新生〝黄金の冠〟
ウィル・ブロンドンは悪態をついて剣を叩きつけた。団員の自宅の庭、丸い木材と革とで作った的の前である。ウィル・ブロンドンは握り締めた左手で自らの右腕を殴りつけた。左の手が痛むばかりで拳を叩きつけられる右腕はほとんど痛みを訴えない。
「くそ!……くそっ……」
家屋の外壁に背をつけて腕を組み足首を重ね、一人嘆く男を冷ややかに笑う者がある。家主のドナルド・ハンター——嘆くウィル・ブロンドンのに似た金髪の男である。もっともこやつはウィル・ブロンドンほどの長髪じゃない、それよりはむしろ短髪に近い。「俺はあの日、診療所にいけといったはずだ。腫れて変色した腕の、それはそれは体裁の悪いこと。素晴らしい団長様に不様な腕を晒していてほしくなかったんだが、まさか使い物にならなくなるとはね」ふとドナルド・ハンターの目の奥に、いろいろな光景がゆっくりと蘇った。朝に、昼に、夜に、街で、山で、森で、魔物の胸を、腹を——華麗に突くウィル・ブロンドンの姿である。が、最後、ほかより長い時間まぶたに残ったのは、魔物の毒を浴びる姿であった。「——どうするんだい、ウィル・ブロンドン団長?」
ウィル・ブロンドンは腹を空かせた獰猛な
「そんな物欲しそうに俺を見るなよ。俺の腕を引き千切って、その立派な腕と交換するつもりか?」
「黙れ!……黙れ!……」
ドナルド・ハンターは挑発的に肩をすくめた。
「手前の腕なんぞ欲しくない! この腕は、この腕はまだ使える!」
「はなっからくれてやる気はねえよ。もっとも、尊き団長様の腕は
「黙れ!」
「どうだい、ウィル・ブロンドン団長」風にさらさらと音を立てて揺れる
ウィル・ブロンドンは不器用な右手に剣を握った。柄の尻につけた青い玉の飾りを激しく揺らして、切先を団員に向けた。そうして唸る、「
ドナルド・ハンターはへらりと笑う。「ふさわしいか?」
「手前よりも、ずっとずっと」
ドナルド・ハンターは腹の奥から嘲笑の声を吐き出した。「なんてことだ! 魔物の毒を浴びて利き腕の感覚は鈍り、碌に剣も握れず、それでもなお、団の長であり続けようと!」ドナルド・ハンターは憎々しげに声を張り上げる、「ご立派なものだなァ、ウィル・ブロンドン!」
ドナルド・ハンターは腰から拳銃を抜いて銃口を突き出す。
「その長い
「手前は俺の
「団員の掩護があって成り立つ団と団員の掩護によって成り立つ団はまったくの別物だぞ、団長よォ!」
ウィル・ブロンドンは剣の柄を握る右手に力を込めた。手が震えてようやく、込める力が限界に達しているのに気がつく。
ドナルド・ハンターは片頬で静かに笑った。「いい方を変えるか? 団員の掩護があって成り立つ団と、団員の掩護なしには成り立たない団はまったく別物だといったんだよ。今の
ウィル・ブロンドンは血が滲むほど唇を噛んだ。
「降りろ、ウィル・ブロンドン。俺の掩護をすればいいのは、お前だ」
ウィル・ブロンドンは感情に任せて地面を蹴り、剣を振りかぶった。
ドナルド・ハンターはあくまで理性的に団長の攻撃を
ウィル・ブロンドンはめちゃくちゃに剣を振り回す。ドナルド・ハンターの団長に対する軽蔑は一層積み上がる。
ドナルド・ハンターはとうとうウィル・ブロンドンの手を銃を握った手で払い、左の胸に銃口を押しあてた。
「今のあんたは、俺にも殺せる。俺にさえ殺される。こんなにも簡単に、だ。俺たちの相手は、あるいは鋭い牙を持ち、強靭な顎を持ち、あるいは毒液を吐き、またあるいは巨大な体に育った怪物だ。なんでもない人間にこうも易々と心臓を撃ち抜かれるあんたが、魔物狩りの集団の長にふさわしいなどと、どうしていえる?」
「俺は、……団長だ」
「終わったんだよ、そんな時季は!」ドナルド・ハンターは声を張り上げた。「あんたが毒を浴びたその腕をかわいがってやらなかった瞬間に! 終わったんだよ!」
ウィル・ブロンドンは強く噛んだ唇から血を、団員を見る目から涙を流した。「俺は、団長でありたい……お前たちの長で、いたいんだ!……」
「がきの遊びじゃねえんだよ! これは仕事なんだよ!」ドナルド・ハンターは一層強く銃口を押しつける。「俺らが五歳やそこらのがきで、魔物狩りの
