第040話 突撃

◆ ◆ 第三者視点 ◆ ◆


 ケンゴウは自身の首元に真っ直ぐ飛んでくる金属球を事も無さげに棒で弾いたとき、これまで弾いてきた何十発もの金属球とは違って「柔らかい」衝撃を手に受けた。

 何が具体的に違うのかはその一瞬で理解できなかったが、死戦に身を置き続けた経験が自身の肉体に危害を与えうる何かが起きたと脊髄に判断させ、ケンゴウはその場を飛び退いた。その判断は、球を弾いてから0.1秒もかからなかった。

 ケンゴウが違和感を覚えた金属球の表面が剛体の金属棒に衝突したことにより崩壊すると、そこから大量の液体が噴き出した。


「うおっ、マジか!」


 さすがに突然現れた不定形の液体を避けきることはできず、ケンゴウが着用している作務衣の袴下左脚側にふりかかった。ケンゴウは左脚の大腿のあたりの布を直ちに掴み、その液体が肌まで染み渡る前に破った。

 そのままケンゴウは3歩ほど後ろに飛び退きながら、破った袴下の布をすぐ近くに放り投げた。

 その隙にセロは金属球を撃ち続けたかったのだが、それは叶わなかった。累計して、20秒ほど金属球を放ち続けていただろうか、液体を衣服にかける程度の成果をもって、セロに限界が到来し飛翔を止める。

 セロは飛び退いたケンゴウの方に顔を向けて戦闘を続行しようとする意思は見せるものの、床に両膝をついて身体を倒す。


「ふぅー、こりゃ水か? 何かの能力じゃあねえよな。もう追加の能力はないと思っていたからビビったぜ」


 セロの猛攻を終えて、ケンゴウは大きく息を吐いた。自身が破り捨てた濡れた布をまじまじと見つめている。

 一方のセロは、指先で眉間を抑えながらうずくまっている。脇腹に強い打撲を受けて思考が定まりにくい状況で、大技を続けて行使し続けたことによって、眼と脳がオーバーヒートしてしまった。


「セロさん、大丈夫っ⁉︎」


 セロの元へ、レティナが駆け寄った。それと同時に、牽制のためにレティナは手中に収めていた4個の透明な球体をケンゴウへと投げつけた。

 セロの放っていた金属球と比べると遥かに遅い。ケンゴウは、先ほど液体が噴出した球を同一の者であると目視で即座に判断し、その球体のうち3つはケンゴウが持つ金属棒に打ち崩され、1つは左手でキャッチされた。

 砕かれた透明の球体から、またも大量の水が溢れてケンゴウの全身を濡らした。ケンゴウは、先ほど反射的に避けた時には何らかの毒物を浴びせられたのかと警戒して衣服の一部を破棄した。しかし、飛び出す液体は単なる水であると理解したので今回は避けなかった。


「ほー。こんなものは初めて見たな。割ると水が噴き出すのか。さっき坊主が飛ばしたのは布石で、今回は中身に酸でも入ってるんじゃないかと期待したがこれも水か」


 セロは地面に突っ伏しながら苦悶の表情を浮かべ、口を必死に動かす。しかし、声にはならない。荒い呼吸で激しく上下するセロの背中に、レティナが手を添えた。


「セロさん、もう大丈夫です。今もです」

「坊主はリタイヤかぁ。嬢ちゃんは降参するかい? ……ん、『今もです』って何だ?」


 レティナがセロにかける労いの言葉と、ケンゴウが降参を促す言葉が重なった。

 レティナの言葉に含まれていた文脈の通らない内容に、ケンゴウは首を傾げた。遠くから的確にセロに情報を渡して有効な攻撃を模索しようとしていた女が、ここで単に男の容態を心配するためだけに近寄って慰めの言葉をかけにきただけのはずがない。そう考えて、ケンゴウは金属棒を構え直して警戒した。


