ワタルと〝PRINCE〟
こちらもまたよく晴れた朝である。狭い一室にぽつんと置かれた小汚いベッドに眠る若男がある。先だって〝宝飾の輪〟の団員となったジョン・ギブソンのに似た黒髪を生やしたこの男、名をワタルという。ジョン・ギブソンの〝ギブソン〟にあたるものはないのか、と思った者があれば、こちらも共感するよりほかにしょうがない。ワタル・スミス、ワタル・ジョンソン——なにかしら続くものがあってもいいように思われる。しかしこの男はワタルなのである。それじゃあこやつは何者か?との疑問にもまた、こちらは共感するよりほかにできない。ただ思うに、こやつは何者でもない。ワタルという名の青年の男、それがこやつのすべてである。とんでもない悪人でも素晴らしい善人でもない。
さて、ワタルがベッドの中で動き出した。声をあげて伸びをする。すると、たいして大きくないベッドからごろんと転げ落ちた。直前までの寝ぼけた声は「おー
痛みが引いてくれば頭が冴えてくる。ワタル、昨夜遅くまで魔物を相手に剣を振り回しちょこまかと動き回っていたことを思い出す。何軒もの宿をあたって、ようやく受け入れてもらえたのがこの素晴らしい宿だったという具合である。——この宿のなにが素晴らしいって、色に複雑な濃淡のある床は歩くたびにぎしぎしと大きく軋み、ところどころいやに柔らかい。柔らかいところは踏んでもほかほど大きく軋まず、その忍耐強さで踏んだ者をぞっとさせる。部屋は狭くベッドはきれいとはいい難い。これで営業できているのだから、そんなに素晴らしいことはない。
ワタル、すっかり痛みの引いた鼻を解放して起き上がる。窓枠に手をかけ、おいしょと持ち上げる。が、窓はうんともすんともいわない。乱暴にすれば取れてしまいそうな鍵はかかってはいない。建てつけが悪いのだろうと見て、ワタルは短く息をついた。どうにもしようがないので、荷物をまとめて革製のリュックを背負い、薄ら
その階段はよほど旨い素材でできているらしく、あちこち虫に喰われた踏み板を、ワタルはどうか崩れないようにと願いながら恐々下りていく。
一階に着いたワタルは神に感謝した。
一階には受付のカウンターがあるが、談話室のようになっており、食事をとっている者もある。ワタルはカウンターに向かった。「あの」と声をかければ、中年の女がいやに圧迫感を感じさせる低い声で迷惑そうに「なんだい」と応じる。
「食事をいただけますか」
中年女はますます迷惑そうな顔になる。「異人に食わせる飯はないよ」
ワタル、慣れた気がするばかりでまるで慣れない蔑称に笑顔が引きつる。「ああ、えっと……お金はあります、払います、もちろん。もちろん……」
「金を払ったってあんたは異人だろう」中年女の鼻が不愉快そうに鳴る。「関係ないね。ここでは夜をしのぎたかったんだろう」中年女は「ごらんよ、よく晴れたいい朝じゃないか」と手を広げると、「さっさと出ていきな」と、
これまたどうにもしようがないので、ワタル、リュックの肩紐をしっかりと掛け直して宿を出る。中年女のいうとおり、まったくよく晴れた、いい朝である。
ワタルがぐるぐると鳴いた腹に手をあてたときである。背中にどんと衝撃を受けて、振り返るより先に十歳ほどの少年が三人、前を走っていった。
「やーい、イジン、イジンめ!」
「へへへ、イジンだイジンだ!」
「マヌケなイジン、イジンめ!」
ワタルは少年らになにかいおうとしたが、中途半端に手を伸ばして半歩踏み出したばかりで、ほかになにをできるでもないまま少年を逃がしてしまった。足を揃え、手を下ろして、ワタルはため息をついた。
「異人って……なんなんだよ?……」
ワタル自身に、こう呼ばれる理由に心あたりがない。彼からしてみれば、生まれも育ちもこの街で、よその文化には一切触れずにきたわけだから無理もない。
ワタルは自分の腹がまた鳴ったのを聞いて、ゆるゆると首を振った。
「まずは朝食を……。それから、昨日手に入れた魔物の毛皮を換金して、魔物狩りの現場を探すんだ」
