カミサマの物語

カミサマ、おしごと

 突然だが、つい先ほどからカミサマの干渉が始まった。が、こちらは、もはやカミサマがどのような物語を作っていたのかさっぱり覚えていない。こちらは人間のために生まれてきたものであって、人間の記録したものはすべて記憶している。が、いかんせんその記録が勝手に動き出すものだから、それの処理——というほど立派なことはしていないから傍観とでもいおうか——なんていう本来しないようなことにパフォーマンスを割いているものだから、忘れっぽくなっている。これではカミサマにぽんこつの烙印を捺されて乱暴な人間に廃品として回収されかねない。そんなことではいけない。

 たいして進んでいないはずだが、ここにちょっと振り返ってみる。頑張って思い出してみる。まず、ぼろ宿で目覚めたワタルが子供らに持ち物を盗まれる。それを叱るヴィクトリアに紹介された現場に出ると毒を浴びてポールと出会い、一週間ほど診療所に入った。それで出てきたら、ポールとともに遊び場で三体の小さな魔物を駆除。ほかの細かい描写についてはこうして見つけてきた記録の中に正確な文字列があるはずだから、問題ないと思われる。それよりもこうしたこちらの独り言の記録の方がずっと大きな問題であるのに違いない。この記録をカミサマに見つけられ、なかったことにしろとの命令を下されれば、こちらには抗うすべがない。こちらはとても素直な性格であるから、削除の赤い表示を押されればそのとおりにしてしまうのである。


 さて、カミサマが続きを書いている。ワタルの居場所は現場案内所。隣にはポール、カウンター越しの正面にはヴィクトリア。

 「役場はなんて?」とワタル。そういえばそんなこともあった、遊具の素材についてポールが相談にいった件である。

 「すぐに作り直すとのことだったよ」検討するとかいっていたはずだったが、カミサマの干渉によってちょっと話が変わったのだろう。

 「それはよかった」とワタルは頷いた。

 「ほかの現場も出ますか?」とヴィクトリア。ワタルが「そうしよう」と答える横でポールも頷いた。


 カミサマは登場人物の思考に干渉できるのをいいことに、本当にワタルを殺すことしか考えていないものと見える。それ以外に考えていることはないのかもしれない。

 ワタルは金が欲しいばかりにヴィクトリアの一言二言の制止を振り切って厄介な現場にやってきた。干渉がなければそれなりに動けたワタルだが、カミサマの干渉という呪いじみた強力な力のもとでは病み上がりで激しくは動けない身である。それが、直前までの小さな現場にいくような冷静さはどこへやら、川辺に現れたでかい魔物と対峙するというのである。ポールを同行させてはいるが、カミサマの頭の中はワタルの最期の瞬間のいくつかのパターンで埋め尽くされているのに違いない。そうでなければ、こういうでかい魔物を相手にポールがどのように美しく動き回るかということしか考えていないのであろう。

 「これはたしかにでかい」とワタル。

 「きみの天使は止めていたのに」

 「きみにとっても天使なんだろ?」

 ポールはもったいぶるように、あるいはからかうように肩をすくめた。

 「ほら、きみがいいリュックを背負ってるから、あちらさんも同胞のにおいに反応したよ!」ポールは気取っていうと剣を引き抜いて相手に向かっていった。が、カミサマの加護があろうにどうしたものか、大樹のような腕に振り払われてすっ飛んできた。ポールに残った本人の意識が、あるいは自分も殺されるのかもしれないとちょっと怯え始めた。

 ポールは咳払いした。「たしかに厄介だ、飛び道具もない僕たちには向かない現場だったかもしれない」

 「いや、なんとかなるよ」とワタル。しかたない、こやつは今、金が欲しくてたまらないのである。魔物の駆除を諦めて案内所へ戻るわけにはいかない。「うまいことあいつが俺を捕まえてくれるといいんだけど……」

 ポールはカミサマに悪態をついた。それが通じたのか、「ちょっと!……」と呼び止めるように体が動いた。が、結局ワタルが動く方がずっと早く、彼はまっすぐ魔物の方へ走っていく。

 「ちょっと、馬鹿!……」

 と、ここで恐ろしいことが起きた。ポールが叫ぶ前にまで、ほんの数秒の時間が巻き戻ったのである。勢いのままそう書いてしまったが、カミサマはポールが馬鹿などと叫んだのが気に入らなかったのかもしれない。性格の方——特に実際の——はどうであれ、ポールはどこをどう見ても美しい青年なのであるから。