ウィル・ブロンドンは目を伏せた。「お前まで、離れていくのか?……」
「あ?」
「ハリーもジョンもジョシュアも、離れていった。お前も離れていくのか?」
「なにを聞いてたんだ、んなことはいってねえだろうよ! ただ団長を降りろっていってんだ」
「団長でなければ、意味がない」
「あ?」
ウィル・ブロンドンがドナルド・ハンターを見る。ドナルド・ハンターは相手の目に満ち満ちる狂気にいささか怖気づいた。
「お前は団員でなければいけない! この〝黄金の冠〟の団員でなければならない! ドナルド・ハンター、トム・レヴィン、ハリー・ジェム、ジョン・ギブソン、ジョシュア・エヴァンス! 手前らは皆、俺の下にいなければならない! 俺に従い、俺を守り戦う団員でなければならないんだ!」
「なぜそれほどまで団長の肩書きに固着する?」
「そうあらねばならないからだ。それが正しい、あるべき形なのだ!……決して変わってはならない、俺が手前ら五人を率いる〝黄金の冠〟、それこそが正しい形なんだよ!」
ウィル・ブロンドンはドナルド・ハンターの突きつける銃の筒を掴んだ。「俺は手前に殺されはしない、手前に俺を殺させはしない! そんなことはあってはならないんだ!」
「どうして、……どうしてそれほど、団長の座にこだわる?」
「〝黄金の冠〟は、俺を団長として生まれたんだ。この形を壊してはならない。俺が手前らの長であることは運命なんだよ、抗ってはならない運命なんだ。ハリー・ジェム、ジョン・ギブソン、ジョシュア・エヴァンス! あいつらはこの運命に抗い逃げた! ドナルド・ハンター、手前もあの愚か者どものところまで堕ちるのなら、俺はあいつらにするように、手前にも制裁を加える!」
ドナルド・ハンターは銃を掴まれたまま、黙り込んでウィル・ブロンドンを見つめた。
「〝団長〟と呼べ」ウィル・ブロンドンは静かな威厳を含めて囁いた。「俺を、〝団長〟と呼ぶんだ、ドナルド・ハンター」
ドナルド・ハンターは小さく震える唇を噛んで銃を下ろした。ウィル・ブロンドンがようやく手を離したので、ドナルド・ハンターは腰のベルトにそっと銃をしまった。
「ハリー・ジェムが
ドナルド・ハンターの言葉はまったく正しかった。ウィル・ブロンドンさえ内心認めざるを得ないほど正しかった。しかしそれだからこそ、ウィル・ブロンドンには不機嫌を演じる必要が生じた。
ウィル・ブロンドンは目尻を吊り上げ、感情に任せて声の限り叫んだ。「あいつは、それでも
ドナルド・ハンターにはウィル・ブロンドンに返す言葉が見つからない。たしかにこやつもまた、ためらいを見せず去っていったハリー・ジェムに腹を立て、いつかきっとこの感情をハリー・ジェム本人に叩きつけてやると誓っていた。しかしそれもウィル・ブロンドンを尊敬していた頃のことであって、今はもうその時季を過ぎている。ウィル・ブロンドンに対して持っているのは尊敬どころか軽蔑の念である。ハリー・ジェムを恨むのはウィル・ブロンドンを尊敬すればこそ、もはやあの赤毛の男に腹を立てる理由はないのである。
ウィル・ブロンドンはドナルド・ハンターの耳元で唸った、「俺を裏切ってみろ、決して容赦はしない。お前を従えるのはこの俺だ、勘違いしてはいけない、お前の感情も理性も、そこらに落ちてる
「俺は操り人形じゃない」
「いいや、操り人形だ。お前は俺の操り人形だ。俺の命令に従い動くだけの
「団長は
「俺たちは〝黄金の冠〟だぞ。今や誰もが名前を知る立派な団だ。この地位に在り続けるには多少の危険も冒さねばならない。甘ったれたことをいってちゃあいけない」
これは甘ったれたことなのか?——ドナルド・ハンターには甚だ疑問である。
「ハリー・ジェム、ジョン・ギブソン、ジョシュア・エヴァンス——あいつらはこれを理解してなかった。魔物狩りなんて職に就きながら、痛みを恐れた。他人の痛みさえ恐れた。あの日、右腕に毒を浴びたのは誰だ?」ウィル・ブロンドンはドナルド・ハンターの目の前に変色した右腕をかざした。「この俺だ。あいつらはこれを恐れて逃げ出した。そんなことでは最強にはなれない。ハリー・ジェム、あいつは一等強い魔物狩りになりたいといって
ドナルド・ハンターは渇いた口で唾を飲もうとして口をもごつかせた。「どんなふうに」
