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◇
真紅の絨毯の敷かれた長い廊下を、真っ直ぐに向かってくる者がいた。
シギは、顔がはっきりと見えるよりも前から、その者が誰であるか気づいていた。
廊下に並ぶ騎士たちの一礼には目もくれず、普段の静かな足取りとは違う乱雑な歩みで、その青年――イシュガン王立魔導士団の魔導士、イスカ・シュレンは、こちらに向かってやってくる。
イスカが真っ直ぐに向かう……シギが守っている廊下の最奥には、扉があった。
木製の扉は瑠璃色に塗られ、銀で装飾された、豪奢な扉だ。
「首席殿、それほど急いでいかがした」
目前まで来たイスカに、シギは声を掛けた。
「陛下へお伝えしたいことがある」
「陛下へねえ。使いも出さずに、首席殿が直接?」
シギの纏う純白の団服は、王国への忠誠と、正義のもとに民を守護する誓いを表している。王国軍に属する兵士の中でも、王に任命された騎士の名を持つ者のみが着用することを許された色であった。
反してイスカの纏う、魔導士たちの制服でもある外套は、この世の夜を搔き集めたかのような漆黒をしている。
華のある騎士様とは違うのだ、とイスカは自虐気味に言うが、イスカの稀な濃藍の髪と相まって、神秘的で美しい雰囲気を纏っているとシギは思っている。
「騎士団長殿。緊急事態である。王陛下への謁見を許可されたい」
扉の前に立ったイスカは、やや苛ついた様子で、自分より幾分も背の高いシギを見上げる。
「あらら、首席殿がそれほど焦るとは珍しいこともあるものだ」
「いい加減にしろシギ。緊急事態だと言っているだろう、時間が惜しい」
シギはひょいと片眉を上げた。イスカのいつもと違う様子に、興味深げに口元を歪める。
「そうだな、おれの同席を承諾するなら、扉を開けてやる」
イスカはわずかに頬を引きつらせた。射るように見上げていた視線を落とし、額に手を当て深い息を吐く。
「構わない。どうせおまえにも……騎士団や軍にも早急に報せなければいけないことだ。陛下もお許しになるだろう」
「なるほど。本当に緊急事態のようだな」
「だからそう言っているだろうが」
イスカが睨むと、シギはおどけた調子で笑んで見せた。だが寸の間ののちには、その表情を、国を己の身と剣で護り抜く、王国騎士の勇ましい顔つきへと変える。
「常にそう引き締めていればいいものを」
「そしたら皆が恐がるんだよ」
「上に立つ者など、恐れられるくらいでちょうどいい。おまえはへらへらしすぎなんだ」
「ああ、イスカは恐すぎるって、魔導士たち言ってるもんね」
イスカがじろりと睨んだところで、イシュガン国王の執務室へ続く重い扉が開かれた。
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