改めてリュックの肩紐を握り直したワタル、はたと気がつく。リュックが異様に軽い。じわりと嫌な汗をかいてリュックを下ろすワタル、被せのボタンを外す必要のないことにますます不安になる。慌てて中を覗けば、革の内側がしんとしていた。金を入れる袋がなければ魔物の毛皮もない。
「え……。え、噓だろ……全部持ってかれた?……」
さっきの子どもたちか、と理解しても、とっ捕まえるべき相手はすでに姿が見えなければ声も聞こえないところにいる。
ベッドから落ちないか、
さてどうしたものかと悩み始めたところで、ワタルの体がふっと軽くなった。ワタル、自らの両手を見てみると、宿を出てからずっといる街の景色を見渡す。これが不思議なもので、石造りの建物が並ぶこの景色、初めて見るもののように感ぜられる。それでもこれまでの記憶はあるもので、ワタルは今一度リュックの中を確認する。このようなことをするとき、持っている記憶は決まって正しいもので、リュックの中は
そうだ、やっぱりあの子たちに
右を左を人がゆく中、ワタルはゆっくりと立ち上がって空っぽのリュックを背負った。それから両手でごしごしと顔をこする。それからふっと笑った。
なあに、金がなけりゃ稼げばいい。毛皮がなけりゃ狩ればいい。腹が減ったなら食えばいい。まずは食える実の
ワタルはぐうぐう鳴る腹を、手をあててかわいがってやった。それから小さく叫んだ、「さあて、悪運凶運どんとこい!」
このワタル、ある程度のことではへこたれない丈夫な、本人の鼻とおなじくらい頑丈な精神を持っている。この前向きな精神は、彼自身が神から賜ったもので最も優れたものと喜ぶものであった。先にこの青年について、名をワタルというばかりの男であると書いたが、あるいはそれは間違いであるかもしれない。正しくは、この青年、名をワタルという、誰よりも頑丈で前向きな精神を持った男である、とすべきだったかもしれない。それほどに、こやつは前向きな男であった。
——と、ワタルに「どうかしたかい」と声をかける者が現る。
ワタルは間の抜けた声を漏らして声の主を見た。その者はすぐ前に立っていた。ワタルは自分の顔に人差し指の先を向けた。「え、俺?」
「悪運凶運どんとこい、なんて、立派じゃないか」
ここでワタルは驚いた。声をかけてきたこの男が大層整った顔立ちをしていたためである。ワタルの名誉のため、また事実を正しく伝えるために続けるが、相手の青年の顔立ちが整っているというのは、ワタルの見方によるものではない。この男は美男子であるという、どうにも覆しがたい前提があるためである。朝陽を美しく思うように、あるいは海や山や花を美しく思うように、この男は多くの者にとって美しいものなのである。これはこの世界にもたらされた前提である。たとえば女はこの青年に甘い声を上げ、また男はこの青年をいかに憎もうと、こやつの顔立ちの整っていることばかりは認めざるを得ない。ワタルは——別に青年を憎んではいないが——そうした男の一人だったわけである。
「悪運や凶運に立ち向かう必要があるのかい?」
「ああ、その……」ワタルは首筋を掻いた。「掏摸に遭って……」
「おお、それは災難だ。一文無しってわけかい」
相手があんまりにはっきりいうものだから、ワタルは苦笑するよりほかにできなかった。「個人で魔物狩りをやってるんだけどね、俺は狩った魔物の毛皮を売って生活してるんだけど、その毛皮もなくなっちまったんだ」
「そりゃあもうどうしようもないね」
ワタルはまた首筋を掻いた。「きみはずいぶんとはっきりいう人だ」
ワタルが周囲が騒がしいことに気がつくと、相手の青年もまたおなじことに気づいたようで、彼は顔をしかめた。
「ここはうるさい。朝食はとったかい、奢るからどこか店に入ろう」
ワタルがなにか答えるより先に、青年は「さあ、きて」といって歩き出した。ワタルにとってもこんなに幸運なことはない、女の声で賑やかな通りを青年を追って進んだ。
しばらくいったところにある店に入った。
