第24話 ベレー帽を選ぶ理由
ある日、堀込は街でパリスと偶然再会し、その足でパリスを西松の店に連れて来た。そしてまた別の日には、榎本がふらりとパンを買いにこの店を訪れた。
それから西松の店は俺たちの溜まり場となったのである。
パリスは相変わらずのパリスだ。
PARIS Tシャツはもちろんのこと、寸分違わぬパリスっぷりであった。現在、郵便局員をしているという。
榎本も榎本で相変わらずだ。常にサングラスとタキシード姿、榎本の象徴とも言える厚底ブーツも相変わらずである。
榎本は現在、貴族をしているらしい。男爵だと自称していた。
そして今日も例の如く、音楽が流れている。
フルートが落ち着いた雰囲気の旋律を奏でていた。
「西松、カフェラテおかわりだ」
テラス席は俺たちの居場所となっていた。
そのテラス席から店内へ呼び掛けるも西松は返事をしない。
「マルタン、カフェラテおかわりだ」
言い変えると西松は店内からテラス席へ顔を出す。
「カフェラテじゃなくてカフェ・オ・レだよ🎵」
西松はつまらないことにこだわる。
「わかった、オレでもラテでもいいから、どっちか持って来てくれ」
「わかった、オレね🎵」
西松はテーブルの上にあるカップを回収し店内へと戻ると、それと入れ替わりに、もう一人のテラス席の常連がやって来た。
「ただいま🎵」
ジャンヌこと、マルタンの娘だ。
「おお、ジャンヌ。おかえり!🎵」
堀込が声を掛けると、ジャンヌは堀込の元へ駆け寄る。
ちょうど小学校から帰ってきたようだ。
両親共にパン屋で仕事をしていることから、いつの間にか、俺たちがここでジャンヌの見守りをする流れとなっていた。
ジャンヌは紙と色鉛筆を鞄から取り出し、堀込の隣の席で何やら描き始める。
「シロタン、あれを見て🎵」
とパリスは店内にある真新しいブラウン管のカラーテレビを指差した。
「何だよ」
テレビのその画面を見ると、ベレー帽を被った男が、数名の警察官に連行されていく様を映し出していた。
[小学校に侵入して女子児童の体操着や上履き等を盗んだ疑いで、48歳の男が警察に緊急逮捕されました]
という音声が聞こえてきた。
「なんて奴だ🎵」
厨房の方から歌声が聞こえた。声からして西松であろう。
「許せない奴だ🎵」
西松に続いて堀込も歌った。
今の西松には娘がいるからな。他人事ではないのだろう。
だとしても、この世の中、色々な性癖の持ち主がいるものだ。
性癖ってやつは人の数だけあるのかも知れない。
[逮捕されたのは住所不定、無職のジージョ・ジェラール、48歳です]
ジージョねぇ…
ジージョ⁉︎
テレビから聞こえた名前、その久々の響きに俺は思わず立ちあがり、テラス席から出て店内のテレビへと近づく。
もしかして…
テレビの映像が犯人の顔をはっきりと映し出す。
「間違いない、奴だ🎵ジージョだ🎵」
背後からの歌は榎本であった。気がつくと榎本を始め、皆がテレビに近寄っていたのである。
榎本の言う通りだ。あれはジージョだ。ベレー帽の下の顔は間違いなくジージョの野郎であった。
ジージョとは高校と大学が一緒であり、奴は一学年上であった。
俺と榎本とパリスが所属していた派閥である、ブラックファミリーとも近しかった奴だ。
しかし、親しげだったその裏で、奴は黒薔薇党のリーダーか、指揮官的な立場であったことは明らかなのである。
そんなジージョが捕まった。しかも性犯罪だ。
こんな愉快な事はない。俺は思わず笑ってしまう。
「あいつか、ヅラリーノとかいう奴の改造車椅子に同乗してた奴だろ🎵」
二号だ。
「ああ、奴は元々、かなりのロ…」
俺はここで一旦、口をつぐむ。
今、この場に子供がいることを忘れていた。
「…性倒錯者だったからな。こんな日がいつか来るのでは、と思っていた」
「ジージョか。あいつの性癖は大学内でも有名だったよな🎵ペヤングがなんとか口実設けて退学させようとしていた🎵」
堀込の下手な歌唱に榎本が頷く。
「それは私も安子から聞いていた🎵私は散々、ジージョのことを探らされていたものだ🎵」