「その腰に差した美しい拳銃を使って、だ。お前の名を刻んだその銃を」
「殺す気か」
ウィル・ブロンドンは「まさか」といって笑った。「俺は団員を愛してる。俺の元へ戻ってくる者を拒むつもりはない。俺たちの見せた地獄から抜け出しこの
現場は深い山の中であった。その山には老爺がひっそりと暮らしており、その老爺から、所有する山での魔物出没の報告とともに当該魔物駆除の依頼が寄せられた。体長は三メートルほど、二足で移行する五体の群れとのことだった。それを引き受けたのが新生〝黄金の冠〟であった。
まだ昼と夕との間といった時間だが、四方を大樹に囲まれた山奥だもので、現場は薄暗い。そこで暗い青の毛を持つ魔物はがっしりした足で地を踏み、大樹の幹のような腕を右に左に振り回す。
ウィル・ブロンドン、ドナルド・ハンターのほかに黒髪を生やした小柄な男がある。トム・レヴィンである。そやつはちょっとした装飾を施した黒い革のグローブを着けた手に
——と、トム・レヴィンが右手で鞭を振るった。低いところから舞い上がりまた低所へ落ち円を描いた鞭は魔物の腕を切り落とした。魔物は日没の近い空を溶かしたような色味の体液をだらだらしたたらせ、残った腕で反撃に出る——が、その構えを取るより先に残った腕も切り飛ばされる。トム・レヴィンは飛んできた持ち手を左手で器用に掴むと、別の個体の腕に対してもその鞭を振る。魔物の左腕が舞い、右腕が飛び、左腕が落ちて右腕が踏みつけられる。
ドナルド・ハンターはウィル・ブロンドンの顔色をうかがいつつ銃弾を飛ばす。急所を撃たず動きを鈍らせ、団長様の活躍を見守る。が、それで「へたくそ!」と怒号が飛ぶのだからどうしようもない。ウィル・ブロンドンは鮮やかに魔物の腹を突いていく。
ドナルド・ハンターはトム・レヴィンが決して胴体を斬らないために生かされている魔物の急所を撃った。こやつらの急所は腹であるらしい。ドナルド・ハンターはふと、ウィル・ブロンドンが必ず魔物の急所を見抜いていることに気がついた。今までの現場でも、ここでもだ。ウィル・ブロンドンはこれまで一度の例外もなく、魔物の急所を突いてきた。
魔物の最後の一体は、咆える首をトム・レヴィンに切り落とされるのと同時にウィル・ブロンドンに腹を突かれて死んだ。沈黙して転がっている魔物の毛皮を、トム・レヴィンが剥ぐ。
ウィル・ブロンドンはかんかんになってドナルド・ハンターに掴みかかる。
「今朝のことだ、ドナルド・ハンター、この俺に団長を降りろと銃を向けたのはどこのどいつだ、あ? 半日と経たずに忘れたってんなら笑い話をしてやる。ばんばん、ばんばん考えなしにハジキぶっ放しておきながら碌々敵の急所を撃てないやつが、この俺に団長の座を明け渡せとほざいたんだ、笑えるだろ⁉︎」ウィル・ブロンドンはドナルド・ハンターを乱暴に突き放すと「調子に乗るのも大概にしろ」と唸った。
現場案内所。ウィル・ブロンドンはカウンターに毛皮を放った。
ヴィクトリアはちょっとびくりとして乱雑に出された毛皮を引き取った。ここ最近——特に〝黄金の冠〟が分裂してから——はウィル・ブロンドンの機嫌が悪いことが多いねと同僚らと話していたところだった。
ウィル・ブロンドンは報酬を受け取ると二人と分けて渡した。「トム、現場の清掃依頼はお前がいけ」
「了解」トム・レヴィンは短く頷いて案内所を出ていった。
「ヴィクトリア。〝宝飾の輪〟の連中はどこにいった?」
「宝飾の輪?……」
「俺の仲間たちだよ」ウィル・ブロンドンは懐っこそうな笑みを見せていった。「大切な仲間がどこかで戦ってるんなら、ぜひ加勢したい」
ヴィクトリアはおっとりと微笑んだ。「ハリーさんたちは円満な離脱だったんですね」
「ああ、」ウィル・ブロンドンの声がちょっと冷たくなった。「もちろんだ。俺はあいつらが戻ってくるなら、喜んで迎えるつもりだ、いつだってね」
ヴィクトリアは微笑んだまま頷いたが、ドナルド・ハンターには彼女の微笑がちょっとばかり引きつったように見えた。
「宝飾の輪に紹介したのは、」ヴィクトリアは書類を探し出してカウンターに上げた。「ええ、この林道です。林産物を運ぶ業者からの依頼でした」