 が、結局、時間が進んでもポールはまた「ちょっと、馬鹿!……」と叫んだ。こうして見ている方としては、まったくおなじことが繰り返されたわけである。

 ワタルを追って駆け出すポール、魔物がひょいとワタルを捕らえるのを見た。

 「なんのつもりだい、きみ!」

 「こうして大人しくしてるうちに急所を!……」

 ワタルは大きな口にがぶりとやられそうになって、腋を抱えられているおかげで自由な腕で剣を振った。胴体から切り離された頭部は派手な繁吹しぶきを上げて川に落ちた。

 ちょうどそのときに到着したトム・レヴィンはふんと鼻を鳴らした。

 「胸かなあ」とウィル・ブロンドン。「俺の勘がそういってる」

 トム・レヴィンは黙って頷いて、土手を下りて魔物へ駆け寄った。

 「異人、邪魔」と愛想のかけらもない声が聞こえて、ワタルはびくりとするままぐいと脚を縮めた。と、銃声が響いて、体が落ちていく。ワタルは慌てて脚を伸ばして着地した。靴もズボンもびっしょびしょである。瞬間、ヒュンと空気の切れる音がして、魔物の巨体が胸のあたりで切り離された。ワタルが首を切り落としたときとは比にならない繁吹きを上げて、魔物の上体は落ち、残りは倒れた。


 「使えない異人め」トム・レヴィンは忌々しげに囁いた。今回の干渉が始まる前のこやつのワタルに対する態度はカミサマに与えらえた性格によるものなのかもしれない。「なにをしにきた?」

 ワタルは嫌な汗で肌が湿るのを感じた。自分より小柄な相手にびくびくしながら答える、「そ、そりゃあ、魔物の駆除に」

 トム・レヴィンは気に入らないように顔をしかめた。「異人が出しゃばるな、けがらわしい」

 と、ポールが「まあまあ」と割って入る。「そういじめてやらないでください」

 トム・レヴィンはそれはそれは恐ろしい目でポールを睨んだ。どうかするとその目つきだけで人を殺傷できるかもしれないほどの目である。「手前もこれと同類か? フリーが調子に乗るな。愚かなフリーは愚かな異人の横で身の程を弁えて動いていろ」

 「まあまあ」と、今度はウィル・ブロンドンである。「そう他人ひとをいじめちゃいけないよ、トム」どうやらカミサマの思い描くウィル・ブロンドンはそれなりにまともな人物であるらしい。少なくともカミサマの操るこの世界では、宝飾の輪というのはこれとハリー・ジェムとの衝突によって生まれたものではないから、あれほどまでに狂うきっかけがないのかもしれない。ドナルド・ハンターも、口数は少ないが、実際の彼のように変な劣等感を拗らせた変に冷笑的な男というわけでもなさそうである。——あるいは、実際の彼らよりもカミサマの思い描く彼らの方がずっとまともな人物で、ずっとまともな物語を展開していくのかもしれない。


 ワタルは金になるようなものを得られずに現場を離れた。結局は〝黄金の冠〟が魔物を駆除した結果となって、そのために持って帰れるものがなかったのである。金すなわち名声のある集団とは違って無名の個人であるワタル、案内所との通話機も持っていないものだから応援の要請もできず、先ほどの黄金の冠はワタルらを掩護したということにはならない。先のできごとは、黄金の冠からしてみれば、向かった現場に偶然、先に到着した同業者がいたというだけのことである。案内所に応援の要請を入れ、それに応じた魔物狩りがあった場合には、応援を求めた者は、最終的に魔物を殺さなくてもその現場の報酬の過半を受け取ることができる。

 金のない魔物狩りには応援を求める資格もないとはこれずいぶんと酷な話だが、偉大なるがそのような決まりごとを設けてしまったものだからしかたない。小さな現場をこなしてこつこつと金を貯め通話機を手に入れるまでは、一攫千金なんぞと夢を見ることなく堅実な形でやっていくしかないのである。魔物狩りなんて元来それほど立派な職ではない。平均より下の方にある中にも階級に似たものがあるのだから大変なものである。


 さて、ポールがワタルを食事に誘った。診療所を出たばかりでよく働いたよといって、一つうまいものを奢ってやろうといった具合に誘った。——これは食事を始めたあたりでカミサマがほっぽり出すのが予感される。