 その瞬間、うずくまっていたセロの懐から、金属球が発射された。伏せた自分の身体でケンゴウから死角となった指先で加速された金属球であった。

 それは、しかしケンゴウの方ではなく、会議室側面に大きく並ぶ採光用の窓ガラスの方へと飛翔した。

 その窓は、先ほどセロが金属球を連射していたときに逸れた球が埋め込まれ、僅かにヒビ割れていた。そこに新たな金属球が打ち込まれることで、1枚のガラス全体に亀裂が走り、中高層階ゆえの気圧差が破片を外へと撒き散らす。

 設備が破損することで警報が鳴動するシステムがこのビルには組み込まれているが、そのシステムの一部に無線通信を介しているゆえに警報は鳴らず、ただ激しい風の音だけが部屋の中を巡る。


 ケンゴウは、これまで2人の動きに注目していたので、窓の方には強く注意を払っていなかった。

 飛ばされた金属球を眼で追うことで、窓に残された異変にケンゴウは気付いた。割れていない窓に埋め込まれた球に規則性がある。その法則を解読する前に、ケンゴウの全身に寒気が走る。それは、危険を感じたことにより精神的な悪寒を感じたのではなく、実際に皮膚に冷気を感じていた。

 水を浴びたケンゴウの服が凍りついていた。


「うわあぁああ!」


 窓の外の遠くの方から、若い男性の叫び声が轟いた。ケンゴウは慌てることなく、割れた窓の外に浮かぶ、叫び声を上げる物体を捕捉していた。

 空気抵抗を減じるような卵のような流線型で透明感のある白色の物体で、側面の4方向からは小さな翼が伸びている。それが宙に浮いてミサイルのようにケンゴウ目掛けて真っ直ぐ高速で飛んできている。その速度は時速100キロメートルをゆうに超えている。正面から見たときの大きさは直径1メートル程度であり、直撃すると致命的な衝撃をもたらすであろう。

 その物体には中空があるらしく、幅5センチメートルほどのガラスのように透明な帯が設けられていて、そこから中を見通せる。そこに、必死の形相で叫ぶ銀髪の少年が覗いていることをケンゴウは確認した。


 白色の流線型の物体は、後部や下部に小さな穴が複数空いており、そこから激しく白い気体が噴出して宙を浮かび、ビルへと突進している。何らかの《眼の能力オキュリシムス》の力で飛んでいるのか、未知の科学力によって飛んでいるのか、ケンゴウには判断がつかなかった。

 とにかく、ケンゴウはその突進に対処するため手中の金属棒を動かそうとするが、濡れた作務衣が凍結しているため満足に腕を動かせない。動かせる範囲で身体を無理やりに動かし、地面に倒れて逃れる手段を選ぼうとしたが、ケンゴウの判断が遅れた一瞬のうちにレティナがケンゴウの膝下に捨て身で抱きついて、身体を拘束した。レティナの腕力と体重でケンゴウの動きを本来は止められるはずもないが、凍結によって身体の自由を奪われたこの状態において、ほんのわずかな時間だけケンゴウの行動を制限することに成功した。


 割れ残った窓を破り、部屋中にガラス片を撒き散らしながら白色の流線型の物体が侵入してきた。

 それは、ケンゴウの上半身部分を貫通した。

 直後、白色の流線型の物体は激しい噴出音を鳴らしながら減速を始めたが、勢いは殺しきれずに会議室の窓とは反対側の壁に直撃する。ガラスが割れるよりも低く鈍い破裂音を響かせて、その物体は崩壊した。


 数秒の静寂の後、崩壊した流線型の物体から銀髪の少年ティオが息を荒げながら這い出てきた。


「ま、マジ、死ぬかと、思った……はぁ、はぁ。痛、痛たたた……」


 レティナは凍りついたケンゴウの下半身に抱きついて倒れかかっており、セロは苦痛と疲労で床に突っ伏している。ティオも含めて、何でも屋の3人はみな、伏していた。

 ケンゴウだけがこの場で唯一立っている。上半身の位置に流線型の物体が猛烈なスピードで通過したことなど無かったかのように。ケンゴウは口をぽかんと開きつつも、その眼には光が溢れている。


