〝宝飾〟

 金好きな馭者からヴィクトリアに預けられていた金袋には金が残っていた。

 応援の報酬をなんとか収めると、金袋は誇らしげに、あるいは苦しげに、またあるいは襲ってくれと目立ちたがるようにぱんぱんに膨らんだ。


 「金はあると使いたくなるものだ」とハリー・ジェム。夜の近い街中である。

 「なにに使うんだよ?」とジョン・ギブソン。「女は金じゃ買えないぞ」と彼がふざけるから、ハリー・ジェムも「なんで俺が女に飢えてるの知ってるんだよ」とふざけた。

 「俺、前々から思ってたんだけど、なにか俺たちらしいものが欲しいんだ」

 「というと?」とジョシュア・エヴァンス。

 ジョン・ギブソンはまだふざけ足りないらしく、「魔物の毛皮ならむしろ買うんじゃなくて売る方だぞ」といった。これもこやつなりに大金が入った喜びを表現しているのかもしれない。

 「せっかく、ジョンもジョシュアもついてきてくれて、宝飾の輪ができた。なにか、この『宝飾の輪』らしいものが欲しいんだ」

 「らしいものってなにさ? 新しい作業着でも作るか?」

 「作業着!」ハリー・ジェムは嬉しそうに食いついた。「いいね、それ」

 「ああ、ハリー……」ジョシュア・エヴァンスである。「俺はこの服が気にってるんですが……」

 「あ、そう?」

 こやつに限らず、ハリー・ジェムもジョン・ギブソンもまったくおなじものを着ているが、なんということのない服である。白いシャツに茶色の重たい外套うわぎ、黒っぽいこれまた重たいズボンである。外套うわぎとズボンが重たいのは少しでも魔物の反撃に耐えられるように生地を丈夫にしてあるせいである。新しくしてもそれは変わらない。

 「体によく馴染んで、動きやすいんです」

 「うん、それもそうだな」

 「じゃあなにを買うんだ? 大人しく貯金に回せばいいのに」

 「いいじゃないか。これだけあるんだ、ちょっと贅沢しよう」

 「うまいものでも食うの? それとも、さっきジェム兄さんがいってたように、宝石でも買う?」

 「お、」ハリー・ジェムはぱちんと手を叩いた。「そりゃいいや!」

 「宝飾の『輪』っていってるし、腕輪か? まさか頭に輪っか乗っけて仕事なんかできないし」

 「腕か……。剣振るのに邪魔になりそうだな」

 「じゃあもう貯金だ、貯金」

 「ネックレス……は切れるか」

 「貯金だけは絶対にしないのな。じゃあもう、体に埋め込むしかないよ」

 もちろん、ジョン・ギブソンはそんなことを本気でいったのではない。が、言葉というのは慎重に扱うべきものである、ハリー・ジェムはそれを本気にした。

 「いいね! なくならないし、邪魔にもならない」

 「馬鹿いってるんじゃないよ、体に宝石を埋め込む馬鹿がどこにいるんだよ!」

 「いいじゃないか、そんな馬鹿がいたって」

 「俺は嫌だよ、勝手にやってくれ。痛いのは嫌だ! ジョシュア、お前もなにかいえよ!」

 「まあ……ちょっと痛いだけなら……」

 ジョン・ギブソンは一つ汚い言葉を叫んだ。通行人がいくつか目を向けたがこやつの知ったことではなかった。


 ジョン・ギブソンにとっては最悪の日であった。ハリー・ジェムの行動力をこれほど呪わしいものに思われたことはなかった。

 ジョン・ギブソンには、その店が幽霊屋敷よりも無頼漢ごろつきの溜まり場よりもずっと恐ろしい場所に見えた。

 対して、ハリー・ジェムにとってこの日は素晴らしいものであった。実際に石を体に埋め込むなどということをやってのけた者がいるのかというところには疑問が残った。が、通行人の中に、手元が光る者があった。見れば、手首の内側に宝石が張り付いているように見えた。そういうのをやりたいハリー・ジェムにその通行人を放っておくことはできなかった。追いかけていって声をかけ、手首の石について尋ねた。相手はそういうことを商売にしている者に頼んだといった。ハリー・ジェムが相手からその店を聞き出すのにはまるで時間がかからなかった。ジョン・ギブソンは腹の中で舌打ちした。相手が突然話しかけてくるようなやつを嫌う大柄な男でもあればよかったのにと現状を呪った。