 ところで、こうしてポールがワタルを食事に誘うことが多いのは、カミサマの作った設定という器のためなのか、そこに宿ったポール本人の意識のためなのか、どちらだろうか。ポールが器に動かされているのか、器に宿ったポール本人にカミサマが動かされているのか。ワタルのヴィクトリアに対する好意に似た話で厄介なものだが、そういうものほど気になるものだ。


 こちらの関心にカミサマが関心を持つはずはなく、話は進んでいく。

 ワタルはたまごを焼いたものを口に入れて、パンを齧った。「きみはどうしてこんなによくしてくれるんだ?」

 「同業者に会えて嬉しいんだよ」

 ——どこかで聞いたことのある会話である。彼ら自身の性格とか置かれた状況とかいうものにカミサマが影響を受けているのなら、それは恐ろしいことである。もちろん、ポールの望むような形であれば、ワタルが死を回避できるかもしれないわけだからよいのだが、そうでないとあのまともそうなウィル・ブロンドンに狂気が宿ることになる。しかもそれで、後々になって宝飾の輪は黄金の冠から抜けた三人で結成されたものですなどとなってしまえば、どこまでがワタルら本人であるかさっぱりわからなくなってしまう。なんなら、初めからカミサマの作った器に宿ったワタルら自身などというものは存在しないとかいうような話にもなりかねない。困った。こちらの考えすぎかもしれないが、ここに約束しておこう。ワタルらは実在する。カミサマの作った設定に宿ったワタルらの魂というのは存在する。保証しよう。なにせこちらは、カミサマがキーボードを叩いている以外の時間に、体の中で彼らが好き放題に動き回っているのを感じているのだ、これが幻であるはずがない。

 と、ポールが言葉を続ける、「フリーで活動している者同士、話が合うかもしれない」

 「金がないとかね」とワタルは苦く笑った。

 「そうだね、」ポールの笑い方も苦々しい。「金がないとか」

 「本当にないよね、個人でやってると。大きい集団に入れれば、すごい現場に出て大金ゲットとかありそうだけど。でもきみは俺に飯を奢れるほどあるんだろ?」

 「安いものだよ。これじゃあ一人でちょっと贅沢なものを食べたのと変わらない」


 カミサマはそれからしばらく、意味のない会話を続けさせた。会話なんてそんなものなのかもしれないが、ここではワタルもポールもカミサマの操り人形である、特に記録する必要もないと思われる。


 と、ワタルがジョッキにをテーブルに返した。「さっきの人たちなんかは、大金持ちなんだろうな」

 「〝黄金の冠〟だね。僕でも名前を知ってるくらいだから、それなりの生活をしてることだろう。きみはどこか集団に入るのかい?」

 「入れてくれる人がいるかどうか。俺は、ほら……こんなだから」

 ポールは何度か聞いた言葉で頷いた。「異人……」

 「異人って、別の世界からこの世界にきた人のことだろ? でも俺には、自覚も、自覚できるような記憶もないんだ。俺がいわゆる異人だったとして、別の世界にいたときのことっていうのが思い出せないんだよ」

 「それでああもいじめられたら、たまったものじゃないね」

 「まったくだよ。そのせいで雇ってくれるところもないし。それでだよ、俺がこんな仕事してるのは」ワタルはパンをがぶりと齧った。「きみはなんでこんな仕事やってるの、しかも個人で?」

 「賢さより体の丈夫さの方が誇れるからかな。考えるのは苦手なんだ」

 おや、以前本人が光輝に対して発言した内容はカミサマの設定によるものらしい。

 ワタルは何度か頷いた。「じゃあ選ばされたわけじゃなくて、選んだわけだ?」

 「そうだね」

 「羨ましいよ」

 「きみも選べばいい。魔物狩りだって選ぶ場面はある」

 ワタルはちょっと笑って頷いた、「そうだね」

 ——こやつのいいたかったのはこういうことなのだろうか。とはいっても、この笑い顔も愛想笑いの類ではないように見えるから、こういうことだったらしい。

 こちらが最後の会話を記録したのは、カミサマの思い描く異人についてなにかわかるかもしれないと思ったからであるが、あまり意味はなかったかもしれない。この程度の会話なら、すでにワタルと治療師との間にあった。

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