「へえ」ウィル・ブロンドンは手に取った書類からヴィクトリアに目を移した。「こりゃどこだい」
「区内ですが、ちょっと離れたところですね」ヴィクトリアは地図を出してきて、女らしい細い指で示した。「これでさえちょっと離れているんですが、ここがハートさんの薬屋です、みなさんも利用なさることでしょう。ここを過ぎて、こちらから向かうと左ですね、北に曲がってしばらくいったところに林があって、そちらに道があるのですが、そこに魔物が出たということなんです。うろうろされていては仕事にならないといって急ぎの依頼のようでした」
「ふうん。厄介なのかい?」
「ええ、魔物の出没を確認する一週間ほど前から一日中濃い霧が発生していて、今日、その中に魔物を見つけたとのことでした。魔物はこの霧の中にいるようですから、注意は必要でしょう。この霧というのも魔物によるものかもしれず、人体への影響も心配です」
「へええ」ウィル・ブロンドンは愉快そうに微笑んだ。「いいね、俺たちもいくよ」
「かしこまりました」ヴィクトリアは書類と地図に判を捺した。「すでに一件こなしてお疲れでしょうから、くれぐれもお気をつけて」
ウィル・ブロンドンは気分よさそうに笑った。「心配には及ばない」
トム・レヴィンが戻ったのは、ちょうどウィル・ブロンドンとドナルド・ハンターが案内所を出たときであった。
ウィル・ブロンドンはトム・レヴィンを労うと「もう一件いってこよう」といった。トム・レヴィンは「了解」とだけ応じた。
ウィル・ブロンドンはヴィクトリアから受け取った地図をひらひら揺らして楽しそうに口角を上げる。「大事な仕事だ、気張っていくよ」
トム・レヴィンがずいぶん楽しそうで、ドナルド・ハンターは形容しがたい不快感を覚えた。
ドナルド・ハンターがトム・レヴィンと出会ったのは六年前、ウィル・ブロンドンから入団の誘いを受けたときであった。そのとき〝黄金の冠〟は団長ウィル・ブロンドンとたった一人の団員トム・レヴィンから成っていた。もっと大きな団にしたいというウィル・ブロンドンが、当時のドナルド・ハンター——人として優れているとはいいがたい親類に『お前は物作りの才はないし、かといって商売人に向いてるとも思えない。将来は魔物狩りでもやって体にしょっちゅう傷をつけてるんだろう』といわれて育ち、実際に魔物狩りの世界に足を踏み入れたドナルド・ハンターに声をかけてきた。親類に先述のとおり笑われてきたがそのとおりの自分になることにたいした抵抗も感じなかったドナルド・ハンターは、活動を個人でするのと集団でするのとで迷っていた。ウィル・ブロンドンに感じよく声をかけられたドナルド・ハンターは果たして、集団での活動に個人での活動と比較して安全を期待し、誘いを受け入れた。
トム・レヴィンはドナルド・ハンターと二人になったときまず初めに、自分はウィル・ブロンドンを尊敬しているといった。しかし、ちょっと訊いてみても彼自身がそれ以上にはなにも話さないものだから、ドナルド・ハンターはどう答えるのが正しいかわからなかった。ただ「そうなんだ」とだけ答えた、理由も知れない一つの事実には共感も反感もない。
トム・レヴィンはウィル・ブロンドンのことをよく知っていた。食の好きと嫌い、人の好きと嫌い、遊びの好きと嫌い——ウィル・ブロンドンのことでトム・レヴィンから聞き出せないことはなかった。
ウィル・ブロンドンは魔物狩りという職にこだわりがあるようで、団員の育成に熱心だった。ドナルド・ハンターはトム・レヴィンとともにずいぶん厳しく鍛錬された。初めは剣を振っていたが、結局、上達の遅いドナルド・ハンターに業を煮やしたウィル・ブロンドンが向いていないといって拳銃を持つようになった。トム・レヴィン——こやつは向いていないといわれたわけじゃないが、これもその頃に鞭を持ち始めた。ドナルド・ハンターが武器屋の旦那と話している横で、こんなものを作れないかと相談していた。後日、ドナルド・ハンターは完成したものを見てその使い方も利便性も理解できなかったが、当の持ち主は大層満足げな顔をしていた。
