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 ◇


 家には、屋根の下の寝床の他に、木を切り作った机と、果物をはじめとした食料、それからユーグが町から盗んで来たいくつかの道具や書物、服などが置かれていた。

 この家ができて数日、だんだんとまともな家らしくなってきている気がする。


 川で魚を獲る術を会得したので、日持ちするよう、日当たりのいい台地の上を利用して干物を作った。おばあちゃんの知恵というのは本当に大事だ、と琴子は改めて思った。面倒臭がらずに干し方の話を根気強く聞いていて正解だった。まさか実践する日が来ようとは、夢にも思っていなかったけれど。

 初め、アイは魚の干物を気味悪がっていた。

 だが一度無理やり食べさせたら気に入ったらしく、今では好物のひとつになっていた。琴子が獲ってきてさばいた魚を自分から干しに行くほどだ。白米があればもっと美味しいから一緒に食べさせてあげたい、と琴子は思うのだが、さすがに今のところ米は手に入っていなかった。


 アイはよく、壁に寄りかかって本を読んでいた。読書は彼の最近の日課だ。

 意外にも、アイは文字が読めるようだ。言葉が拙いしまともな教育など受けていないと思っていたのだが、一体どこで学んだのだろうか。

 アイがこれまでどのような育ち方をしてきたのか気になるが、アイに訊いてしまったら、嫌なことを思い出させてしまいそうで、訊ねることはできなかった。


 アイとは逆に、琴子にはこの世界の文字がまったく読めなかった。喋っている言葉はわかるのに、不思議なものである。一度勉強してみようと本を捲ってみたのだが、三分と持たずに閉じてしまった。琴子はそれ以来、本には一切手をつけていない。

 琴子の毎日の仕事は、もっぱら家事と、美味しい果物の捜索と、川魚との対決である。


「ねえユーグ。石窯ってわかる?」


 川の中に仁王立ちし、川面を睨みながら背後にいるのだろう魔物に訊ねる。

 以前に頼んでいたある物を持って来てくれたユーグは、ふよふよと浮きながら、必死に魚と戦う琴子の姿を眺めている。


「知っている。火の熱を利用し食物を調理するための設備だろう。人の町で見たことがある」

「そうそう。よかった、こっちにもあるんだね。それを家に作りたいんだけど、できると思う?」

「ふむ。できないことはない」

「わたし、それを使ってアイに作ってあげたいものがあってさ」


 火はユーグが魔法で熾してくれるから扱うのが楽だ。だが今の環境では、鍋を火にかけることくらいしかできない。せっかく食料がそれなりに集まるのだから、もっと工夫できる設備があればと、最近考えていたのだ。

 石窯があれば何かと幅が広がるだろう。もちろん使ったことはないから扱いきれるか不安だが、さすがに便利な家電製品などはないようだから、なんとかするしかない。


「任せておけ。アイのためとあらば力を惜しまず協力しよう。力仕事が得意な魔物もいる」

「あ、そう……皆さんによろしく言っておいて」

「ああ」


 そのとき、琴子の脛を何かが突いた。慌てて両手を水の中に突っ込む。が、魚は逃げてしまい空振りに終わった。

 琴子は手についた水を払いため息を吐く。魚を獲るのにも慣れては来たが、失敗することのほうが遥かに多い。技術がない分、根気強さが必要だった。

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