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◇
今日やるべきことは、昨日のうちに決めていた。
自分の分の着替えを大事そうに抱えるアイに向かい、「いい?」と琴子は人差し指を立てる。
「今日やることはふたつ。ひとつ目は体を洗って服を着替えること。それからふたつ目は、住む家を見つけること」
「いえ?」
「そう。いつまでもこんなところで野宿じゃ嫌だからね。せめてもう少し、住処にできるような場所を探さないと」
昨日まではそれどころではない日々を送っていた。だが今は、心にある程度の余裕ができている。だから、こんな場所であっても、少しでも人間らしい生き方を取り戻したいと思っているのだ。
幸いある程度の生活物資はユーグに頼めば調達できそうだから、拠点さえ確保すれば安定した暮らしができるかもしれない。
「広い水場であれば場所を知っている。この近辺を見回った様子からして、恐らくその泉も元に戻っているだろう」
近くはないが遠くもないということなので、泉までユーグに案内してもらうことにした。アイが長距離を歩けるかどうか不安だが、荷物は服以外にないのだし、疲れたら負ぶってやればいい。アイの体重くらいならなんとかなるだろう。
「アイは、家にできそうな洞穴とかを探して、見つけたら教えること」
「わかった」
「わたしも一緒に探すからね。あと、水場を見つけて着替えるまで、その服を大事に守ること」
「わかった」
アイが両手に抱えた服をぎゅっと抱き締める。
小さな頭をよしよしと撫でてから、服を持っていないほうの手を取って自分の手と繋いだ。
見る景色はどこもかしこも変わらないのに、ユーグは迷うことなくどこかへ向けて進んでいた。
場所がわからなくならないのか訊ねると、「我らは人と違い、視覚のみで場を認識しているわけではない」と言われた。たぶんイルカが海で迷わないのと同じだろうと、琴子は解釈した。
アイは、懸命に琴子たちに付いて歩きながら、しきりに辺りを見回していた。家を探すという琴子の言葉を守っているようでもあり、単に、この広大で深い森の様子を隅々まで窺っているようでもあった。
意外なことに、アイの足取りはしっかりしていた。すっかり衰弱しきった痩せた体であったはずなのにまるでそうとは感じさせない。
驚いたが、嬉しい誤算である。アイが元気なことに越したことはない。
「アイ、大丈夫? 疲れたらすぐに言うんだよ」
「大丈夫」
緑色の丸い瞳がこちらを見上げながら頷く姿に、琴子は思わず見とれてしまった。
そのせいで躓きかけ冷や汗を掻きながら、アイを気にするよりも自分が気をつけなければ、と思うのだった。
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