トム・レヴィンの特製武器にはウィル・ブロンドンも関心を示した。「それはどうするんだ?」と尋ねる団長の横で、トム・レヴィンは立てた丸太に向けてその鞭を振るった。空気がひゅんと鳴って、丸太がきれいに縦二つに切れた。これにはウィル・ブロンドンも感心の声を上げた。「へえ。いいな、それ!」
トム・レヴィンは幼子が大人に褒められたみたいに静かに喜んだ。
「そのとおりのものが欲しかったのか?」ドナルド・ハンターが問うて、トム・レヴィンは頷いた。「普通の剣は重い」
「それは軽いのか?」
トム・レヴィンは尋ねたドナルド・ハンターに特製の武器を差し出した。「ここ以外は全部刃物だから気をつけて」と注意を促して。
そうして実際に持ってみたが、ドナルド・ハンターにはあまり違いがわからなかった。しかし「どれ?」というウィル・ブロンドンに渡すと、「へえ」と感心したようだった。「振れば勝手に動くから、コツを掴めば扱いやすいのかもな」
ドナルド・ハンターにはさっぱりわからなかった。ただウィル・ブロンドンの称賛を受けて喜ぶトム・レヴィンを見守るような気持ちで眺めた。
陽がほとんど沈んだ頃、ウィル・ブロンドンと別れて、おなじ方向へ歩きながら、ドナルド・ハンターはトム・レヴィンを見た。「本当に団長を尊敬してるんだ?」
「団長が認めてくれることが、俺の一番の喜びだ」
ドナルド・ハンターはたまらず「重いな」と苦笑した。
「団長に無礼があってはならない。実際の現場で、剣が重くてうまく扱えないなんてことはあっちゃいけない。見た目が変でもちゃんと使える武器が欲しかった。あの武器屋はいい武器屋だと思う、これはすごく使いやすい」
「それはよかったな」
「お前も早くその拳銃に慣れないといけない。剣より扱いやすいようには見えないけど、それで団長を守り支えないといけないんだから」
ドナルド・ハンターは腰に差した拳銃を撫でた。「あの武器屋のおじさんがこれがいいだろうっていったんだ」
トム・レヴィンはなにもいわなかった。口下手な者同士がまともに会話することほど難しいものはない。
トム・レヴィンは風変わりな武器に自らの技術を乗せ、ドナルド・ハンターも少しずつ拳銃を扱えるようになり、幼い〝黄金の冠〟はいくつか現場をこなした。ウィル・ブロンドンとトム・レヴィンが優秀で、現場で負傷する者もないまま、期待の新人集団としてちらほら名前が聞かれるようになった。
ドナルド・ハンターの入団からおよそ一年半が経った頃に、ハリー・ジェム、ジョン・ギブソン、ジョシュア・エヴァンスの三人がやってきた。——あるいはこの時点で、こやつらは一つにはなれないものであったのかもしれない。
あとからくっついてきた三人は、ハリー・ジェムが残りの二人を誘ってできた小さな集団のようなものであった。ハリー・ジェムは計画を立てるというのを知らないもので、これが二人を誘ったのも、ジョシュア・エヴァンスは頭がよいように見えたから、ジョン・ギブソンは強い気がするからという理由にもならない衝動によるものであった。ハリー・ジェムは基本的に感情的な男である。以前にポールがワタルに話したように、ハリー・ジェムはウィル・ブロンドンと同類である。あるいはどちらかがもう一方に比べていくらか働く理性を持っているかもしれないが、傍目にはどちらも感情的だものだからわざわざ比べる必要もない。
ハリー・ジェムは最も強い魔物狩りになりたいと望んでいた。なんだってそんなものに、とはこちらも問いたい。なにか彼の羨望を強烈に刺激するフィクションが、この世界かあるいは彼自身の赤い頭の中にあったのかもしれない。そうでなければ、家のすぐ近くにでも魔物狩りがやってきて、その言葉に従って安全な場所へ逃げるというのをせずその奮闘を見て猛烈な羨望が湧いたのかもしれない。こちらとしては、かつてのハリー・ジェム少年に魔物狩りの指示に従うよい子であってほしいが、真実を知るすべはない。
とにかく、ハリー・ジェムは一番とか最強とかいうものに憧れていた。それで、この〝黄金の冠〟がゆくゆくはそういう集団になるだろうとの予感か理想を抱いて入団を申し出た。繰り返しになるがハリー・ジェムとウィル・ブロンドンは同類である。それだから、ハリー・ジェムが一等強い魔物狩りになりたいといえば、ウィル・ブロンドンは喜んで彼の申し出を受け入れた。ジョン・ギブソンもジョシュア・エヴァンスも、このハリー・ジェムにくっついているくらいだからそれなりのやつらである、ウィル・ブロンドンに嫌われるような態度は取らなかった。