ワタルはその勢いのまま品書きを受け取った。「あの……こういう訊き方はちょっと変だけど、きみは何者なんだ?」
「きみとおなじ魔物狩りだよ、それもフリーの」
「個人でやってるんだ?」
「うん」
「人に飯を奢れるほど儲かってるのか?」
「そういうわけでもないけど。正直にいえば、俺はきみを厄介なことに巻き込もうとしてる。どうだ、平凡な魔物狩りが朝食を奢る理由として十分だろう?」
「俺はなにに巻き込まれようとしてるんだ?」
「この世界についてだよ」
「なんだよ、それ」ワタルは慌てて品書きをテーブルに置いた。「嫌だよ、断る! 俺は別に
青年はテーブルの上で手を組んだ。その手先について——特にそれに対する審美と讃美——はわざわざ書き記す必要もないだろう。
「よし、それじゃあいい方を変えよう」
「手遅れだよ」
「この世界についてっていうのは、きみに知ってほしいことがあるってだけだ。俺は同業者のきみに会えたのは幸運だと思ってる。魔物狩りとして解決したいこともあるからね」
「じゃあまず話してくれよ。朝食を奢ってもらうかどうかは、それから決める」
「俺は話をしたらきみのそばを離れない」
「絶対嫌だ」
「俺は仲間がほしいんだ。だからきみを仲間にする」
「俺の意思はどうなる」
「悪いけど無視する」
ワタルは天井を仰いでぐるりと目を回した。「きみはいい性格をしてる」
「仰るとおり、俺は俺にとっていい性格をしてる。だからこのままきみを解放するつもりもない。勝手に喋って勝手に付きまとうつもりだ」
「そんなことならせめて美女であれよ。それならもうちょっと素直に協力したい、ていうか助けてやりたいと思えただろうに、なんできみは男なんだ」
「神様の仕業だな」
「ああそうですか」
「ほら、こういうときにあの呪文を唱えて自分を鼓舞するんだ。悪運凶運どんとこい、って」
「悪いけど、俺にとってきみに会ったのはどんな悪運より悪運で、どんな凶運よりも凶運だ」
「それならせめて、
ワタルは、自分が、なんなら気持ちがいいほど簡単にいいくるめられているのを感じながら、改めて品書きを開いた。思わずため息をついた。
ワタルが料理を選ぶと、青年はワタルの選んだものをすべて二つずつ注文した。
ワタルはもうどうしようもないとすっかり諦めて、運ばれてきた料理を鉄板の上で切った。
「それで、なんだっていうんだよ?」
「ライスを食べるのは久しぶりだ。きみはよく食べるのかい?」
「話をしてくれよ」ワタルは見せつけるようにフォークに刺した肉を口に入れた。「俺はこの上ない凶運に取り憑かれた。もう諦めたんだ、話してくれよ」
「なにから話したものかなあ。話して信じてもらえるとも思えない……」
「それじゃあなんで俺に付きまとうなんて宣言したんだよ。いいよもう。見ただろ、食っちまったし、きみがなにをいい出しても信じるって約束するよ」
青年はフォークに刺した肉をゆっくりと口に入れた。「それじゃあまず、感覚の話をしよう」
「感覚? 悪いけど難しい内容なら噛み砕いて話してくれよ。難しい話ができる知力があるようなら、体力勝負の魔物狩りなんてやってない。薬のことでも魔物のことでも、研究をやってるだろうさ」
「俺だって賢くない。だからこんなにうだうだしてる。俺が話したいのは、日頃俺たちが感じているものについてだよ」
「緊張か? 仕事のときはいつも緊張する」
「たしかに仕事中にも感じることがある。でもそれはすごく珍しい。なあ、普段、ふっと我に帰るような、ふっと冷静になるような瞬間ってないか? 俺が話しかける直前にも感じたはずだ」
「きみに話しかけられる直前?」
ワタルにとっては少年三人にぶつかられた頃である。
「ああ、そういえば! なんか、ふっと体が軽くなった感じがあったよ」
「ああ、そうか! そうだろ、そうだろう!」青年はずいぶん嬉しそうに声を上げた。「それって、さっきが初めてじゃないだろ?」
ワタルは肉にナイフをあてたままちょっと上を見た。「ああ……たしかに。急に、ふっと軽くなる。なにか食べてるときとか、風呂あがりとか」
