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「あ、あとユーグ、もうひとつ頼みがあるんだけど聞いてくれる? これは別にすぐにじゃなくてもいいから」
「なんだ」
「えっとね……」
ユーグに頼みごとをしたところで、洞窟内から足音が聞こえてきた。振り向くと、アイが暗闇から駆け足で現れた。おつかいを終えて来たのだろう。
「コトコ、これどう?」
「ありがとうアイ、ばっちりだよ。ねえ見て、こっちも完成したよ!」
アイの持ってきたものを受け取った琴子は、今しがた完成したばかりの寝床を手で示す。
「これ何?」
「ベッドだよ。今日からはここで寝るの。ふたりでごろんって横になって、すがすがしい朝を迎えるのだ!」
「ねる? ねるとこ?」
「そうだよ。時々ちょっとずつ大きくしてさ、そのうちキングサイズにしようね」
「うん」
意味はわかっていないだろうけれど、アイは嬉しそうに頷いた。琴子はアイの頭をひとしきり撫でてから、アイが持ってきたもの――大きくて表面のつるんとした石を、机代わりの丸太に置いた。そして、集めた木の実をすり潰し作った絵の具で、その石に文字を書いていく。
「それ、なに?」
「名前だよ。これがわたしので、右のがアイの名前ね」
「コトコのが、線がいっぱい」
「わたしの名前は漢字だからね。アイはカタカナのほうが綺麗だから、線は少ないけどこれでいいの」
「カタカナ?」
アイは首を傾げながら、琴子が指でぎこちなく記した文字を見つめていた。
ユーグも頭上から覗き見て「なんの記号だ?」と訝しげに目を細める。
「わたしの国の文字だよ」
「なるほど。へんてこだな」
「あんたの存在よりはましだよ」
書き終えた琴子は片手に石を抱え、もう片方の手でアイの手を掴んだ。
「さあアイ、外に行くよ」
洞窟には、
洞窟を抜ければ変わらず深い森が広がっている。ほんの数日前までは不気味さしか感じなかったこの森が、今はどこか穏やかに見え、親しみさえ感じた。
琴子は、洞窟の入口付近にあった岩の上に、転がらないように気をつけながら石を載せた。そっと手を離すと、石は落ちずにどっしりと構え、ふたりの名前を周囲へ示していた。
『琴子 アイ』
我が家の表札の完成だった。
「コトコ、これ何?」
「アイとわたしの家はここですよっていう目印」
「めじるし?」
「そう。いつだってちゃんとわたしたちの家がわかるようにね」
言霊というものがある。言葉や文字には見えない力が宿っていて、発するだけで、お守りになったり、強く縛る枷になったりするのだ。
琴子はそういった類のことを信じていたわけではないが、気休めくらいにはなるだろうと思っていた。
こうして、自分たちの家であると文字にして記すことで、この場所が自分たちを守る、確かな場所になるようにと。
(わたしたちの居場所のないこの世界で、ここがきっと居場所になるように)
魔物や魔法といった摩訶不思議なものが当然のように存在する世界だ、きっと言霊も、強く働くに違いない。
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