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「心当たりがあるようだな、イスカ」


 王の問いに、はい、と絞り出したイスカの声は掠れていた。かすかに振るえた指先で、額に掻いた玉のような汗を拭っていた。

 明らかに尋常ではない様子だ。だが瞳だけはいつもと同じく強い意思を湛えたまま、王を真っ直ぐに見上げていた。


「<深夜の森>の様子を監視している者たちから、数日前より、森から出る魔力の波長の変化が著しいと報告がありました。封印を行った日からのものであったため、我々の魔法による影響かと考えておりました。実際に魔法の発動によりあの土地の環境に変化を及ぼしていた……ですが」

「強大な魔力を持つ魔物が現れ、その魔力が森全体に影響を与えている、と」

「此度のことを考えれば、大いにあり得ることです」

「待ってくれよ」


 シギが口を割って入ると、王とイスカの目が同時にシギに向いた。シギは目元を押さえ、必死に、困惑のひとつひとつを拾い上げていく。


「だから、どこにそんな魔物がいると言うんだ。仮にいたとして、一体どこから来た? そして、どうしてそいつは封印を解いたのち、おれたちを襲いに来ない?」


 こちら側の魔力を結集しての魔法を、いとも容易く消し去ることができるほどの魔物だ。ともすればこの国など簡単に焼き尽くされてしまうかもしれない。いや、そうに決まっている。

 だが、これまでどおりの小物による被害はあっても、それ以外の報告はない。国境の町も無事だ。なぜその魔物は、大人しく森に潜んでいる?

 たとえば封印を解き、を喰らってより強い力を得ようとしたならば。その力を誇示するため人の国を襲っていてもおかしくない。

 助け出すことが目的であるのだとしたら……やはり、封印の術を施したこの国の人間を放っておかないだろう。二度とこのようなことが起きぬよう、邪魔な存在である我らを滅ぼしに来るはずだ。

 しかし王都どころか<深夜の森>に近い町にもそれらしい存在は現れていないのだ。


「不可解なことがいまだ多いな。考えられるとすれば、封印を解くのに魔力を使い果たしたか。そもそもこの国に攻め入るほどの力はなく、術を解くのに特化した者であるか。いや、まず、その存在自体もまだ確証があるわけではないが」


 王が息を吐き、瞼を閉じた。


「だがそれは、何ひとつ重要ではない」


 ふたたび開いた瞳に、強い光が宿る。


「我らが今危惧すべきことはただひとつだ。すべての元凶たる大いなる悪がふたたびこの世にはびこること。それを阻止することこそが今は使命だ。失敗を嘆いている暇はない。失敗したのなら、もう一度繰り返せばいいだけだ」


 王の言葉に、イスカとシギは居住まいを正し、短く肯定の返事をした。

 そうだ、我らに過去を悔やむ時間などないのだ。

 ただ前進し続けるしかない。

 絶望する暇などなく、希望だけを持ち、何度でも、終わりのときまで、立ち向かっていくしかないのだ。この偉大なる王と共に。

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