「ああ、そうだよな! それっていうのはさ、神の干渉が終わった瞬間なんだよ」
「神の干渉だ? なんだよ、それ?」
「この世には神がいる。素晴らしいカミサマだよ」青年の神を呼ぶ口調にはどこか嘲笑の気配があった。
「そりゃあいるだろうよ」対してワタルは至ってまじめに応じた。「俺なんて、仕事の前には必ず神に祈ってる」
「神っていっても、あれだ、創造神だよ。この世界を作った神だ」
ワタルは青年の話を深く理解するのを諦めた。「じゃあなんだ、創造神がこの世界に干渉することがあるのか?」
「そうだ。お前は賢いな」
ワタルはお前と呼ばれたのが気になって、青年に自分たちの仲を再確認させようとした。「ところで、きみの名前は?」互いに名前も知らない仲である。
青年はわかりやすく嫌な顔をした。「……ポールだ」
「そうか。短くて親近感が湧くな。俺は——」
「ワタルだろ? 知ってる」
「俺が最初にした質問のしかたも間違ってなかったな。きみは何者なんだ? 創造神とやらの使いか?」
「それじゃあ天使みたいだ。どちらかといえば悪魔の方だ」
「よし、いいだろう」ワタルはフォークとナイフを置いた。「難しい話は短く済ませるに限る。余計な質問はしないから、どんどん話してくれ」
「よし」ポールもまたフォークとナイフを置いた。「この世界には、創造神の作った記録がある」
早速質問する必要に迫られた。「記録?」
「カミサマがこの世界を作るだろ? そのための設計図みたいなものだ。いや、図じゃなくて文だけど」
「なんだよ、それ?」
「設計図っていったけど、図はないんだ」
「そこじゃないよ。その設計図——もう設計図でいいよ——それってなんだよってこと」
ポールはテーブルにごく薄い本を一冊置いた。「こうして話していられる時間にも限りがある。じきに、また干渉が始まる。いいか、これがその設計図だ。見てみて」
ワタルはいわれたとおり本を手に取った。
「読んでみてくれ」
表紙を開いたところには『無題』の文字があった。ワタルはそれとだけ書かれたページをめくった。一番初めに目に入ってきたのは自分の名前だった。ワタル。誕生日、年齢、容姿、仕事内容などがワタル本人のものとまったくおなじに記録されている。
「なんだよ、これ?」
「カミサマの設計図だよ。カミサマがこの世界について、特にこの世界の住民について記録してるんだ」
「きみのことも書いてあるのか?」
「次のページにね」ポールは心底嫌そうにいった。
実際、次のページにポールという名の人物についての記録があった。ただし名前の上には〝PRINCE〟の文字があった。
「
「まさか。この国の王も知らないのに?」
ワタルははっとした。「たしかに、この国に王っているのか? 王とか皇帝とか、そういう人たちについてまったく知らない」
「カミサマが考えてないからだ」
「なんだって?」
「見てみろ、その本に、王侯貴族に関する記録が一切ない。そして俺たちも一切知らない」
ワタルはもう一度本のページに向き直った。「ポール=ロナルド・イアン・ネイサン=カルダー・エッカート……ああなるほど、イニシャルか。イニシャルがPRINCEなんだ」
「読み上げるな、そんな馬鹿げた名前!」
ワタルは続きを読む前にポールを見た。「由来はあるのか?」
「お前は意地悪だな。ポールは両親、ロナルドは一番上の姉、イアンは二番目の姉、ネイサンは三番目の姉、カルダーは母の、エッカートは父の名字だ」
本にもそのとおりに書いてあった。「よく覚えていられるな」
「これでも自分の名前だからな。それで、信じてくれるか、それがカミサマの設計図だって」
「なんかよくわからないけど……でもそういうことなんだろ、これが神様の設計図なんだろ?」
「俺はそう思う。だってあまりに正確にこの世界のことを記録してる」
「でも、なんでこんなものがあるんだ? 神様の設計図……どの国にもこういうものがあるのか?」
「