「『一等強い魔物狩り』!」ウィル・ブロンドンはハリー・ジェムの言葉を気分よさげに復唱した。「いいね、俺もそういうのになりたいんだ」ウィル・ブロンドンは自らの金髪の根元を指差した。「この頭上に〝黄金の冠〟を戴くような魔物狩りに」
ハリー・ジェムはウィル・ブロンドンと気が合うと強く感じた。またウィル・ブロンドンをいい人だと感じた。この団長と活躍を重ね世間から称賛される将来を思い描いては幸せな気分になった。
果たして、同類とだけあってハリー・ジェムとウィル・ブロンドンとの相性は非常によいといってよかった。ハリー・ジェムはウィル・ブロンドンに共感し、ウィル・ブロンドンもまたハリー・ジェムに同意した。そんな具合だから、ハリー・ジェムはトム・レヴィンの気に入った。トム・レヴィンはウィル・ブロンドンの気に入った者を好いてはそうでない者を嫌った。
ハリー・ジェムはトム・レヴィンから見て、ウィル・ブロンドンの役に立っているようだった。それでハリー・ジェムはますますトム・レヴィンの気に入った。トム・レヴィンから他者に話しかけるというのは多くないのだが、ハリー・ジェムは喜ばしいことにこの口下手に話しかけられるというあまり多くない事象に何度か当選することがあった。
そのうちの一度は、魔物駆除完了後、剣の手入れをしているときで、「お前はその剣の扱いがうまい」と話しかけられた。もっともハリー・ジェム本人は、相手の口調——とか声量とか気配の薄さとかありとあらゆる事象——もあってそれが自身に話しかけている声だとはしばらく気がつかなかった。なんなら人がなにかいった声だとも気づかなかった。
何拍か空けてハリー・ジェムがその可能性に気がつき振り返ると、すぐ後ろにトム・レヴィンが突っ立っていた。ハリー・ジェムは「びっくりした」といって笑ってみたが、トム・レヴィンはなんとなく口元の表情が変わったかという程度の反応しか起こさなかった。
「なにかいった?」
「お前は、その剣の扱いがうまい」
「ああ……そう? ありがとう。トムの武器は変わってるよな、鞭みたいだけど、ちゃんと皮も剥げる」
トム・レヴィンは黙ったまま特製の武器の持ち手の一方を差し出した。ハリー・ジェムは危うくその持ち手に対して——『
ハリー・ジェムはありがたくそれを受け取った。トム・レヴィンは「革以外は、剣とおなじだ」といってハリー・ジェムに渡した。
その『革以外』の部分は、鎖のように、あるいは銀のロープのように見えた。ハリー・ジェムにはこれでどうして対象を切ることができるのかわからなかった。「本当に変わった形だなあ。こんなの、どこにあったんだ?」
「作ってもらった」
「作ってもらった? へえ、それじゃあまさにトムのための武器だな。トムにしか扱えないんだろう。いいなあ、こういう特別なやつ。自分にしか似合わないようなやつ」
トム・レヴィンはハリー・ジェムの返したものを黙って受け取った。「お前には、その短剣が向いてる」
「凡人には平凡な剣がお似合いだって?」ハリー・ジェムは冗談をいって笑ったが、相手の示す反応が読み取れず「まあこの剣にも癖があるだろうからな」と続けた。「これだって俺にしか扱えない特別な剣だ」
「お前は、剣を投げることもある。投げるのと、切ったり刺したりするのとは決めてあるのか」
「うん。投げやすいのがあるんだよ」ハリー・ジェムは腰のベルトから一本抜いた。「これは一番気に入ってるやつだ、自分が特殊な力でも持ってるんじゃないかと思うほど、思ったとおりに思った場所に飛ぶんだ。魔物に近づくのにびびったときはとりあえずこれを投げる。急所の読みが外れたときは……まあ、あれだけど、逆に読みが正しければまず倒せる、今のところ百パーセントの確率だよ」
「短いと、重くない?」
