〝団長〟ご乱心

 なにかしらの目的を持って走る宝飾の輪を、わけがわからず追いかける黄金の冠を、なにもわからないまま追いかけるワタル。七人の愉快な男どもはやがて森の奥で足を止めた。宝飾の輪と黄金の冠は誰一人息を切らしておらず、ワタルばかりがはあはあして膝に手をついた。

 と、「なんのつもりだ」というウィル・ブロンドン。ワタルはその言葉に深く共感した。まったくなんのつもりだろう、彼らが走り出したせいで肺が破れそうである。——これはワタルが一週間近く診療所で休んでいたせいである、そのはずである。少なくとも、ワタル自身はそういうのに違いない。決してとの素質の違いゆえではないと。

 「まだ、あの街中で暴れるつもりですか」とジョシュア・エヴァンス。ワタルはもう話が進むのかと内心嘆いた。誰が誰かもわからない状態で進む話についていくことほどつらいものはない。しかもまだ息も整っていないのである。

 「なんだってあの女性を傷つけた?」とハリー・ジェム。

 ウィル・ブロンドンは「お前たちに気づいてほしかった」と答えたが、ワタルは誰がしゃべっているのか理解していない。ポールに所属する集団と一緒に名前を教えられたが、自身の名前はワタルの三音である、ウィル・なんとかだのジョン・なんとかだのといわれてもわかりやしない。くらいのふざけたイニシャルがあれば長くても覚えられるが、こやつらはそうじゃない。

 「お前たちに、俺が迎えにきたのだと気づいてほしかった。団長が迎えにきたのだと!」

 「だっから団長じゃないでしょって、」ハリー・ジェムである。「お前はもう俺らの団長じゃないんだってば。わっかんないやつだなあ……」

 ワタルはもう自分の見ているのがどういう場面であるか理解するのを諦めた。とにかく黄金の冠と宝飾の輪が揉めているということだけ記憶に留めることにした。

 「お前は強くない」ウィル・ブロンドンは呪うようにいった。「強くないんだよ、だから俺の元に戻ってくるべきなんだ。そうでなきゃ、お前を待ってるのは破滅だ」

 「そうかなあ……」

 「俺は強い。お前よりずっと強い。だから守ってやることができる。お前の望む、一等強い魔物狩りにしてやることができる」

 「いや、一等強いのは〝宝飾の輪〟だ。俺たちが頂点に立つ」

 ポールの説明も思い出してきて、なんとなく彼らの関係性が見えてきたワタル、ウィル・ブロンドンが剣を抜いたせいでせっかくの冷静さが吹き飛んだ。

 おいおい、やっぱり殺し合う気じゃないか、ポールあいつの話と違うんだけど⁉︎——

 相手がその気ならとベルトからナイフを引き抜くハリー・ジェム。「死んでも後悔するなよ、ウィル・ブロンドン!」

 「生意気を!……くたばるのは手前の方だ、くそがき!……」

 ワタルがあいつはなにをしているんだとポールの登場を願ったときである、なにやら地鳴りのような音が響いた。

 慌ててあたりを見回すワタル、なにやら毛物のように突進してくる魔物があるのを見つけて剣を抜く。相手はかなりの数である。どいつもこいつもでかい牙を覗かせ、気が触れたように口から粘性の液をだらだらしたたらせ、目をぎらぎらさせてまっすぐ走ってくる。

 ワタルは咄嗟に神に祈った。此度の仕事も無事に済ませられるようお守りください——

 ワタルは、集まった人間に対する捕食のためなのか威嚇のためなのか、まっすぐ突っ込んでくる魔物の動きを見て、右足にばかり力を込めて飛び上がった。宙で魔物とおなじ方向を向くと、一つでも多くの個体の体を胸のところで切り分けた。が、着地したワタルには改めて魔物の腹に剣を突き刺す必要が生じた。

 「知ってるか、お前?」と赤髪の男。ワタルは彼がハリー・ジェムであることをようやく覚えてきた。「四足で移行する魔物は急所が腹の場合が多いんだ」

 ワタルは背後の気配に振り返って剣を振った。「そうなんですか?」

 「〝光輝〟のおじさんが教えてくれたんだ」

 トム・レヴィンは無駄口を叩くハリー・ジェムにを振るいたくなった。ウィル・ブロンドンは毎度、魔物の急所を見抜いているというのに、他所よそのつまらない集団に気を引かれている。ウィル・ブロンドンは光輝とやらのおじさんよりずっと正しいのに、あのハリー・ジェムときたら!……

 トム・レヴィンは改めてを振るって、十体ほどを駆除した。「常識知らずの異人には魔物の急所を読むのも難しいだろうな」

 ワタルは突然の罵倒にきょとんとした。ハリー・ジェムが「読みが完璧にあたる人なんかいるもんか」とワタルを庇ったが、それはトム・レヴィンの不快を煽るばかりである。トム・レヴィンはハリー・ジェムを凍りつかせるような目で睨んでまた魔物にを振った。