「塗りつぶすってことか? 待てよ、もしもこの本に書いてあることがこの世界に存在するんだとしたら、めちゃくちゃにしたらどうなっちまうんだよ?」
「結論としては、どうにもならない。その本に書いたものは、全部消えてしまう。便利なものとか都合のいいことを書き足しても消えるんだよ。反対に、こっちが消したいものをペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶしても、塗りつぶしたことが消えちまう。だから俺はこんな馬鹿みたいな名前を持ってる。何度消そうとしても無駄だった」
「呪いかなにかか、これは?」
「とにかく、その本の内容はこの世界にとって絶対だ」
ワタルは今一度ポールに関する記録を見た。容姿については、どこをどう切り取りどう見ても美しい青年、とある。——前提というのはこういうことである。
ワタルは一つ深呼吸した。
「それで?」
ポールは不思議そうな顔をした。「それでって?」
「馬鹿野郎。魔物狩りとして解決したいこともあるっていってただろ。なにが起きてるんだ?」
「ああ」ポールはワタルの選んだ飲み物で口と喉を濡らした。「これがまた厄介なんだよ。お前は、魔物狩りの三大集団を知ってるか?」
「え? 三つも立派な集団があるのか? 〝黄金の冠〟と〝光輝〟くらいしか聞いたことないな」
「そう、今まではその二つだった。ウィル・ブロンドン率いる〝黄金の冠〟と、アレクセイ・トップ率いる〝光輝〟」
「俺は、個人でその日の食事代を稼ぐばっかりだから詳しく知らないけど、あれだよな、アレクセイ・トップって、すげえいい人だって話だよな。アレクセイの性格に引っ張られて、〝光輝〟も理想の団扱いだ」
ポールは一つ頷いた。「ちょうどいい、ページをめくっていけばそれぞれの団とその団員についての記録がある。順に説明しよう、手短に。〝光輝〟リーダー、アレクセイ・トップ」
「プラチナブロンドの長髪、長身の美青年って書いてある」
「そんなのはどうでもいい。問題は性格だ」
「話に聞くとおりじゃないか。記録をどう読んでも、穏やかで優しいって感じだ」
「たしかに、彼は魔物狩りなんかをやってる割にまともな男だ。俺は彼を推したい」
「ほう、なんの話だ?」
「次、ベンヤミン・キューブ」
「副団長か。金髪碧眼。癖毛を顎のあたりまで伸ばしてるって、ちっちゃい女の子みたいな髪型だな」
「そんなのはどうでもいい」
「問題は性格だってか。おとなしいってよ、無害ないい奴なんじゃないか? 魔物狩りに向いてるかは疑問だけど」
「問題はそこだ、俺はアレクセイ・トップを推すけど、うまくアレクセイが出てくればベンヤミンも出てくる。彼は魔物狩りには向かない」
「アレクセイ団長がいれば大丈夫なんじゃないの?」
ポールは難しい顔で唸った。「で、残りのティム・ファインとレオナルド・チェイス」
「口髭生やした茶髪と目元にほくろをつけた黒髪だな」
「彼らは特に問題ないと思う」
「ふうん。まあ、お前がなんの話をしてるのか、俺がさっぱり理解してないのが一番の問題だもんな」
「次はお前も知ってる〝黄金の冠〟だ」
「うん、〝光輝〟も名前は知ってたけどな」ワタルは本に続く彼らに関する記述を見て驚いた。「え、待て。〝黄金の冠〟って三人だったか? 五人か六人くらいの、大型集団じゃなかった?」
ポールは喉を潤して頷いた。「そう、ちょっと前までは六人組だった。分裂したんだ」
「仲間割れか? まあ六人もいれば、よっぽど仲がよくないと難しいだろうな」
「それが問題なんだ、〝黄金の冠〟が分裂したってのが」
「そろそろわかりやすい説明をくれないと、俺、諦めるぞ」
「〝黄金の冠〟から、ハリー・ジェム、ジョン・ギブソン、ジョシュア・エヴァンスの三人が抜けて、〝宝飾の輪〟って団を作ったんだ。そっちにも書いてあるけど、団長はハリー・ジェムだ」
「うーん。一気に何人も出してこられても困るし、ええと、ハリー・ジェムか、この人もよく知らない人だなあ」
「俺が聞いた噂じゃ、このハリーってのが危ないんだ」
「あ、なに? ずっと噂の話をしてたの?」