榎本は歌いながら、サングラスの下で遠い目をしているように見えた。
「ペヤングも目を付けていたのか」
ペヤング、久しぶりにその名を聞いた気がする。
本名、青木安子。俺たちが通っていた狭山ヶ丘国際大学の理事長の娘だ。
「あぁ、安子もジージョには手を焼いていた🎵」
「ところでジージョさんってジージョが本名だったの?🎵」
榎本の歌唱にパリスが歌唱で返すと、この場の時間が止まる。
「知らぬ。それが本名か、あだ名かさえも気にしていなかった」
俺は何の疑問も無く、奴をジージョ呼ばわりしていた。それだけジージョはトッポジージョに似ていたのだ。
「俺も🎵」
堀込も同様のようだ。
「私もだ🎵」
榎本までもか。
「奴は一学年上だったはずだが、テレビでは48歳と言っている。これはどういうことだ…」
ブラウン管越しに見るジージョの姿は、最後に目撃した時よりも老けていた。
肌の質感や額や頬に刻まれた皺が年相応なのである。
「この世界の設定だろ🎵」
堀込が何の気無しといった雰囲気の下手な歌唱を聞かせた。
「だとしたら、ジージョはベレー帽を被った変態中年になりたい、って願望でもあったのか」
「そうかもしれないし、誰かの思いが奴をそうさせたのかも知れない♬」
二号だ。二号の歌は歌い回しが熱苦しい。俺は歌上手いんだぜ?風の歌唱だ。早々に鐘を二回鳴らしてやりたい。
「だとしたら、その誰かは風間だ🎵」
榎本だ。某大尉風の声で歌う。
「間違いない🎵」
堀込が榎本に同調した。
「何を言うんだ。俺のわけがない」
そんな中、警官に取り囲まれ、護送されていくジージョの全身がテレビの画面に映し出された。
古ぼけた深緑のベレー帽と、膝下まである薄手の汚れた黄土色のコートという出立ちだ。
コートの前は閉じられていて、下に何を着ているのかわからないのだが、コートの裾から覗かせている足は素足、短めの黒い靴下と黒い革靴のみだ。
これで外を歩いていたのであれば、警察から職質、そして連行されること間違い無しだ。
「一号、お前しかいない🎵
こんな変態風ファッションをコーディネートしそうなのはお前だけだ♬」
二号の歌唱に皆、笑う。
まぁ、確かにジージョのあれは変態以外の何者でもない。
「だとしても、この世界には色々な帽子がある。
何故に敢えてベレー帽を選ぶのか。野球帽や二号の様なテンガロンハットがあるだろうよ。
何故にベレー帽なのか意味がわからん」
「風間、お前はベレー帽に恨みでもあるのか?🎵」
二号だ。
「無い。だが昔、ベレー帽を被った強姦魔の連続殺人犯がいただろ?ベレー帽と言えば俺にはその印象が強いのだ。
変態がベレー帽を選ぶのか。
ベレー帽が人を変態にするのか」
「風間、それはお前の偏見だろ🎵」
堀込だ。
そんな中、厨房の方から何かを落としたような大きな音が鳴り響く。
どうしたのかと厨房へ視線を送ると、皿を拾う西松の姿が見えた。
その刹那、誰かが言葉にならない溜息のような声を漏らした。
それは堀込であった。堀込はばつの悪そうな表情を浮かべる。
「堀込、どうした?🎵」
二号だ。
「西松だよ。西松はベレー帽好きなんだよ…
ろくに被らないくせに沢山もってるんだよ🎵」
堀込は声をひそめつつ歌った。
その歌につられて西松を見ると、俺と西松の視線が交錯する。
西松の表情から察するに、これまでの流れを聞かれていたようだ。
一筆啓上、いくばくかの気不味さを感じた。
「西松、今のお前なら顔がまぁまぁだからベレー帽、似合っているぞ。
顔がまぁまぁだからベレー帽、似合っているぞ」
思わず同じことを二度言ってしまった。
「とにかく、性犯罪者が一人でも捕まってよかった🎵」
その堀込の歌唱に皆、頷く。
「せいはんざいしゃって何?🎵」
ジャンヌだ。そうだ、この年頃の子供は何でも質問したがる。
「せいはんざいしゃって何?🎵」
堀込は説明のし難さか、笑いながらも答えに困っている。
俺は目立たぬよう気配を消しテラス席へと戻った。
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