「ん、剣が? そうだな、団長が振り回してるようなでかいのより、ずっと軽いんじゃないかな。まあ俺は正直、小さい頃に兄貴とさ、——ああ、知ってるか、ちっちゃい矢みたいなのを的に投げる遊び——あれに憧れて、家にあったこういうナイフを手作りの不恰好な的に投げて遊んでたんだ。それで、こういう仕事するってなってじゃあ武器が必要だねってなったとき、こういうナイフしか選択肢になかったから、団長が持ってるようなでかいのを持ったこともなくて、あれがどれくらいの重さか全然わかんないんだけどね。——トムは軽いからそれを持ってるの?」
「普通の剣は扱いづらい。振れば勝手に敵を切ってくれるような剣が欲しかった。剣の練習をしてたんじゃ、団長の役に立てないから」
「あの団長なら、ほとんどの敵を一人で倒せそうだけどな」
ハリー・ジェムの笑い顔はトム・レヴィンには素晴らしいものに見えた。トム・レヴィンは喜んで笑った。「団長はすごい人だ」
ハリー・ジェムがトム・レヴィンの笑い顔を珍しく思ったところである、「戻るぞ」とウィル・ブロンドンの明るい声がかかった。彼と残りの団員とで魔物の皮を剥いでいたのである。この日ウィル・ブロンドンはハリー・ジェムがよく働いたのをかわいがって、剣の手入れでもしながら休んでいろと命じていたのだった。
その現場の報酬がなかなかいいものだったので、ウィル・ブロンドンは気分よさそうに「うまいものを食いにいこう」と団員を誘った。この当時は誰もがウィル・ブロンドンを慕っていたものだから、拒む者はなかった。
その晩餐の舞台となったのは、のちにハリー・ジェムとウィル・ブロンドンとが衝突することになる酒場であった。この頃すでに、ウィル・ブロンドンは店員と親しく話すほど通っており、彼は「いらっしゃい」と迎えた若い女に「やあ、ジニア」と機嫌よく笑った。店員はその花の名のよく似合う、華やかで愛らしい女である。いいかえればウィル・ブロンドンの好みに合う女であった。
酒が入ってますます気分のよくなったウィル・ブロンドンは、何杯目かの酒を持ってきたジニアの肩を抱いて長椅子に座らせた。ジニアは一瞬、露骨に嫌な顔をした。
「大変、ウィル・ブロンドン団長。あたしったらまだ仕事中なんですよ」ジニアは素直で、またそういられるほど強い女である、口調に素直な感情を乗せていった。
「ちょっと俺の自慢の団員を紹介するだけだよ。ちょっと前に入った、ハリー・ジェムとジョン・ギブソン、ジョシュア・エヴァンスだ」
「ずいぶん大きな団にするんですね?」
「もちろんだ。ジニア、よく覚えておけ。〝黄金の冠〟は最も立派な魔物狩り集団になるぞ!」
「まあ、それは楽しみ」
「俺らが最強であると世間が称賛するようになった暁には、お前を嫁にする!」
「いいえ、団長、それを決めるのはあたしです。立派な団の長になったあなたが、あたしにとっても魅力的であることを願っていますよ」
ウィル・ブロンドンは上機嫌に笑った。「生意気な女だ。でもお前の場合それがいい」
「あたしも早いうちに素敵な男性に見つけてもらえるよう努力しますから、そちらも頑張ってくださいね、ウィル・ブロンドン団長」
ジニアはちょっと乱暴にウィル・ブロンドンの手を払って仕事に戻った。ウィル・ブロンドンはへらへら笑ってジョッキを手に取ると、「いい女だろ」と誰にともなく自慢するようにいった。
「彼女がまともでよかったですよ」ジョン・ギブソンがいった。「こんなところで馬鹿みたいにいちゃつかれたらどうしようかと」この冗談にウィル・ブロンドンとハリー・ジェムが笑った。
「それはそれでおもしろかっただろうな」とハリー・ジェム。
「そんなことはしない、お前らがジニアの魅力に気づいちまうかもしれない」
ハリー・ジェムは「まだ気づいてないとでも?」といってウィル・ブロンドンを笑わせた。
〝黄金の冠〟はその名を知る者を順調に増やし、団員らの仲もおおよそ良好で、集団として好調であったが、これを妬むような者があった。これがまた面倒な話で、というのも、団の外にそういうのがいるというならまだ理解もできようが、実際には団の中にいたのである。——ドナルド・ハンターだった。
