俺、なぜかカミサマに嫌われて

白菊

カミサマの知らないこと

〝黄金の冠〟と〝宝飾の輪〟

 酒場の中は、六人組の魔物狩り集団に属する男らのうち二人が、ある洞窟へいくべきだ、いいやいくべきじゃないと熱のこもった声でいい合っているせいで、これから——特にこの男二人の間に——起こることをなんとなく察して静かになっていた。


 魔物狩りの声がいよいよ火花を散らしそうになった頃、ついにビールがジョッキを飛び出して、一方の顔をずぶ濡れにした。だれにも味わってもらえることなくしずくになった哀れなビールは、被害者の赤い髪からもぽたぽた滴った。


 髪と服と一緒に酒臭くされた顔を手で拭う赤髪の団員には、長い金髪を一つに結い上げた酒飲みの団長がビールをぶちまけたわけだが、その団長はからになったジョッキをテーブルに叩きつけると「いい加減にしろ!」と声を荒らげた。それから「調子に乗るなよ」と唸って、また怒鳴った。「リーダーは俺で、お前に指図されるいわれはない!」と。そういうものらしい。


 「調子に乗ってるのはてめえのほうだ!」ずぶ濡れの赤髪も負けじと怒鳴り返す。「てめえは何様だよ、あ? どんな魔物もかすり傷一つ負わないでひょいと倒せるのかよ、ちげえだろ、なあ!」赤髪は金髪に腕に向けて人差し指を突き出した。「その腕はなんでそんなに太い! そうやって肌が変色するほど脂肪が詰まってんのかよ、筋肉でふくらんでんのかよ、ちげえだろ!」赤髪はいい含めるようにゆっくりといった、「お前は、魔物の、毒を、浴びたんだ」


 金髪は目を剥くと、ほかの団員の制止を振り切って赤髪に掴みかかった。「てめえはなんのためにここにいる! なんといってここにきた! 忘れたとはいわせない、俺は覚えている。てめえは、一等強い魔物狩りになりたいといってここにきたんだ」


 赤髪はまっすぐ金髪の目を見た。「じゃあそれにはなにが必要だよ?」

 「場数を踏むことだろうが!」

 「ちげえだろ!」赤髪もまた金髪の胸ぐらを掴んだ。「ちげえだろ、仲間と、その安全だろうが!」赤髪は金髪を突き放すと、濡れた前髪を掻き上げた。


 「黄金の冠俺たちにはお前が必要だ、リーダー。ただし、魔物の毒を浴びてない、な」


 金髪はジョッキを引っ掴んで相手の赤い髪に投げつけた。赤髪の頭を強く叩いたジョッキは鈍い音を立てて石張りの足元に転がった。金髪は「出ていけ」と唸る。「手前は黄金の冠ここに、必要ない」

 「お互い様だ、くそったれ」赤髪は席に下ろしていた、武器で重たくなったベルトを腰に締めた。それから金髪の目を睨むと、十五歳で入団してから五年、ともに活動してきた団長に「くたばってしまえ」と小さく吐き捨てた。

 赤髪はドアへ向かいながら、鼻の奥がつんとする感じがして、口を強く閉じて目を動かした。


 赤髪は陽のほとんど沈んだ街をぶらぶら歩き、暗く汚い小道に見つけた、捨てられたような古ぼけたベンチに腰を下ろした。木製の座面はずいぶんたわんだが、青年の男一人分の重みに耐えた。


 赤髪はポケットからポーチを取り出して、紙に葉を巻いた。端を舐めてとめたのをくわえてようやく、手持ちのライターが使えないことに気がついた。今し方巻いたたばこを手にため息をついたとき、横から火のついたライターが差し出された。


