-15-

 洞窟の中は肌寒く、外から見た通り、やはり目の前に掲げた自分の手さえ見えないほどの暗闇だった。

 時折天井から水滴が落ち、そのたび「ひっ!」と声を上げた。さらにその水滴が首筋に触れると、琴子は洞窟中に叫び声を轟かせた。


「コトコ、やかましいぞ」

「だ、だってぇ……」

「コトコ、大丈夫?」

「だ、大丈夫だよアイ。アイも気をつけ痛っ!」


 ごちんと額が音を立て、骨まで衝撃が響いた。もう頭をぶつけるのは何度目だろうか。前を行くユーグの声と、洞窟の側面を頼りに手探りで進んでいるが、もう何度も岩肌と衝突したり、蹴躓いて転んだりを繰り返していた。


「いてて……」

「また頭をぶつけたのか、憐れ」

「憐れとか言ってないで、危ない場所があれば教えてよ。そもそも、なんでユーグはぶつからないの?」

「これくらいの暗闇で見えなくなるような目ではない。コトコも、人の脆弱な視力では見えぬだろうが、灯りをともす魔法か闇を見る魔法でも使えばよいだろうに」

「魔法なんて使えないって言ってるじゃん。あ、そうだ、アイは大丈夫?」

「大丈夫」


 暗闇の中でアイを探す。声のしたほうに手を伸ばしてみるが、その自分の手さえ見えないのだ、アイの姿などどこにも確認できない。


「アイ、どこ?」

「ここ。コトコ」

「あ」


 指先に小さな手が触れる。琴子は、恐らくアイがいるのだろう暗闇を見ながら、自分のよりも遥かに小さな手をぎゅっと握る。


「よくわたしの手がわかったね?」

「わかった。コトコの手」

「そっかそっか。ありがとね」


 手を繋いでは、転んだときにアイを道連れにしてしまうだろう。そうならないよう、より慎重に足を踏み出す。

 行く先はまだ真っ暗だ。この洞窟は一体どこまで続いているのだろう。

 どこへ、続いているのだろう。


「ユーグ、先はまだ?」

「もうすぐだ。見ろ、見えてくるぞ」

「え?」


 その瞬間。

 視界に光が射した。暗闇に慣れた目にはわずかな明かりも眩しく、琴子は咄嗟に手をかざした。


 そして辿り着いた明かりのもとで、息を呑んだ。

 長い洞窟の先には、岩壁に囲まれた、円形の空間があった。

 岩壁はまるで削り取られたかのように、綺麗に円柱型の空間を作り出しており、遥か頭上には、やはり丸く切り取られた、それは美しい青空が見えていた。


「何、ここ」


 自然にできたとは思いにくい空間だ。

 だが、何者かが現在ここで暮らしている様子もなく、そもそも、自然にできたとは思えないが、かと言ってこれを人の手でつくったとも思えない。

 ……いや、魔物の手ならばできるのだろうか。

 たとえば、強い魔法を使えるような、ものならば。


「だから、ここは、かつて魔王が生まれたとされる場所である」

「……それ冗談だよね?」


 ユーグは意味深な視線を投げ、ふよふよと上部の穴へと飛んでいく。

 琴子はそれを見送ってから、もう一度、立っている空間を見回した。

 広さは申し分ない。円の直径は琴子の足で十歩分ほどはあるだろう。天井はないが、布を張れば雨も凌げる。出入り口は上部の穴と洞窟のみ。岩壁に囲まれている分、この外で野営を張るよりは安心できるはずだ。


(魔王が生まれたとかなんとかっていう噂は、置いておいて)


「どうする?」


 隣に立つアイに問いかける。

 アイは、瞬きもしないまま琴子を見上げ、


「アイ、コトコとここ、住む」


 そう言ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る