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「あ、あと、アイのことをその<蒼穹の君>って呼ぶのやめて。アイっていう名前を付けたんだから」

「ふむ……<蒼穹の君>自身もその名を認めていたようであるし、承知した」


 どこまで持つかはわからない。だがとりあえず、帰れる日まで、ここで生きる覚悟ができた。

 ひとつめのりんごを綺麗に丸かじりして、芯を遠くへ投げ捨てる。ユーグが「そうすれば自然に還り、大地の礎となる」と言っていたので、行儀の悪さには目を瞑ることにする。

 咀嚼したひと欠けらを飲み込んだ。空腹を感じない胃の中へ、でも食べ物は、しっかりと送られていく。


 なんとはなしに、左手の甲を見つめてみた。傷だらけだった。

 昨日までに負った小さな擦り傷や切り傷が、今もいくつも残っている。まだ皮がむけたままの場所、乾いた血がついた場所、かさぶたになり始めている場所、治りかけている場所。

 疲労が溜まりにくくなっていること、そして空腹を少しも感じないことから、もしかしたらこの世界の環境の一切が琴子の体に何の影響も与えないのではと考えていたこともあった。

 しかし怪我は負い、治り具合もごく普通であり、怪我した部位は確かに痛む。

 つまり、決して不死身の体や超人の肉体を手に入れたわけではないのだ。ただほんの少しだけ、休んだり食べたりをしなくても大丈夫になっているだけで。

 この現象の理由については、さすがにユーグにもわからないだろう。

 実際のところ、この森のことよりも自分に起きたことについてを知りたいのだが、贅沢は言っていられない。元の世界に戻ったときに体も戻っていればそれで文句なしだ。


 琴子は山盛りの果物にまた手を伸ばす。

 りんごの次に、バナナのような果物を手に取った。皮を剥いた中身は、半透明のゼリー状の物体であり、決してバナナではなかった。

 ぶよぶよした物体を齧りながら、少し離れた場所で浮いているユーグへ、暇潰しがてら問い掛ける。


「ねえ、この世界の人間ってさ、どんな感じ?」


 丸い目玉がゆっくりと一度瞬きをする。


「どんな感じ、とは」

「いや、どういう文化があるんだろうって。どういうふうに生活してるのかな、とか」


 王国と言うからにはそれなりの文明があるのだろう。

 この世界の人間には、アイを置き去りにしたという悪い印象しか抱けていないが、そのような人間ばかりではないのだろうことも理解しているつもりだ。


「どういうふうに、か」

「たとえば、魔物と人との関係性とか」

「ふむ」


 とユーグは緑の毛に隠れた口の中でつぶやく。

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