 ライターの持ち主は「どうぞ」といって、赤髪を「ハリー」と呼んだ。

 灰色の髪を後ろの低いところで丸めているその男は、赤髪の左側、だいぶ離れたところに座っていた。あちらは赤髪の座っている方に比べれば傷んでいないらしかった。


 赤髪は「ジョシュア」と相手の名前を呼んだきり固まった。

 彼に改めて「どうぞ」と火を差し出されて、赤髪はようやくたばこに火をつけた。夜に近い黒っぽい空気に白い煙を吐く。


 「まったく、臭い煙を吸い込んでなにが楽しいんだか」


 声がして左前方を見ると、前髪を真ん中で分けた黒髪の男もいた。

 赤髪は黒髪と灰色の髪とを交互に見た。「お前ら、なにしてるんだよ」

 「ジェム兄さんが出ていっちまったから」黒髪がいった。「仲間思いの短剣使い、ハリー・ジェムさんが」この男の口調はいつもどこか嫌味くさい。

 「俺を連れ戻す気か?」赤髪は笑いながら首を振った。「それなら諦めろ、もういられない」

 「それは俺たちだっておなじことだ」

 赤髪は煙を吐きながら聞き返した、「どういう意味だよ」

 「俺もジョンも、一緒に離れることにしたんです」灰色の髪がいった。

 赤髪のたばこが煙を上げながら灰を落とした。「これからどうするつもりだよ?」

 「あなた次第ですよ、ハリー」

 「団を作るならそれでいいし、個人で魔物狩りをやるっていうんなら、俺たちも無理にジェム兄さんについていくようなことはしないで、個人でやる」黒髪は両のかかとでとんとんと音を立てた。「とにかく、ウィル・ブロンドン団長はリーダーとして完璧すぎて、俺たちには合わない」黒髪はいかにも彼らしく、嫌味たらしい調子でいった。

 「それで、俺とジョンも抜けてきたんです。俺もジョンも、ハリーと同意見です。リーダーがあの状態では、洞窟に入るのは危険。だって彼は、黄金の冠俺たちの最も頼りにしている魔物狩りですから。でも、それを伝えたら……」灰色の髪の男は割合細い肩をすくめた。「文句があるなら出ていけと」

 黒髪がふんと笑った。「だから喜んで出てきたわけさ。まったく、あの人は本当に、気性が荒くて困る。あんな性格じゃあ、せっかくの素晴らしい剣術も台なしだ」

 黒髪がここにはいない金髪に対して感じの悪い笑みを見せたから、赤髪は小さく笑って、やっとまともにたばこを吸った。



 よく晴れた朝だった。赤髪は黒髪のジョンと灰色の髪のジョシュアとともに役場に入った。

 職員の小ぎれいな女は「黄金の冠ですね」とよく通る声でいった。書類を探し出して、「はい、たしかに」とカウンターに載せた。「こちらから、ハリー・ジェムさん、ジョン・ギブソンさん、ジョシュア・エヴァンスさんが脱退されると」

 三人で頷いた。「はい」

 「はい、かしこまりました」彼女は慣れた手つきで書類を埋めていく。こちらの三人が抜けた、三人体制での〝黄金の冠〟の書類を作っているらしかった。「ええと、今後はいかがなさいますか?」

 「こっちの三人で組みます」赤髪が答えた。

 「団長はどなたになさいますか?」

 赤髪が小恥ずかしくなって黙っていると、二人に腕を突かれたり背中を叩かれたりした。

 「ああ……俺で、ハリー・ジェムで」

 「ハリー・ジェムさん」女は復唱しながら頷いた。「団の名前はすでにお決まりですか?」

 ハリーはいよいよ恥ずかしくなってきた。感情的になっているまま、勢いに任せて手続きを済ませてしまうべきだった。

 「宝飾の、輪……」

 「ほうしょく?」

 「宝で飾る、輪っか……」

 「はい、宝飾の輪ですね。副団長はいらっしゃいますか?」

 「いえ」あとの二人が声を重ねた。

 「はい。ええ、宝飾の輪、団長ハリー・ジェムさん、団員ジョン・ギブソンさん、ジョシュア・エヴァンスさんですね。これにて、脱退手続きおよび新団結成手続きは完了です。黄金の冠団長、ウィル・ブロンドンさんにはこちらから確認のご連絡をいたします、場合によっては再度お越しいただく必要があることをご了承ください」

 「はい」

 「それでは本日はこれでお帰りいただいて問題ございません。お疲れさまでした」

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