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 質素、という言葉が似合う、一国の主の部屋とは思えない場所だった。現王がその座に就任したときに、無駄な装飾品は一切排除し、必要なもののみをその場に揃えたのだ。


「シンレイ王陛下」


 イスカとシギは揃って跪いた。埃ひとつない紺碧の絨毯が目に映る。この部屋の主は、自らの手で私物の掃除をするのが好きだった。

 幼い頃よりそうだ。侍女や側近にはさせずに、なんでも自らで身の回りのことを片づけた。まだろくに王家に仕える者としての自覚を持っていなかったイスカとシギも、それを遊び半分で手伝っていたことを憶えている。


「良い。楽にしろ」


 声が聞こえ、顔を上げた。

 見上げる先には、豊かな金の髪をひとつに結わえた青年が立っていた。イスカやシギと変わらない歳だ。一国を纏める者としてはまだ随分と若い。

 だが、現イシュガン国王、シンレイ王は誰もが認める英傑だった。

 その才と見目から、彼のことを<太陽王たいようおう>と人々は呼ぶ。後継ぎとなる王太子も先日生まれ、この者の治める国であれば不安はないと、民たちは口を揃えて言った。


「何かあったか」


 王の問いに、イスカがわずかばかり顔を顰める。


「遠回しに話をしても埒が明きません。率直に申し上げます。実は、……例の封印が、解けたようなのです」

「はあ!?」


 王の眼前であることも忘れ、シギは声を上げた。普段であれば大抵のことには動じずにいられる自負がある。イスカのこの発言は、それほど衝撃的なことであったのだ。


「封印って、アレのことだよな。解かれたってどういうことだよ。アレは、おまえら魔導士団の自信作じゃなかったのか」

「黙れ。だからおれたちも焦っているんだ。どうしてこんなことになったのか」


 そこで、同時にはっとし、慌てて口をつぐんだ。王に向かい頭を下げる。


「構わない。おまえたちの口の悪さと煩さには慣れている。イスカ、続けろ」


 王は表情を変えないままだった。イスカはシギを一睨みしたあと、再度口を開く。


「陛下もご存じのとおり、あの封印は遠隔魔法により常に状態を把握できるようにしてありました。封印を恒久のものにするため些細な異常も見逃さないよう、細心の注意を払い観察していたのです」

「実際にこれまで、異常は無かったな」

「仰るとおりでございます。我ら魔導士団の英知を結集した魔法は、わずかな綻びもございませんでした。しかし突然……本当に突然、見事とも言えるほどに、綺麗に魔法が解かれてしまったのです」


 イスカは、悲痛な面持ちを隠すことができずにいた。

 知らず噛み締めた唇が、白く血の気を失っていた。

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