 ハリー・ジェムはどうもどうもと礼を重ねて通行人を解放した。

 それでうきうきした気持ちで、ジョン・ギブソンとジョシュア・エヴァンスを引き連れてその店の前に辿り着いた。

 ハリー・ジェムはついにその店のドアを開けた。店内は石造りの簡素なものであった。そこで自分たちを迎えたのが体中に絵やら文字やらを刻んだ大柄な男だったものだから、ジョン・ギブソンは逃げ出したくなった。しかも絵やら文字やらというのは、本来髪が生えている場所にまで刻まれているのである。ああ、どうしてこんなことになったんだろう!——ジョン・ギブソンは嘆き、また神に赦しを乞うた。

 「おや、あんちゃん、ずいぶん大人しそうなのを連れてるな。いじめか?」

 ハリー・ジェムはジョン・ギブソンがそうですと叫ぶ勇気がないをいいことに——というわけでもないだろうが——「まさか」といって笑った。

 「俺たち、魔物狩りの団を組んでるんです」

 「魔物狩り?」大男はちょっと考えるようにして、「ああ」と納得した。「害獣駆除か」

 「ええ、まあそんな感じです……。それで、宝飾の輪って名前でやってるんですよ」

 大男は、大きくなったらヒーローになるのだと夢を語る少年に微笑むように笑って頷いた。「かっこいい名前だな」

 ハリー・ジェムは器用に大男の言葉だけを受け取った。「それで、体に宝石を埋めようと思って」

 「痛いよ」

 「そりゃあそうでしょう。覚悟はしてますよ」

 「ふうん。黒髪のあんちゃんも覚悟できてんのか?」

 ジョン・ギブソンはびくりとした。できるわけないだろうといい返せる、気の強さかなにかが欲しかった。それでなければ逃げ出す——というか自尊心を砕く——勇気が欲しかった。「え……ええ、そりゃあ痛いでしょう、とても、とても……」

 「赤髪のあんちゃん、やっぱりいじめてるだろ」大男の声は、低いがどこか楽しんでいるようでもあった。

 「なんでもいいけどよ、そりゃあ危ねえことすんだから、金もかかるぞ」

 「ええ、そのつもりできました」とハリー・ジェム。

 大男はとうとう小さく笑った。「まともじゃねえなあ、金払って痛い思いするなんてよ」

 「その肌は?」ハリー・ジェムは好奇心に任せて尋ねた。

 「かっこいいだろ?」

 大男の口調が痛みを乗り越えたのを誇るようだったので、ハリー・ジェムは「宝石埋め込んでる方がかっこいい」といい返した。大男は愉快そうに笑った。


 「どれがいい?」

 大男は壁の一面を動かして、その奥に並ぶ輝かしい宝石を晒した。そこは四方を宝石に囲まれた小部屋で、中央に緊張感を放つベッドが置いてある。大男が壁を動かしたとき、なんの怪力自慢が始まったのかと内心怯えたジョン・ギブソンであった。

 「赤いのがいいな」とハリー・ジェム。

 「なんのために入れるんでぇ?」

 ハリー・ジェムはようやくちょっと冷静になって恥ずかしくなった。小さな声で「見せつけるため」と答えた。「尊敬してた人に、もうあんたとは違うんだって見せつけるためです」

 「まあ、理由もなしに石をぶち込むやつもいないわな。赤にこだわる理由は? 髪も赤いが、染めたのか?」

 「いえ、地毛です」

 「ふむ。気に入ってるんだな、その赤毛」大男は「どこに入れるんでぇ?」と質問を重ねた。

 「よく見えるところがいい」

 ハリー・ジェムはジョン・ギブソンとジョシュア・エヴァンスを振り返った。ジョン・ギブソンはいやに冷静な諦めから「それがいい」と、ジョシュア・エヴァンスは正直に「お任せします」と答えた。

 「じゃあ……」ハリー・ジェムは自らの首を触った。「この辺」と指を止めたのは、叉骨さこつの間であった。

 大男は愉快そうに短く笑った。「入れる石を選びな」

 ハリー・ジェムは部屋に入って、四方の壁を埋め尽くす宝石を見て回った。

 「これとこれ、どう違うの?」

 「切り方が違う。こっちのがシンプルで、こっちのが目立つ。お前さんみたいな目立ちたがりにはこっちがいいか? まあ首に石を埋めてるやつなんかいないから、どんなのでも目立つだろうね」

 「まったくおなじ石ってある?」

 「カットは職人の手作業だからどれも微妙な違いはあるが、それを気にしなけりゃあるよ」

 ハリー・ジェムは改めて二人を振り返った。「どれがいい?」

 ジョン・ギブソンが部屋に入った。諦めてはいるが、これ以上の後悔はしたくないのである。どうせ逃れられないなら一等好みに合う石を埋め込もうと思った。部屋にある限りの赤い石を見比べた。

