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「それよりコトコよ、そろそろぬしに魔法の使い方を教えようと思うのだが」
原始的すぎる漁を眺めていたユーグが言う。琴子は手首で前髪を払いながら、ユーグを見上げた。
「ねえ、それ教えてもらえば本当に使えるようになるの? わたしでも?」
「ぬしの中に、魔力は確かにある。我らは到底及ばぬほどの大いなる魔力が。ならばその扱い方……体からの出し方を知ればいいだけのこと。魔法を使えるようになれば、自ら火を熾すことも、空を飛ぶことも、そして労せず魚を捕まえることもできるようになるぞ」
「な、なんだって……空まで飛べるの?」
「ぬしの魔力は大変珍しい<
「<天>?」
「<天>はすべてに通ずる魔力。どんな魔法も難なく使いこなせる。たとえば森の眷属は、火の魔法はあまり得意ではない。だから我は火の魔法は、小さな炎を灯すことくらいしかできぬ。だが<天>の持ち主のコトコならばどんなことでもできよう」
「なんと……」
琴子はすでに、ユーグの使ういくつかの魔法を目の当たりにしていた。
薪を燃やすために小さな火を指先から灯したり、重い物を触れずに持ち上げたり。人里へ行くときは姿を消しているというから、それも魔法のひとつだろう。
苦手分野は小さな炎を灯すことしかできない、とユーグは言ったが、琴子にとってはそれだけでも十分すごいことだった。それが自分で行えれば、それはもう、生活が便利になるに違いない。
「や、やってみようかな」
「ほう。では早速明日から始めよう。何、そう難しいことではない」
「うん。なんか、できる気がしてきた」
琴子はぐっと両手のこぶしを握る。
そのとき足を突いた小魚は、やはり逃がしてしまった。
魚との死闘を繰り広げ、どうにか夕飯分を手に入れ家に戻った。静かに読書をしていたアイは、琴子が戻ったことに気づくと、顔を上げ笑顔を向けた。
「おかえりコトコ」
「ただいま。お魚いっぱい取って来たからね」
「ヒモノ」
「干物にもするけど、干物ばかりじゃ面倒だから焼き魚にもしようよ。枝に刺して塩振って食べると美味しいよ」
獲った魚をびくから大きな桶に移す。元気よく暴れ脱走する個体も、すかさず掴んで桶の中へと投げ入れた。
逞しくなったな、とつくづく思う。元の世界にいたときは、生きた魚を触ることなどそうなかった。
「よし。じゃあこれは夕飯の時間になったら焼くとして……アイ、ちょっと外に出ようか」
「どこか行くの?」
「行かないけど、外でやりたいことがあって」
「何するの?」
「実はね、ユーグに頼んでた物がようやく届いて……じゃーん、これが何かわかる?」
琴子は麻袋から取り出したものを右手に掲げる。しゃきん、と音を立てる銀色のそれを、アイは目をぱちりと開いてまじまじと見つめた。
「……はさみ?」
「おお、すごい、正解!」
「本にかいてあった」
「なるほど、さすがアイ、賢いね。天才!」
頭を撫でると、アイはくすぐったげに身を捩った。
真っ白な髪がさらりと流れて細い肩の上を滑っていく。
「はさみ、何に使うの?」
「えっとね……」
琴子はかっこつけてはさみを構える。
「琴子美容室開店です」
アイが、きょとんとした顔をした。
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