 ドナルド・ハンターは弾を飛ばして魔物の数を減らした。が、せっかく腕がよくても弾には限りがある。装填している間に魔物との距離がずいぶん縮んだ。ウィル・ブロンドンがドナルド・ハンターとの間に入って剣を振った。魔物は静かに死んでいく。ドナルド・ハンターは腹の中に湧く不満感を発散するつもりで、魔物に向けて繰り返し引き金を引いた。


 「はーい、ピピーピピー! 暴れなーい、暴れないでー」

 ワタルは気の抜けた声に振り返った。なにをふざけているのかと思えばポールである。なにやら鞘に入った剣を横に持って掲げている。そんなことでは人間ひとでも従わないだろうに、魔物を相手になにをしているのかと腹が立ちそうになった。

 ポールは相手がまるで従わないのでため息をついた。あの設計図は本当に役に立たない。魔物と意思の疎通ができる能力を持っているとの設定を何度加えたことか。無情な設計図はそのたびポールの書き足した文字を消した、川の水が子供の浮かべた葉を持っていってしまうように。いや、子供が浮かべた葉が流れていくのを楽しめる分、設計図のポールに対する仕打ちの方が非道なものかもしれない。書いた文字が消えてしまうなんて、まったく、あんなに役に立たない紙がほかにあるだろうか!

 ポールはほかにしようがないので剣を振った。「あんた、なにしてんの」というティム・ファインに苦々しく笑い返した。この日の口髭はいやに整っている。ハリー・ジェムにおじさんと呼ばれたのがかなり嬉しかったティム・ファインであるが、ポールには知る由もない。

 アレクセイ・トップはハリー・ジェムを見つけると「きみたちもいたんだね」といって剣を振った。

 ハリー・ジェムは、この魔物の群れを駆除したあとにまたウィル・ブロンドンが暴れることを願った。〝光輝〟はそれで、すっかり自分らの味方につくことだろう。

 「すごい数ですね」ハリー・ジェムは両手に持ったナイフを振り回して、突進してくる魔物の腹を切って回る。「ここ、依頼の出てる場所だったんですか」

 アレクセイ・トップは驚いた、「知らずにいたのかい?」

 ハリー・ジェムは「ええ」と頷いてあいまいに笑った。


 ワタルにとって、急所がわかれば魔物の駆除はたいして難しいことじゃない。右に左に剣を振り回して、次々と敵の腹を裂いた。


 元来静穏せいおんな森の中、魔物が咆哮し、銃声が響き、が空を切り、男どもが草の生えた土を踏み荒らす。

 そうした嵐はしばらくの間、森に留まった。男らの体を喰い破らんと口を開きよだれを垂らし大声を上げ飛びついた最後の魔物は、銃弾を受け、に体を切り分けられて死んだ。

 と、もう一人、その最後の一体を殺そうとした者があった。ハリー・ジェムである。ドナルド・ハンターの放った銃弾は魔物の体を貫いて、ハリー・ジェムの下腹の右の方をかすめた。

 これで真っ先に動いたのがウィル・ブロンドンである。腹を押さえてくずおれるハリー・ジェムに駆け寄ると、外套うわぎの大きなポケットから繃帯を取り出して傷にあてて巻きつけた。ジョン・ギブソンもジョシュア・エヴァンスも、彼の手当てが間違っているものには見えずに黙ってその様子を眺めた。

 レオナルド・チェイスが通話機を取り出した。応じる現場案内所スタッフに呼びかける。「光輝レオナルド・チェイス。負傷者一名、診療所への通報を頼む」

 ハリー・ジェムはウィル・ブロンドンの器用な手を振り払った。「構うなよ」

 「お前は俺の団員だ」

 これが彼自身の純粋な性格によるものなのか、周囲の者へのパフォーマンスなのかがまるでわからない。ハリー・ジェムは痛む体を動かさず、〝団長〟の好きなようにさせた。

 「ブロンドンさんよ、お前はなにがしたいんだよ?」

 「お前らを連れ戻す」

 「諦めろって。戻らないよ」

 「諦めるのはお前の方だ。いつまでもつまらない意地を張っていられるもんじゃない。正しい道からは逃れられない。あくまで違う道を進むというなら、辿り着くのは奈落の底だ。お前は奈落へ続く道を歩んでいる。道はしばらく続くようだが、俺は今すぐにでもお前を奈落へ突き落とせる。一つ剣を振れば、横風がお前を煽るだろう。荒れた細道を転げ落ちたお前は、遥か下の方で大口を開けた奈落に飲み込まれる」

 ハリー・ジェムは両手で顔をごしごし擦った。「ああ嫌だ、もう……ずっとなにいってんのかわかんないんだもん……嫌だよ、本当……」

 「正しいのは俺で、間違っているのはお前だ」

 「違うと思うよ……。ああ嫌だ……」

 ウィル・ブロンドンはハリー・ジェムの叉骨の間についている石に触った。「このふざけた首輪もすぐにとってやる。悪魔にお前を飼わせはしない」

 「どっちかっていうとさあ……」ハリー・ジェムはふと、どちらかが死ぬまでこの事態には収拾がつかないのかもしれないと思ってうんざりした。ほかになにか解決策はないものかと。

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