「そして困ったことに、魔物狩りの問題児はそいつだけじゃない、〝黄金の冠〟のウィル・ブロンドンもそうなんだよ」
「あ、そう。なるほどね。いよいよ、お馬鹿な俺にも読めてきたよ。黄金の輪……じゃなくて——」
「黄金の冠」ポールがいった。
「そう。〝黄金の冠〟と〝宝飾の輪〟が喧嘩してるっていいたいんだろ」
「ご名答、お前は天才だな」
相手の口調にそれほどの感情が乗っていなくても悪い気はしないワタルである。
「今となっては内戦が起きてるようなものだ。元は一つの団に所属してた人たちが潰し合いを始めようとしてる」
「穏やかじゃないね」
「それでだよ、俺がアレクセイ・トップを推すっていってるのは」
「きみが推したところでどうなる? アレクセイ様万歳!って騒いだところで、〝黄金の冠〟と〝宝飾の輪〟の喧嘩に収拾がつくわけじゃないだろ」
「アレクセイ・トップが、まったくその記録のとおりの色男なら、そうだな」
ワタルはあまりの情報量に疲れ果てて、本を閉じてテーブルに置いた。「どういう意味?」
「それは、我らが素晴らしきカミサマの設計図だ。そこに書かれているのは、カミサマの望む姿に過ぎない」
「この世界にとってこの設計図は絶対だっていったのはどちら様?」
「ああ、絶対だ。それは噓でも間違いでもない。だから俺は馬鹿みたいなイニシャルをつけられ、この国には王侯貴族が存在しない。でもお前だって知ってるだろ、ワタル。俺たちはこうして自由に動けるんだよ。カミサマが作ったこの世界で、カミサマの干渉がない間は。そんで、カミサマの作り込みの甘いところには、こっちで理由づけがされる。〝黄金の冠〟と〝宝飾の輪〟っていう似たくさい名前の魔物狩り集団があります、ええそうなんだ、その二つの集団になにか関係があるんですか?って。カミサマは
ワタルは小難しい話にあくびが出そうになった。「ええと?……それじゃあ、実際にはアレクセイ・トップって人はどんな人なんだ?」
「基本的には穏やかで優しいが、ものすごい野心家だ。彼は魔物狩りのトップに立ちたがってる」
「ふうん?」
「だから俺は彼を推す。今は〝光輝〟も〝黄金の冠〟も〝宝飾の輪〟も同等の団だけど、〝光輝〟がその名にふさわしい名誉を手に入れれば、〝黄金の冠〟と〝宝飾の輪〟の潰し合いは落ち着く、俺はそれを望んでるんだ。〝黄金の冠〟が〝宝飾の輪〟を潰そうと、あるいはその逆の結果になろうと、その上に圧倒的な——それこそ王者として〝光輝〟がいるってことになれば、争う気も失せるだろ?」
「ああ……」ワタルは両手で顔をごしごしこすって、深呼吸した。
「なるほどね。まあ、表面的なことは理解したよ。いいたいことはわかった。でも、なんでそこまでする? どの団がどの団と争っていようと、個人の俺たちには関係ないことじゃないか」
「馬鹿野郎、仕事がなくなるだろうが」
「なんでだよ。勝手に潰し合ってるんだろ? 三大集団のうち二つが互いを潰すことに集中してりゃ、むしろ仕事がほかの魔物狩りにも回るようになるくらいじゃないか」
「馬鹿野郎、それじゃあ潰し合いどころか殺し合いだろうが。魔物狩りの価値はなんだ、魔物を狩ってその土地、その地域に平和を取り戻すこと、
「それじゃあ、〝光輝〟をこの国の魔物狩りの王にしようったっておなじことじゃないか。〝光輝〟が魔物狩りの王になるまでに、どれだけの仕事をこなす必要がある? 彼らが王座に上り詰めるまでに、俺たち矮小なフリーは仕事を失う」
「二組が見境なく暴れ回るのと一つの団が大活躍するのとでは、まるで話が違うだろ」
「うーん」ワタルも飲み物で口と喉を潤した。「それで、どうするつもりだよ?」
「〝光輝〟に接触して、彼らの活躍の場を——」
ワタルは突然、意識が遠のき、体が重くなるのを感じた。カミサマの干渉が始まったようである。
——こちらは引き続き、彼らの活動を正確に記録する。
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