こやつだって、己の所属する団の評判がいいのを聞いて嫌な気を起こしたわけじゃない。それにはむしろ人並みの喜びを感じていた。が、これが嫉妬したのはほかの団員らの仲のよさである。ウィル・ブロンドンは団長という立派な肩書きがあるし、ハリー・ジェムはみなに好かれている。ジョン・ギブソンとジョシュア・エヴァンスは初めからハリー・ジェムと親しいし、トム・レヴィンはウィル・ブロンドンにかわいがられ、ハリー・ジェムとも親しい。ドナルド・ハンターはそういうのを見ながら、それじゃあ自分はどうだろうと考えずにはいられなかった。
そういう考えごとは、決まってドナルド・ハンターを苦しめた。自分がこの団に必要とされていないような感じがした。ウィル・ブロンドンはトム・レヴィンとハリー・ジェムを露骨にかわいがるし、ジョン・ギブソンとジョシュア・エヴァンスの親しいのは自分じゃなくハリー・ジェムである。ドナルド・ハンターに残るのは、決まって、それじゃあ自分はなにを求められてここにいるのかという自問だった。自答の内容はいつも、こやつの変な劣等感を煽った。それでその劣等感というのは、ドナルド・ハンターに銃の練習を強く勧めた。
ドナルド・ハンターはひたすら鍛錬に打ち込んだ。なんでもいいから自信が欲しかった。現場で役に立てるという自信はこの団にいる十分な理由になると思った。
劣等感というのは厄介なものである。ドナルド・ハンターは
ドナルド・ハンターは、やがて過剰な自信をつけて冷笑的になった。
こなしていく現場には住宅街もあった。ハリー・ジェムが急所の読みを外してナイフを投げ、すぐにジョシュア・エヴァンスが剣を振るいにいった。しかし相手は大きな図体をしていてもただの生物であり、ハリー・ジェムの中途半端な攻撃に恐怖して暴れ出した。飛び上がり剣を振りかざしたジョシュア・エヴァンスは軽々払い飛ばされた。ドナルド・ハンターが撃ったのはウィル・ブロンドンが向かったとき、彼の後ろからだった。銃弾は魔物の胸を撃って民家の壁にめり込んだ。
これにウィル・ブロンドンが激怒した。ドナルド・ハンターに大股でずんずん寄りながら「お前は俺を殺す気か」と怒鳴った。
ドナルド・ハンターは軽く笑ってウィル・ブロンドンの怒りに燃料をぶち込んだ。ウィル・ブロンドンはドナルド・ハンターの胸ぐらを掴んだ。
「手前、どんなときに撃ってんだよ!」
ドナルド・ハンターは広角は上げたままに顔を背けた。「あそこで撃たなければ、団長だって重傷を負うところだった」
「なら重傷負わせとけよ、手前の弾では死にたくねえ! だいたい、ここは住宅街だぞ、銃を使うのには向いてない! こういうところでは、現場を荒らさねえのが最優先事項だろうが!」
ドナルド・ハンターはようやくウィル・ブロンドンを見た。「それじゃあ団で死人が出てもいいと?」
「手前の弾で死にかけてんだよ!」
「でも死んでない。俺が撃った弾は魔物の急所だけを撃った」
「結果の話をしてんじゃねえし、
「撃たないのがよかったとは思わない」
「あ?」
「これで団長が怪我してたら、しばらく団長抜きでやることになる。それでまとまるとは思えない」
この団長がこういう言葉に悪い気がしないウィル・ブロンドンだから、ドナルド・ハンターがつけ上がるのである。ウィル・ブロンドンはここではそれ以上ドナルド・ハンターを
それからは、ドナルド・ハンターは団長が自分を気に入らないのは団長自身を超える優秀な魔物狩りだからだと過剰な自信を持ち、ウィル・ブロンドンはドナルド・ハンターのそうした暴走を抑えたいあまり団員全体に支配的になり、ハリー・ジェムがその支配を嫌い、ジョン・ギブソンとジョシュア・エヴァンスがドナルド・ハンターの暴走に呆れつつハリー・ジェムに同意した。残るはトム・レヴィンだが、あれは、客観的に見てどうであるかにはまるきり関心を持たず、ただウィル・ブロンドンこそ正しくまた尊いものと固く信じて疑わない。そんなわけで、特にドナルド・ハンターとハリー・ジェム——加えてそれに同意するジョン・ギブソン、ジョシュア・エヴァンスに不快感を募らせた。〝黄金の冠〟は書類の上ではハリー・ジェムとそれにくっついた二人との三人と分裂した形だが、実際にはそれに加えてウィル・ブロンドンとトム・レヴィンの二人とドナルド・ハンターの一人との間にもまた深い溝があるのだった。
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