 ジョシュア・エヴァンスも部屋に入り、石を物色した。

 「これ」しばらくして、ジョン・ギブソンが一つを指さした。「俺はこれにする」派手すぎず——喉元に埋め込む時点で派手でないわけはないが——大人しすぎない大きさ、切り方の、丸いものである。

 「では、自分はこちらを」

 みな違うのを埋めると決まると、ハリー・ジェムも自分の石を選んだ。大男は楽しげな笑みを浮かべる。「誰からやる?」

 ジョン・ギブソンが前のめりに名乗り出た。「俺だ、俺が最初にいく」

 大男はその臆病さを見抜いてにやにや笑った。「外で次を決めておけ」

 ハリー・ジェムとジョシュア・エヴァンスが出ていった部屋で、ジョン・ギブソンはベッドに乗った。大男が覗き込み、「ここか?」と叉骨の間に触る。

 「もう、なんでも」ジョン・ギブソンは自分の声が相手にぶっきらぼうに聞こえたことを願った。

 「あんちゃんはやりたくないんだな」

 ジョン・ギブソンが目を逸らしたのを見て大男はまた笑った。

 「やめるなら今だぜ」

 「やめるもんか、二人がやるのに」

 大男は大層楽しそうに笑う。「いいね、男らしい。安心しろ、時間はかからない」

 「当たり前だ、何分もかけられてたまるかよ」

 「じゃ、ここでいいか?」

 「うん」

 大男はなにやら道具に石を取りつけて、改めてジョン・ギブソンを覗き込んだ。

 道具についた石が叉骨の間にあたる。「ちょ、ちょっと待て」

 「なんだよ、一瞬だ」

 「うるさいんだよ。待てといったら待て。そんな物騒なもの押しあてられてちゃ呼吸もできない」

 大男は肩をすくめてちょっと離れた。ジョン・ギブソンは必死で深く呼吸する。

 「よし……よし、やれ」

 大男が改めてジョン・ギブソンの叉骨の間に石をあてる。

 「あ……あ、ちょっと待って、一瞬なんだよな?」

 「そうだよ」

 「痛みは? 痛みはいつまで続く?」

 「あとで話そう」

 「なんだよそれ、ねえ、どれだけ続くのさ? どれくらいの痛みがどれだけ続くのさ?」

 「つまんで押しつけるくらいのが一週間くらい」

 「一週間だ? ふざっけんな!……」

 「赤毛のあんちゃんにいうんだな」

 「待て、待てって!」

 「一週間なんてあっという間だ」

 「馬鹿、馬鹿、待てって!……待て!……」


 奥から悲鳴が聞こえた気がして、ずいぶんかかるんだな、と話していたハリー・ジェムとジョシュア・エヴァンスはびくりとして、閉じられた石の壁を見た。それからちょっと青くした顔を見合わせた。

 やがて壁が動いて出てきたジョン・ギブソンは、宝石に飾られたところを触りながら引きつった笑みで「全然痛くないね、拍子抜けだ」とかすれ声で強がった。


 最後のハリー・ジェムはベッドに乗ると、「ジョシュアはずいぶん早く済んだな」と訊いた。

 「最初のあんちゃんが長すぎたんだ」

 ハリー・ジェムはちょっと笑って、あとは大男の作業にすべて任せた。目を閉じて待つと、石をあてられる感覚がした。それからなにか、軽いものを強く叩きつけたような音がするのと同時に叉骨の間に衝撃を受けた。

 「よし、完成だ。清潔にしておけよ」

 ハリー・ジェムはゆっくり目を開けて、埋め込まれた石をそっと触った。「すげえ、ちゃんとついてる!……」

 「なにか異常が起きたらすぐにくるんだ、いいな」

 「ありがとう!……これすげえ……。かっこいいだろ!」

 「誰がやってやったと思ってるんだ」

 「知らないおじさん」

 大男は「間違っちゃいないな」と苦笑した。


 さて、このあとカミサマの干渉が始まったら——特にジョン・ギブソンと彼を対応した大男が——苦労して埋め込んだ宝石がなくなってしまう。それじゃあカミサマの存在を知らない彼らは干渉から解放されるたびにこれを繰り返すのか——そんな場合にはこちらはそのたびに詳細な記録はしない、と勝手な想像をして勝手に決めたところだが、おもしろいことが起きた。これからほどなくしてカミサマの干渉が行なわれ、今とまったくおなじといっていいことが起きたのである。カミサマの干渉によって宝石が消え、彼らはまた埋め直した、と一言の記録を繰り返すのだろうかというこちらの不安は払拭された。

 そしてハリー・ジェムの性質のおもしろさを知らされた。結局カミサマの頭の中の住民、考えることはカミサマと似ているか、互いに影響し合っているのかもしれない。

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