「ふぅむ、第三者の突撃は予想していなかったな。外の人間と連携するように調整する素振りも見せなかったのに、見事だ」


 ケンゴウの右腕側の作務衣の袖はティオの突撃の瞬間に消え去っており、手に持っていた金属棒を自由に動かせるようになっている。

 ケンゴウは握っていた棒を氷と水が混じった床に放り落とした。そして、空いた手のひらで下半身に縋り付いているレティナの頭の上に置き、やさしく2回叩いた。


「くはーっはっは! 能力を使って今のは斬らないと流石に避けられなかった。お前たちの勝ちだ」

「ふぅー、ナイスタイミングだったよ、ティオ君。セロさんも本当にお疲れさまでした」


 レティナは腕を離し、ケンゴウの大きな手から撫でられるのを少しだけ堪能した後に、仰向けに冷たい床に倒れ込んだ。


◆ ◆ レティナ視点 ◆ ◆


 ほんの数分間の応酬だったけれど、人生で一番精神を擦り減らした瞬間だったかもしれない。

 セロさんがあれほどの猛攻を見せても、楽々にやり過ごすことのできる人間がいるなんて想像したこともなかった。そして、ティオ君の大特攻に対して身体を動かさずに対処されるなんて。


「ケンゴウさん、さっきの反則じゃないですか」

「ああん? 突っ込んできた少年を斬らずに対処してやったんだ。褒めてくれや」


 私が倒れているすぐ側で、ケンゴウさんは凍った作務衣をさすって融かそうとしている。


「はぁ、はぁ……。なあ、レティナ。ケンゴウはどうやってティオの突撃を避けたんだ?」

「僕も何がなんだか……」


 セロさんもティオ君も何が起こったのか分からない様子だ。セロさんは疲労困憊で倒れ込んでいたし、ティオ君は氷に包まれて突撃した当事者だから何が起こったのか分からなくてもしょうがない。私だけが、あのときケンゴウさんが何をしていたのかを目撃することができた。


「私の見たものが正しければ、ケンゴウさんは空間を斬ったんです。本当に、なんでもありの能力ですね。手に持った棒をわずかにさえ動かすことができれば、空間を斬って、任意の場所と繋げることができるみたいです」

「……あ、それで僕の目測よりも早く壁に激突したんですね。ブレーキが間に合わなかったわけだ」


 ケンゴウさんは、まず右手の棒を指先だけでわずかに動かし、空間を超えて金属棒の先端を転移させ、凍りついた右腕の袖を斬った。そうして右腕を自由に動かせるようにした後、右腕の手首を軸にして縦方向に金属棒をくるりと回し、ティオ君を包んでいた氷の塊をちょうど収められるほどの穴を空間上に生み出した。つまり、ワームホールを生み出したのだ。そのワームホールは、ケンゴウさんの上半身を挟んで後方へと繋げられた。ティオ君の氷塊による特攻は、ケンゴウさんの身体を飛び越えたのだった。

 「どんなものでも斬れる」というからには、そういうこともできるかもとはうっすら想像していた。セロさんが言うには、《眼の能力オキュリシムス》には空間に影響を与えることができるものもあるとのことだからだ。特に集中することもなく、空間に干渉する事象を容易に実現させるケンゴウさんの能力が恐ろしい。

 斬って繋げられた空間は、数秒後には元に戻っていた。斬った通信網に関しては「二度と繋がらない」と言っていたので、空間はケンゴウさんの完全に切断する能力であっても修復される性質があるのかもしれない。私には空間に干渉する術がないので、それを検証する実験は組めそうになくて残念だ。


「ワームホールを繋げる先に制限があるのかどうか分からないですけれど、敵の体内に出口を出現させて重要な臓器とかを直接斬り刻めたりするんじゃないですか? そんなのまともに戦えっこないですよ」

