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 昨日、この世界のことをユーグから少し教えてもらった。

 この世界には、魔物や魔法という、これまで物語の中でしか存在し得ないと思っていたものが実在する。魔物と人とは遥か昔から対立しており、共存を望むことはできなかった。

 人の住む王国と隣り合わせながら人のほとんど立ち入らない緑深いこの森は、<深夜の森>と呼ばれる、多くの魔物が棲む場所であった。

 この森より西側には人の住む国がいくつもあり、東には獰猛な魔物が蔓延る魔境が広がっているのだという。よって<深夜の森>は魔物と人の世界の境界と呼ばれることもあった。


「本当にはっきりと互いの種族の世界が別れていたならば争いも起きぬがな。元はこの森より西も広く魔物だけの土地だった。そこに人が町をつくった。森を出れば、混沌が広がっている」


 だから、この森にさえいれば穏やかに過ごせる。とユーグは言ったが、人間である琴子にとっては、周囲に魔物しかいないらしいこの場の環境のどこにも穏やかさなど感じなかった。

 琴子はこれまでにユーグとアイ以外の生き物には出会わなかったが、実は遠くから近くから、様々な魔物が様子を窺っていたようだ。

 それを聞いてゾッとした。生き物の気配を一切感じないと思っていたのだが、本当は多くの魔物が琴子のそばで息を潜めていたのだ。想像しただけでぶつぶつと肌が粟立つ。

 しかし、むしろ怯えていたのは魔物のほうだとユーグは言った


「どこからか現れた、強大な魔力を持った人の子。得体の知れぬ存在を皆訝しがっていた」


 得体の知れないものに「得体が知れない」と恐れられるのはいかがなものだろう。

 しかし言われてみれば確かに、この場において何よりも異分子なのは琴子に違いなかった。

 強大な魔力、という部分についてはよくわからないが、突然現れたのは事実であろうし、本来ならこの森にいるべきではない存在であるのだろうことも自覚している。


「ぬしが我らに害を為すならば抵抗も已むなし。しかしその様子が窺えぬならば、暫く様子を見ることにした。人は、ここを恐ろしい魔物の森としてほとんど近付かぬが、ここの物らは――森の眷族は本来、人を襲うことはないのだ」


 この世界の「魔物」と呼ばれる生き物は、自然から生命を得て生み出されるものであるとユーグは説明した。

 ユーグのように森の緑から生まれた魔物は<森の眷族>、大地から生まれた魔物は<地の眷族>などと呼び、それぞれの持つ本質にも違いがあるのだという。


 魔物の中には、人々が恐れるように、知性が乏しく凶暴だったり、人を襲うのを好むようなものもいるらしい。

 だが森の眷族は――ユーグ曰くではあるが――魔力も知性も高く、人を襲うなどという野蛮なことは決してしないとのこと。知識欲を満たし、気ままに自由に生きることこそが彼らの生において最も重要なことなのだそうだ。


「だが先日、多くの人がこの地に足を踏み入れ、穢していった。そのようなことがあったばかり。たったひとりであるとは言え、ふたたびこの森へやって来た人を我らが警戒するのも無理はない」


 先日というのは、アイのことだろう。ただでさえ深い森へと子どもを置き去りにした事実を許せずにいたのに、ここが多くの魔物の住む森であると知り、より一層この世界の人々への嫌悪感が沸いた。

 そんな場所だと知って……人を食べる魔物の住む森だと認識して、この世界の人間はアイをこの森に縛り付けていったのだ。


「だがコトコが<蒼穹の君>を解き放った。コトコが何者であれ我らにわかった事実はそれただひとつ。そしてそのひとつがあれば十分である。この森はコトコが望むのならば、コトコの願うままに手を差し伸べる」


 実際には、衰弱したアイを助けたのはユーグなのだが。どうしてか蔓をちぎっただけの琴子が救世主のような扱いをされていた。

 困惑はしたが、おかげでユーグが好意的になってくれることに関しては幸運であると思っている。まったく何もわからずにいたこの世界が、ほんの少し見えてきた気がしている。

 ユーグの言葉をすべて鵜呑みにするわけにはいかないだろうが、少なくともこの森の魔物が人を襲わないというのは信じてもいいだろう。そうでなければ、とうの昔に食われているはずなのだから。

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