色が抜けたわけではない。初めから、どんな色にも侵されていない白だった。

 老化でなくとも、精神的な苦痛を受けると白髪になるというが、アイの髪は元からこの色なのだろう。これほど美しい髪を持った人間には、出会ったことがない。


「んー?」

「はは、せっかく綺麗なのにアイは興味なさそうだね」

「アイにはよくわからない」

「なるほどね。まあ、ならいいか。アイがそう言ってくれるならわたしも切りやすいよ」


 アイは首を傾げ、それからご機嫌な様子で前に向き直った。

 琴子はもう一度髪を撫でてから、はさみの刃を髪に当てた。


 散髪は、思った以上にうまくいった。もちろんそこここに怪しい箇所は少なからずあるが、人の髪なんて切ったことがない素人の仕上がりと思えば、なかなか上出来だと思う。

 長かった髪はうなじが見えるまで短くし、前髪も眉毛の辺りで切り揃えた。以前は一見すると女の子のようであったが、今なら中世的な顔立ちの美少年に見える。おまけに見るからに賢そうだ。

 アイは、すっきりした首元に落ち着かない様子だった。

 丸出しになった首筋を触っては、なんとも言えない顔をしている。


「どう、アイ?」

「くびスースーする」

「そのうち慣れるよ。ほら、これだったら、本読むときに邪魔じゃないでしょ」


 アイは琴子の仕草を倣い、顔を下向けた。

 そうして髪が落ちてこないことを確認し、満面の笑みで琴子を見上げる。


「本、かくれない!」

「そうでしょ。これで読みやすくなるから、ユーグに頼んで、もっといっぱい本持ってきてもらおうね」

「うん!」


 アイの嬉しそうな顔を見て、琴子はほっと一安心した。

 嫌がったらどうしようかと思っていたが、これなら切った甲斐があったというものだ。

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