「くははっ、出来なくはないな。だからまあ今回みたいにルールを設けた中での戦いをしないとつまらないんだよな」


 軽く身体を動かせる程度には着衣の氷が融けたケンゴウさんは、バリバリと氷を割る音を鳴らしながら歩き、外の風が吹き荒ぶ窓際へと歩いていった。私たちに背を向けたまま、優しい声色で語りかける。


「なんだ、お前たち……、やるな。正直に驚いたよ。俺は自分自身で通信網を断ったから、外から応援がやってくる可能性を自然に思考から除外してしまっていた。ホイールの嬢ちゃんが切羽詰まって方針を考えたんだろ? 俺に冷や汗をかかせるって言っていたのは、俺にとって初見のこの凍らせる少年の力を使おうってことをミデンの坊主に伝えてたんだな。俺にはミスリーディングを誘い、お前たちだけで伝わる作戦伝達をあの一瞬で組み立てるとは、凄まじい」


 タップ通信であれば、突発で考えた作戦のすべてを詳細に伝えることができた。ケンゴウさんによって通信網が切断されたことは完全に想定の範囲外だった。リングフォンは、通信キャリアを経由した通信だけでなく、短距離での複数の周波数バンドを利用した直接通信も可能なので、基地局の障害や電波の干渉で圏外になることはほとんどない。チャフなどによって物理的に電波全体を閉じられると通信できなくなることはあるけれど、敵対しそうな相手の所持品は常に透視して確認していたので、圏外はありえないと思い込んでいた。

 私からは口頭でセロさんに情報共有することしかできなかった。セロさんのトラウマを刻んだ張本人ということもあり、思考や動きが本調子ではないセロさんを支援しつつ、ケンゴウさんに作戦を悟らせないようなコンテクストを考えるのはかなりの難題であった。


(セロさん、私も遠くから見ています。球を使った遠距離の戦法で、ケンゴウさんに冷や汗をかかせてあげましょう)


 先ほどのこの言葉に、私は可能な限りの暗示を含めていた。

 「私『も』遠くから見ている」というのは、私だけではなくティオ君もこの28階の会議室の窓を外から確認していることを示唆していた。「球を使った遠距離の戦法」とは、単にセロさんの金属球を飛ばす能力で遠距離からケンゴウさんに攻撃するというだけでなく、ティオ君に私たちの情報を遠隔で伝える方法を示唆していた。そして、ケンゴウさんが言った通り、「冷や汗」はティオ君の能力で氷漬けにすることで、ケンゴウさんの行動を制限したいことを示唆していた。


「ミデンの坊主も見事だった。飛び跳ねながら、やたらめったらの方向に撃ち続けていた弾丸は、そこの窓ガラスに弾を撃ち込んでメッセージを外に送っていたんだな。窓を割らない程度に調節する正確な操作、そしてメッセージ工作を悟らせないよう俺にも適度に攻撃を仕掛ける様、どれも俺の眼を欺きうる一級品だった」


 無事に、私の意図をセロさんは汲んでくれた。

 セロさんがどこまで正確に《金蝕メタクリプス》による金属球をコントロールできるのかは分かっていなかった。けれど、セロさんは「任せろ」と言ってくれた。そして、私の期待以上の、想像以上の動きを披露してくれた。

 窓に金属球を飛ばして、私たち専用の符号を残すことを悟られず、本気の殺意でケンゴウに攻撃をしかけていた。あれほどの力であれば、ティオ君の突撃なしでもケンゴウさんに斬る能力を使わせられるかと思ったけれど、しゃべりながら楽しそうに避けて弾く姿には恐怖を覚えた。

 金属球の攻撃は、セロさんが念の為保持していたミズアメを紛れ込ませるのにも役立った。ティオ君の能力を使うには、ケンゴウさんの身体を濡らす必要がある。ティオ君だけでなく、セロさんも私もミズアメを所持していたのが功を奏した。ミズアメの表面に金属の薄いコーティングを纏わせて、セロさんはミズアメを放っていた。

