-5-

「それよりコトコよ、そろそろぬしに魔法の使い方を教えようと思うのだが」


 原始的すぎる漁を眺めていたユーグが言う。琴子は手首で前髪を払いながら、ユーグを見上げた。


「ねえ、それ教えてもらえば本当に使えるようになるの? わたしでも?」

「ぬしの中に、魔力は確かにある。我らは到底及ばぬほどの大いなる魔力が。ならばその扱い方……体からの出し方を知ればいいだけのこと。魔法を使えるようになれば、自ら火を熾すことも、空を飛ぶことも、そして労せず魚を捕まえることもできるようになるぞ」

「な、なんだって……空まで飛べるの?」

「ぬしの魔力は大変珍しい<てん>の魔力を持っている。浮遊魔法はとくにうまく扱えるはず」

「<天>?」

「<天>はすべてに通ずる魔力。どんな魔法も難なく使いこなせる。たとえば森の眷属は、火の魔法はあまり得意ではない。だから我は火の魔法は、小さな炎を灯すことくらいしかできぬ。だが<天>の持ち主のコトコならばどんなことでもできよう」

「なんと……」


 琴子はすでに、ユーグの使ういくつかの魔法を目の当たりにしていた。

 薪を燃やすために小さな火を指先から灯したり、重い物を触れずに持ち上げたり。人里へ行くときは姿を消しているというから、それも魔法のひとつだろう。

 苦手分野は小さな炎を灯すことしかできない、とユーグは言ったが、琴子にとってはそれだけでも十分すごいことだった。それが自分で行えれば、それはもう、生活が便利になるに違いない。


「や、やってみようかな」

「ほう。では早速明日から始めよう。何、そう難しいことではない」

「うん。なんか、できる気がしてきた」


 琴子はぐっと両手のこぶしを握る。

 そのとき足を突いた小魚は、やはり逃がしてしまった。


 魚との死闘を繰り広げ、どうにか夕飯分を手に入れ家に戻った。静かに読書をしていたアイは、琴子が戻ったことに気づくと、顔を上げ笑顔を向けた。


「おかえりコトコ」

「ただいま。お魚いっぱい取って来たからね」

「ヒモノ」

「干物にもするけど、干物ばかりじゃ面倒だから焼き魚にもしようよ。枝に刺して塩振って食べると美味しいよ」


 獲った魚をびくから大きな桶に移す。元気よく暴れ脱走する個体も、すかさず掴んで桶の中へと投げ入れた。

 逞しくなったな、とつくづく思う。元の世界にいたときは、生きた魚を触ることなどそうなかった。


「よし。じゃあこれは夕飯の時間になったら焼くとして……アイ、ちょっと外に出ようか」

「どこか行くの?」

「行かないけど、外でやりたいことがあって」

「何するの?」

「実はね、ユーグに頼んでた物がようやく届いて……じゃーん、これが何かわかる?」


 琴子は麻袋から取り出したものを右手に掲げる。しゃきん、と音を立てる銀色のそれを、アイは目をぱちりと開いてまじまじと見つめた。


「……はさみ?」

「おお、すごい、正解!」

「本にかいてあった」

「なるほど、さすがアイ、賢いね。天才!」


 頭を撫でると、アイはくすぐったげに身を捩った。

 真っ白な髪がさらりと流れて細い肩の上を滑っていく。


「はさみ、何に使うの?」

「えっとね……」


 琴子はかっこつけてはさみを構える。


「琴子美容室開店です」


 アイが、きょとんとした顔をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る