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住処よりも先に水場を見つけた。藪の上をすいすい飛んでいくユーグを追い、獣道すらない藪の間を必死に掻き分け、やっとの思いで通り抜けた先にその場所はあった。
さして大きくはない泉だ。だが、空を覆い隠す木の枝も泉の中央までは届かず、真昼の太陽の日差しが、水面を淡く幻想的に照らしている。
「すごい……この森には、こんなところがあったんだ」
「水の在る場所は我ら森に住むものにも特別。封印の影響が消え、ふたたび水が湧き出し、皆安堵している」
「え、他の魔物、来ないよね?」
「隠れて様子を窺っているものは何体かいるが」
「あ、そう……まあ隠れてるならいいや。これで久しぶりに体を洗える!」
今すぐ着の身着のまま飛び込みたい衝動に駆られた。
何せこの森へとやって来てから水浴びすらしていないのだ。だが、アイの前でそのようなことはできないと、わずかな理性が踏みとどまらせた。
「アイ、お風呂に入れるよ」
藪の中もはぐれずきちんと付いて来たアイは、自分の着替えを宝物のように抱えたまま、大きな目を見開いて泉を見つめていた。
(あ……)
琴子は、長い睫毛に守られたアイの瞳を見つめる。
色がまた変わっている。黄色よりも濃い、橙だ。
アイは元々大きな丸い目をさらに見開きながら、光の当たる水面を見つめていた。
「……アイ?」
思わず顔を覗き込み、声をかける。
すると、アイは勢いよく振り向き、空いていた手で泉を指さした。
「コトコ! おっきい水!」
羨ましいほどに白い肌が、頬の部分だけ赤くなっていた。
森を歩いてきたせいで火照っているわけではないのだろう。
「こんなにたくさんの水を見るの、初めてなの?」
「うん」
「そっか。これは泉って言うんだよ。水が地面の下から湧いている場所」
「いずみ」
琴子はアイの手を引き、水際まで連れて行く。
しゃがんで水面に手を伸ばすと、指先にとろりと柔らかな冷たさが触れ、徐々にその心地よさが広がっていった。
水を掻き混ぜれば、穏やかな表面に波紋が模様を描く。
アイはきらきらと目を輝かせながら、小さな波が遠くへと走っていくのを見つめていた。
「ほら、アイも触ってごらん」
促すと、アイは少し不安そうな顔をしながらも、恐る恐る片手を水へ入れた。
「つ、つめたい」
「そうだね。見て、底の石ころが透けて見えるよ。綺麗な水だねえ」
「きれい?」
「よし、それじゃあ」
立ち上がると、アイがきょとんとした顔で見上げた。瞳は琥珀のような橙色をしたままだ。
「アイ、大切な服はそこに置いて、それから着ている服は脱いじゃって。今から、お風呂に入るよ」
「おふろ?」
「体を綺麗にして、すっきり気持ちよくなるの」
琴子は、着ていたパーカーとジーンズを脱ぎ捨て、下着も勢いですべて外した。
野外で裸になることなど初めてのことだ。恥じらいは少なからずあるが、どうせここにいるのは子どもと魔物のみである。減るものでもない。
「ユーグ、誰か人が来ないか見ててよね」
「人は此処へは来ぬ」
「それ以外のものも来ないか見張ってて」
「森の魔物は近づきはせぬ。遠くから見ているだけだ」
「それもちょっとあれなんだけど」
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