 ケンゴウさんはミズアメ入り金属球を弾いた瞬間に違和感を覚え、迅速にその場を離れて濡れた衣服を破り捨てたのを見たときには、さすがに策が潰えてしまったかと思った。けれど、その液体がただちに害のない水であると気づき、油断してくれた。苦肉の策で私の投げたミズアメは甘んじて受け入れてくれたことにはホッとした。ケンゴウさんが油断していなければ、敵の投げる液体を大人しく被るなんでことはしてくれなかっただろう。


「氷の少年は、突っ込むときに相当ビビってたな。あの卵型の氷のポッドはボブスレーから着想を得たのか? 実践ではほとんど初挑戦って思える迫真さの叫び声だったな。窓ガラスに残された球のパターンで伝えられた断片的なメッセージに従って、あそこまでの大技をぶっ放すのは相当に強い精神力が求められただろうな」


 セロさんは、窓に打ち込んだ符号で(交戦中。相手1名。窓破壊合図、直後ニ内部ヲ凍ラセ拘束、猛突撃セヨ)と表現していた。

 ティオ君はもともとの計画では逃走ルートの確保要因だった。私たちから随時送られてくる音声やタップ信号からタヅナ役員との交渉状況を把握し、適応的な逃走ルート確保をお願いしていた。緊急を要する逃走が必要な状況に陥り、セロさんと分断されて空を跳ぶ能力を使えず私が単身で逃げる必要があったときのため、高層階の窓から長い氷の滑り台を繋げることを一案として考えていた。

 そのおかげで、ティオ君はシンワダチ先進研究センターのビルの外に待機して、私たちのいる会議室の窓を注視していた。私たちからの通信が遮断されて取り乱していたけれど、セロさんからのメッセージを見て迅速かつ的確に立ち回ってくれて本当に良かった。


 ティオ君はカルダモとの一件で、利き手を使えなくされただけで大部分の攻撃手段を失ってしまったことを反省していた。そのため、ティオ君は治療期間中にセロさんと相談しつつ、体当たりによって攻撃する大技を考案し、調整を重ねていた。ティオ君は《氷襲こおりがさね》とあの技に命名していた。

 《氷襲こおりがさね》はボブスレー型の乗り込む氷のポッドを生成し、高圧タイプのクウキアメの風圧でホバリングや突撃、ブレーキ等の立体機動を行う能力だ。ティオ君の天性のモデリング能力や機械好きがうまくハマったことで実現できた能力だと思う。《氷襲こおりがさね》の発現まで準備時間は必要だけれど、空中機動できる能力というのはいろんな場面で応用が効くだろう。

 ポッドには視界を確保する透明の覗き窓があるので、目視による能力の行使にも差し支えない。高圧クウキアメが生み出す風によってポッド下部の氷は常に融けて続けている。ティオ君は融けた氷や手元のミズアメの水を不視行使で凍らせながら操作し、噴出口を開閉し風圧を逃がす方向や強度をコントロールして空中の立体的な軌道を行なっている。

 初めて《氷襲こおりがさね》を実演しているシーンを見たときには、正直腰を抜かしちゃった。


「私たちのやったこと、ぜんぶ見透かされちゃってるじゃないですか」

「くははっ、これが俺の楽しみだからな! そこらの若造に遅れは取らんよ」


 私が必死に考えて伝え、セロさんとティオ君が決死で行なった作戦は、結局はケンゴウさんに看過された。ハンデなしでケンゴウさんがこちらを積極的に攻撃してくる状況であれば、当然手も足も出ずに全身輪切りにされてしまっていただろう。

 ケンゴウさんは、割れて開放した窓の枠に腰掛けて、倒れている私たちの方をぐるりと見た。腕を組んで、満足げな表情を浮かべている。


「俺が負けたから約束は守らないとな。ホイールのことを話せばいいんだよな? ホイールに関することといっても、すべて話すことはできない。俺がホイールと出会ってから別れるまでの間に焦点を当てて話をするぞ」


 とうとう、旧知の仲の関係性でしか知り得なかった父さんの過去を聞くことができる。私は上体を起こしてケンゴウさんの方を向き、緊張と期待のほろ苦い味のする唾をごくりと飲んだ。

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